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13 天啓

 あああ……これはもう、無理でしょう……ここまで来て、私はこの人と無関係ないだとは、もう言えない。


 何を犠牲にしても、自分の竜を助けたいと我慢出来ずに泣いてしまう、ジェイドさんを救ってあげたい。


 そうなの。


 ……私には、そうすることが出来るから。


 もし、ここで彼を見捨てて動かなければ、それはきっと私ではなくなる。


 妙な打算で動いたなら、腑に落ちぬ何かを心に抱き続けて、後悔し続ける人生を送ることになる。


 そうなるのは絶対に嫌だし、乗りかかった船だし、ジェイドさんは見た目も中身も驚くくらい良い男だし。


 ……ええ。まあ、そうですね。参りました。ジェイドさんの魅力とか、人間性に負けました。


 だって、私にはこの人を、助けたい理由しかないよ!


「……あーあ。もうこれで、聖女辞められなくなりました。好きにならせた責任は、ちゃんと取ってくださいね?」


「……え?」


 興奮していたジェイドさんは私がここでそんな言葉を言うなんて、思って居なかったに違いない。ポカンとした呆けた表情を浮かべ、動きが完全に固まってしまっていた。


「これって、特別サービスですよ。私。いつもはこんなこと、絶対にやりませんからね。ジェイドさんだけですよ! なので今後の人生、責任取ってください!」


 ああ……お父様。恋に生きることにした、親不孝な娘をお許しください!


「何を……?」


 私は戸惑ったまま動かないジェイドさんの元へとつかつかと近づき、彼の首元を掴むと背伸びをして、口にキスをした……だけではなく、彼の唇を割って舌を入れた。


 粘膜が触れ合う感覚、肌が触れるよりも、より一層深い接触。


 ……うーん。これは、好きな人でないと無理かも。だから、私は……この人のことが好きなのだわ。


 そして、心の中で願う。


 ジェイドさんに、相応しい竜よ。一番に強き竜よ。ここに来て、この人を助けて。


 私の天啓『竜喚び』が、もしかしたら、他の子と違うのかもしれないと思ったのは、竜騎士団に配属された直後だった。


 本来ならば、竜騎士の中にある契約以外の竜は、喚び出せない。けれど、私にはその竜騎士に『相応しい竜』へと、喚びかけが出来ることに気が付いた。


 一度遊び心を出して手を合わせた竜騎士で試してみれば、喚び出した竜と違う竜が来てしまって、僻地にあった竜騎士団は大パニックになったことがあった。


 新人のやらかしとして処理されたけれど、本来ならばあり得ないことなのだ。


 あれが王都での出来事であれば詳細に調べられていたはずだけど、初めての竜喚び聖女としての任地が、ド田舎の辺境の僻地で助かった。


 ……そして、この特殊な天啓を持っていることを誰かに知られれば、私は『竜喚び聖女』を絶対に辞められなくなると思って居た。


 だから、ずっとひた隠しにしていた。


 この秘密を明かしてでも助けたい救いたいと思った竜騎士ジェイドさんが居なければ、私はこのことを墓にまで持って行っていたはずだ。


 ジェイドさんの中に揺蕩う力、そして性質、彼に合う竜……来て。ジェイドさんの元へ。そして、どうか、どうか、救ってあげて。


 いきなり唇を奪ってしまうことになった私の意図を察してくれたのか、動揺しすぎて何も考えられなくなったのか、ジェイドさんは固まったまま動くことはなかった。


 待ちわびた到来を告げたのは、激しい風の音だった。いきなりビューっと吹きつけた風に、異変を察した。


 私は唇を離し、洞窟の外に拡がる空を見た。澄み渡るような、爽やかな青い空……だったはずなのに、まるでゆっくりと黒に浸食される空。


 ……え? もしかして……す、すごい竜が……来ちゃった……?


 そこに居たのは、翼を広げた見事な黒竜。凄まじいまでの存在感。


 ああ。この世界の中でも竜位が、とんでもなく上位にありそうな……そんな強き竜が今、私たちの目の前に居る。


「喚んだのは、お前か」


 私は慌てて、勝手に喋り出した自分の口に手を当てた。黒竜が不思議な力を使って、私の身体を使っているみたいだった。


「……そうです」


 ジェイドさんは私ではなく、黒竜を見つめ頷いた。


 すぐにこれが、私の意志で発した言葉ではないと察したらしい。


「竜騎士。今、この娘の中にある、君の全ての行動を見た……久方ぶりに、人の子と契約をしたいと思った。それを望むか。望むなら、叶えよう」


 ジェイドさんは目を見開き、申し出を驚いているようだった。


 だって、ここに居るのは、間違いなく片手の指に入るような竜位を持つ名のある竜。それと、契約しようだなんて。


 ジェイドさんは生涯ゲイボルグと、この黒竜二匹としか、契約することは叶わないだろう。私だってそれはそう思えてしまう。それほどまでに、圧倒的な存在だった。


 私は意志に反して滑らかに喋っている自分の口から、手を離した。


「契約を、望みます。俺の竜、ゲイボルグを助けます……どうか、力を貸してください」


 ……そっか。ジェイドさんは今、捕らえられて搾取され続けているゲイボルグを助けることしか頭にない。どんな不利益を被ってでも、彼はそうすると誓ったのだから。


 この黒竜と契約することは、断るなんて選択肢がない。


 契約したいと望むこと、その一択のみ。


「……我が名は、ブリューナグ。この通り、人の子を操ることも出来る。その力、決して悪用してくれるなよ」


「約束します」


 竜騎士と契約すれば、竜は竜騎士に従う。


 ここれでは『したくない』と望んでいても、契約さえ済ませれば、ジェイドさんはブリューナグに強制することも出来るのだ。


 ……そうよね。黒竜ブリューナグはそれだって、ちゃんとわかっているはずだ。ジェイドさんは決して、それをしないだろう。


 自らの家族ほどに大事にしている存在を救う時くらいしか、それを使うことはないだろう……と。


 二人が視線を合わせると、やがて黒竜とジェイドさんの間には、もう今では使われなくなった古代文字が青い光を放ち行き交った。


 お互いの出した条件で、今彼らは契約を結んでいるのだ。


 ……喚び出した私も、ここまで凄い竜が来るとは思って居なかったけれど、ジェイドさんはゲイボルグを早々に失ってしまい、真価を発揮出来なかっただけで……本来ならば、このブリューナグに相応しい竜騎士なのだろう。


「契約は為された」


 厳かに私の唇から出て来た、竜騎士と竜の契約完了の言葉。


 黒竜ブリューナグは、こんな風に人を操ることが出来るなんて……相当な、上位種なのかもしれない。


 そして、こんな真面目なところで言い出すのも遠慮してしまうけど、そろそろ私も自由に喋りたいんですけど……無理そうですかね。


「……ありがとうございます」


 ジェイドさんはこんなにも竜位の高いブリューナグと契約することが喜びを見せることなく、すぐに洞窟の中へと視線を戻した。


 彼の心は今もあの場所で捕らえられているゲイボルグ、そのすぐ傍にある。残してきた竜が、今も何をされてしまうか、心配で心配で堪らないのだ。


 ……胸が痛い。あんなにも酷い姿を見て、彼はどれだけ傷ついただろうか。


「すぐに行くのか?」


「ゲイボルグを一秒でも、あんな場所に置いては行けません」


 ジェイドさんのさっきの言葉は、本気だったのだ。


 たった一人でも戦って、必ずゲイボルグを救い出したいと……。


 もしかしたら、このブリューナグに気に入られるくらいの竜騎士である彼には出来たのかもしれない。けれど、ジェイドさんもゲイボルグも瀕死になって、ここからどうしようもなくなって詰んでしまう。


「わかっている。私も同じ気持ちだ……行こう。悪辣な人間どもから、可哀想なあの子を解き放つ」


 ええ。こちらのとても格好良い台詞をこの私が口にしているように見えると思いますが、背後の黒竜さんの意志に基づいて行われております。

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