01 初対面
「あ……失礼します! こんにちはー! 本日よりこちらのミレハント竜騎士団に着任しました、竜呼び聖女ラヴィ二ア・アスティです。貴方の竜を喚び出して、近日中に普通の貴族令嬢に戻る予定です! どうぞ、よろしくお願い致します!」
……わー。
王城に駐在のミレハント竜騎士団の事務所って、とても豪華……! 今まで王都からほど遠い片田舎で地味な生活していたから、豪華過ぎて目がチカチカしちゃう。
「……よろしく頼む。俺が、ロンバルディだ」
部屋に入るなりにこにこ愛想良くを心がけて待ち人に挨拶をすると、椅子から慌てて立ち上がった彼は呆気に取られた表情のままで名乗り大きく頷いた。
この部屋で、私を待つように言われていたのだろう……ええ。私がここに来たのは、この彼が持つ深刻な問題を解決するためですもの!
着任早々ではあるものの、さっさと仕事を済ませて、考えうる最短で聖女卒業を果たしたいわ。
……それにしても、あらあら。まあまあ……挨拶した人をちゃんと見れば……噂を聞いて想像していたよりも、美男子だわ。
伏し目がちな青い瞳は空を映すような澄んだ色で、きらめく絹糸のような金髪は、そよ風にも揺れるほどにサラサラとしている。
美しく整った造作はまるで名工が腕によりをかけて造りあげた人形のように、すべての配置が完璧だ。例えるならば、きりっとした凜々しさの中にも、親しみが湧くような若干の甘味も併せ持つお顔。
騎士として服を着ていてもわかるほどに鍛えられた肉体を持ち、長身で姿勢も良い。しかも、珍しく貴族出身の竜騎士なので醸し出す上品な雰囲気で、育ちの良さはどうしても隠せない。
ああ……こちらが、かの有名な『竜に捨てられた悲劇の竜騎士』ジェイド・ロンバルディ。
ここ一年ほど、何度喚んでもまったく竜が現れず、竜騎士の癖に『竜に捨てられた役立たず』だと、陰で罵られ……そうこうしている内に、幼い頃から連れ添ったという婚約者にも別れを告げられてしまったと言う。
つまり、契約を結んだ竜からも結婚を約束した女性からも二重に捨てられているという、曰く付きの事故物件のような不憫な竜騎士様なのである。
ちなみに竜騎士は本来ならば、一匹だけで契約を結ぶということは少ない。用途によって、違う属性の竜を喚び出すことも可能なのだ。
ただ、そこには竜位という野生動物でいう群れの序列があり、直前に契約した竜により、契約出来るか……出来ないかという、厳格な決まり事が存在する。
ジェイドさんが初めて契約することの出来た竜は、この辺りに居を構える竜たちの中では一、二を争うほどに、とても力の強い竜で竜位も高かったらしい。
その次に契約するならばその竜は、前に契約した竜よりも竜位が高くなければならない。だから、新人竜騎士はなるべく、竜位の低い小さな竜から契約を始めていくもの。
けれど、ジェイドさんは運良くというか運悪くというか……竜を探し出した途端に、竜位が高い強い竜に気に入られてしまったということだ。
ただ、竜に来てもらえないだけでここまで悪し様に言われているということは、そんな強い竜に選ばれた優秀な彼への嫉妬の気持ちも含まれていたのかもしれない。私はその場に居たわけでもないし、ただ、結果から見て何があったのかを想像するのみだけれど。
……ジェイドさんの現状を少し思い返しただけでも……うん。とっても可哀想な人だわ。
出来れば、そんな窮状から救ってあげたい!
その願いには私自身の利己的な動機も、過分に含むけど……!
私が何故、このジェイドさんを救うことになったかというと……この国ノルドリア王国にいくつか点在する竜騎士団には、一騎士団必ず何人かの竜喚びの能力を持つ聖女が派遣されることになる。
何故かというと、大きな翼で飛行することの出来る竜たちは、移動範囲がとてつもなく広い。
だから、彼らを喚ぶ能力を持つ聖女が居なければ、竜騎士たちは竜たちの気の向くままに現れるのを待つことになる。竜喚び聖女が居れば、必要に応じて喚ぶことが出来る。
そんなわけで、珍しい天啓を持つ竜喚び聖女は、竜騎士団には必須な人員だった。
そして、私のように天啓を持つ子は、この国ノルドリア王国では稀に生まれる。
その中でも『竜喚び』は発顕率が低く、それであるのに竜騎士団が活躍するノルドリア王国国防に必須とも言える天啓であった。
もし、性別が私のように女の子ならば、竜喚びの能力を幼少期から伸ばして聖女になるし、男の子であれば自分で竜を喚べる竜騎士になる……ように、『竜喚び』があると判断されれば産声をあげた瞬間から、強制的に人生が決まる。
そう。私は偶然、生まれつき『竜喚び』の天啓を持って生まれたばっかりに、ここまでもこれからも一生『竜喚び聖女』として生きて行く道しか許されていな……かった。
今は、若干違うけれど。
本来ならば、貴族として生まれ、王子様と結婚してもおかしくない高い身分にあっても……国防の要である『竜喚び』を持つ者は、特例などもなく、聖女になるか、竜騎士になるかを義務づけられている。
そして、竜喚び聖女となれば、大抵の場合、竜騎士と結婚する。
これは、特殊能力が引き継がれるどうこうではなく、ほぼほぼ竜騎士としか会わない生活+竜騎士の皆さんが男性として魅力的という二点が理由。これに、尽きる。
ちなみに両者の結婚は、国から奨励されている。
竜喚び聖女は特殊な能力なので、竜騎士と結婚し、夫である竜騎士の赴任先へと一緒に移動すれば良い。
平たく言うと、あまり人気のない任地だとしても、夫が赴任することになれば妻である聖女も付いて行くよね! という、いやらしい大人の計算も、そこには働いているのだ。
申し訳ないけれど、私は誰かに決められた人生など歩みたくない。違う意見を持つ人も居るかもしれないけれど、私はそう思う。
そして、天啓持ち聖女たちを管轄する『教会』の最高位教皇へと、数えきれない直談判を試みた結果。
この『捨てられた竜騎士』ジェイド・ランバルディさんの不名誉な二つ名の原因となっている『いくら喚んでも来ない竜』を、私が喚び出すことが出来れば、私は聖女を辞めて自由にしても良いという条件をもぎ取ったのよ!
「……必ず、私が貴方の竜を喚びだしてみせます。ええ。絶対に」
「ああ。そうしてもらえると、俺も助かる……ありがとう」
私は彼を安心させるように大きく胸を叩けば、ジェイドさんは戸惑いつつも何度か頷いた。
今に見ていなさい。
あんの嘘ばかりのインチキ教皇……絶対に聖女を辞めたい普通の貴族令嬢に戻りたいと言い張る私に対し、名のある竜喚び聖女たちが何度挑戦しても無理だった引き合いに出して、辞めたいならこれをこなすしかない状況にしてしまうという手腕はおみそれするわ。
一応、希望は聞いたよ。ふはは。お前には、どうせ無理だろう。そんな馬鹿にするような言葉が、空のどこかから聞こえて来るようよ。
あっの、陰険タヌキ親父、絶対に後悔させてやる……残念でした! そっちが吹っ掛けた無理難題を、こっちは華麗にこなしてみせるわ!
「……私にはジェイドさんの竜が現在どういう状態なのかわからないので、とりあえずいつもの竜喚びをしてみましょう」
私は手のひらをジェイドさんに向けて、右手を挙げた。
竜喚び時、聖女と竜騎士は手のひらを重ね合う。彼は無言のままで私の手に触れ、竜騎士として鍛えられた証拠である固い手のひらを感じた。
……その瞬間、私たちの重なり合った手の隙間から白い光が漏れる。
私はジェイドさんの体内にある竜との契約を探し、竜喚びの能力で、それを共鳴させた。
私の何度かの呼び掛けに、彼の竜は間違いなく反応した……けれど、それだけに終わってしまった。
「うーん。反応は、ありますね……けれど、こちらへと近づいて来る気配はしません」
「……そうか。皆、それは言ってくれるのだが」
一般的な竜喚びの際、私の呼びかけに応えた竜は、こちらへと近づいて来る。彼らは飛行速度も速いので、気配がどんどん迫ってくる感覚があるのだ。
……けれど、今回にそれはなかった。応えたけれど、微弱な反応。居場所が遠いのか、方向も距離も曖昧だ。
上手くいかずジェイドさんは、悲しそうな表情を浮かべた。彼の来てくれない竜は有名で、竜騎士団全体の問題にもなったことがあった。
喚び出そうとここまでに挑戦した聖女は、数え切れないだろう。私よりも歴が長く能力の高い聖女だって居ただろうと思う。
喚び出してみせるという言い切りに期待をしてしまったものの、やはりこの聖女も駄目だったか、彼はそう思って居るのかもしれない。
しかし、こうして見ると……悲しそうな美男子、大好物過ぎる……! しかも、職業は竜騎士。竜騎士ジェイドさんは、乙女が好きになる要素しか持っていない。
……とても素敵な竜騎士だと思うけれど、私が自由になるためには、貴方と結ばれる訳にはいかないの……ごめんね! 貴方のこと、外見上は、とても好みなんだけど! 好きになる訳にはいかなくて!
ええ。それはそれで、これはあれなのよ。人生、大体ままならないわ。次の良い出会いに期待!
私は心の叫びをぐっと堪えて、平然とした態度を保ち、自分の胸にあるリボンを解いた。
ちなみに立場的には教会に仕える『聖女』ではあるものの、制服もなく服装が自由な明るい職場なので、貴族出身の私はお気に入りのドレスを着て来た。
美男子に会えると思うと、何もないと思いつつも、ついついお洒落をしてしまう……女性全般が心のどこかには持っている、悲しい性なのよ。
「それでは、次の段階へと移ろうと思いますので……ジェイドさんも、チャチャっと服を脱いで貰って良いですか?」
「……は?」
まさかここで私に服を脱げと言われると思って居なかったのか、彼は目を見開いて固まって居た。
私はいたって真面目な顔で、ジェイドさんをじっと見つめた。
どうか、誤解しないで……これは、必要なことなのよ。どうしても必要なの。
決してその鍛え抜かれた逞しい肉体をこの目で拝むために、私の聖女としての職権乱用しているわけではないんだからね!