俺達は今日、この青春の終わりと共に死ぬ。
いつまでも無邪気に振舞えたなら。
きっと、俺達は正しくあれたはずなのに。
今ある当たり前の日常は、時が経てばたつほどに色褪せてしまうと。
半端に利口になってしまった俺達には、それが嫌でもわかってしまう。
嫌だ。
嫌だ、と。
吐き戻すかのような強烈な拒絶と、その絶望に抗うことなど出来ず。
ありふれた詭弁を並び立てるだけの自分の脳裏には、ただ子供のように駄々をこねた。
何も失いたくないと。
ただの理想を掲げるだけの俺達にできたのは、他の一切を偽ることだけだった。
ただ、俺達だけが知っている本当が、どれほど間違ったものであったとしても。
それを誰に知られることもなければ、別に正しくなくたっていいと。
そうして、俺達は無邪気さを偽り続けた。
それはただ、期限付きの青春を謳歌するだけの利口な子供達の姿。
ならば、それを偽りとする俺達は子供でも、大人でもなく。
そんな何者でもない俺達の唯一の本物が、いつかはその無邪気さを取り繕う事さえも、間違いとなったとき。
俺達の居場所は、きっともう間違ったところにしかないのだろう。
ただ、失わない為に偽り続けてきた無邪気さは、偽りでしかないのだから。
そこには、本物と違って未来はない。
所詮、それ自体は児戯に等しいものでしかなく。
その中で得られたものにしか価値を見出せないのだから、仕方がない。
そう気づいたときには、もう何もかもが手遅れでしかなかった。
だから俺達はもう二度と、正しくなんてなれない。
正しさを偽ることはできても、間違いを偽ることはできない。
間違いの中にだけ居場所を持つ俺達が、それを否定することなど出来ようはずもなく。
正しさを偽る者達が、正しい者になることなど到底できようはずもないのだから。
無邪気さを振舞うことを許される、その刹那。
儚かったと、そう苦笑することしかできない程に。
18の俺達にとって、それはほんの刹那の時の事だった。
青春という体のいい綺麗ごとを虚飾とし、それを隠れ蓑にすることしかできなかった俺達の、その正しさを偽る唯一の手段には、当然の事のように期限があったのだ。
しかし、その刹那に浸るかのようにして、虚飾の中に心身を隠し続けてきた俺達にとって。
そんな正しさを偽るだけの時は、どんな綺麗ごとよりもずっと大切な時間だった。
その思い出の中でだけは、紛れもない青春を謳歌する正しい俺達の姿があったから。
しかし、そこに期限があるというだけで、それはただの間違いでしかないのだと。
他でもない俺達が気付いてしまったのだ。
だってそうだろう?
失うとわかっているものの重さが増えていく。
偽る時が多くなればなるほどに、その本物の価値は、この世の中が一つの摂理として需要と供給によって利益を享受し合うように、より一層希少なものとなる。
ならば、それを失った時、痛みはすべからくその重さに比例する。
俺達にとって何よりも心地の良かったその重みが、いつか痛みに変わることに、俺達はきっと耐えられない。
重さを背負う苦しみを知る俺達が、心から求めることのできるその重みを手放したくないと。
そう思えた瞬間に、俺達の未来は決まってしまったのだ。
そしてついに、【その期限】が寸前に迫る。
いつものように学校の屋上に三人で集まって、昼食の場を囲んだあの日。
その表情は、皆一様に陰鬱だった。
それは、俺達の虚飾が剝がされる時を知らせて、鐘が鳴ったかのように。
腹の奥底から、不快な重みだけがこみ上げてくる。
俺達はそんな絶望を隠すこともなく、ただそれぞれの独白を何も言わずに聞き合った。
ユキは、都内の大学への進学を母親に決められた、と言った。
サツキは、離別した両親の影響で、母親の実家の家業を手伝う、と言った。
そして俺は、父親の会社の為に、父親の決めた相手と契りを結ばなくてはならない、と言った。
まだ、何も奪われてはいないのに。
既に自分達の全てを奪われたような感覚が、確かにこの全身を巡った
その絶望に、俺達は耐えられなかったのだ。
本当はわかっていた。
もう、その期限は寸前にまで迫っているのだと。
たとえ、俺達に虚飾を強いたこの重みが、俺達にとって不変的な間違いでも。
俺達は、それを不変的に正しいものだと偽ることしかできなかったのだから。
だからせめて、その期限の終わりくらいは前向きでありたい。
どうせ、俺達にはこの間違いから逃れる勇気などなかったのだから。
ただ、この重さに酔いしれるかのように、悲劇のヒロインを演じることしかできない。
そんな、破滅的な願望を持った者しか、ここにはいないのだから。
俺達は必ず、この重さに殺される。
初めて知った、心地の良い重さに殺されるのだ。
全ての始まりは、暗に虚飾を隠れ蓑とすることを俺達に強いた、もっとずっと息苦しかったものの重さだった筈なのに。
最後の最後にその引き金を引かせたのは、その虚飾の中で得られたものの重さの方だったのだから、なんと皮肉な話だろうか。
けれど、どこまでも正しくなれなかった俺達には、きっとお似合いな結末だと。
他でもない俺達が、その事実に心の底から満足してしまっている。
俺達が無邪気さを、正しさを取り繕うことができるのには、期限がある。
青春の期限が、自分達の正しさの期限が、俺達が間違いを続けられる期限。
そして、もう正しくはなれない俺達が、間違いを続けられなくなったとき。
その矛盾は、一つの結論によって終息されるのだ。
午後18時。
誰もいない放課後の屋上で、俺達は最後の間違いを犯した。
それは今までのどの間違いよりも甘美で、忘れがたい間違いだった。
その肉体が絆されていくほどに、どうしようもない程にその心が壊されていく。
念願だった筈の口づけの味は、どうしようもないほどに破滅を知らせる感触がして。
それでもなお、求めあうことを辞めることはできず。
ただ、ものの分別など何もつかないと言うように。
俺達は初めて、自分達を相手に無邪気さを偽った。
それがなおも倒錯的に、俺達を破滅へと導くのだと、そう理解していたからだ。
それは悲しいくらいに、俺達の青春を象徴する行為だった。
とても心地がよく、それでいて決して正しくはならない行為。
それが俺達にとっての青春であり、この青春の終わりこそが、俺達の期限。
よりにもよって、期限付きの青春を隠れ蓑にしてしまった俺達は、ただこの間違いの終わりまで、その正しさを偽らなければならなかった。
だから俺達は、初めて自分たちを相手に無邪気さを偽った。
最早、子供が出来ることも厭わなかった。
それは、すぐにでも無意味な行いと化すのだとわかっていたのだから。
一人の少年と、二人の少女が夕日に照らされる。
最後にもう一度だけ、まるで再会を誓い合うかのような前向きな笑みを浮かべて。
俺達は口づけを交わし合った。
ただ、破滅を促すこの感触だけが、永遠となればいい。
そう思えたこの瞬間にだけは、間違いも、嘘もないと。
確かに、そう断言できる。
青春という名の俺達の虚飾の中に、確かに生まれた大切な重み。
そこから湧き上がってきた紛れもない本心が、俺達にこの結末を選ばせた。
ただこの胸の律動が、確かな愛によって鳴りやまないことに安心を抱くと同時に。
俺達は、ついに正しくはなれなかったと。
その証が、鮮血と共に刻まれる。
そして一つの間違いの証明が、一つの紛れもない正しさの証を、この世界から消し去った。
それは、俺達の本心を唯一形として証明してくれていた、心臓の鼓動。
願わくば、俺達の青春の期限が、【あなたたち】の正しさの期限でもあったのだと。
ただその証が、この世界に刻まれますように。
そう、願って。
――――俺達は今日、この青春の終わりと共に死ぬ。