甘いもの嫌いの氷砂糖
遅くなって申し訳ありません。
新キャラが動かしにくくて引っかかっていました。
こんな亀更新にお付き合いいただき、ありがとうございます。
月湖には従姉が一人いる。母の年の離れた兄のひとり娘だ。
といっても、月湖の母はすでに亡くなったし、従姉の父は従姉が幼いころに蒸発したので、月湖が彼女と知り合ったのは全くの偶然だった。
始めは互いに似ていることから知り合った。偶然だねえと笑っていた。月湖は母に兄がいることなど知らなかったし、従姉は父のことなど覚えてもいなかった。それがひょんな偶然から従姉妹同士とわかって、だからといって彼女と月湖の関係が変わることはなく、幼女とOLは細々と交流を続けていた。
だから、休日にエドワードと従姉が月湖の前で鉢合わせしたのは偶然ではなく、今までなかったことこそが不思議な必然であったといえよう。
「月湖ちゃん、これ、誰?」
『月湖、こちらの方は?』
「くーちゃん、この人、未来のパパ予定の人。ミスター・エドワード・レイノルズ。エドワード、彼女は私の従姉で葛原玖嵐」
二人は沈黙し、私の言葉を考えたようだ。しばらくして、従姉のほうが口を開いた。
「詳細説明を求む」
小学生にそんな難しい言葉で要求されても……。いや、意味わかりますけどね。
「その前に外出ようよ。久しぶりに外出できるの楽しみにしてたんだから」
日ごろは学校と施設の往復しかできないし、休日も自分の希望でいきたい場所に行くことは不可能なので、エドワードか玖嵐が来る機会は私にとって大切なお出かけの日なのだ。
というわけで、近くの玖嵐ちゃんお気に入りのコーヒー専門店に落ち着いて、私は玖嵐ちゃんに、エドワードが前世での元息子だということだけふせて、出会いからここまでを簡潔に説明した。
ちなみにくーちゃんはまったく英語が話せない。エドワードはこちらで働いてることもあって日本語の日常会話なら困らないので、会話は主に日本語。難しい言葉は私が通訳している。八歳幼女に通訳される情けない大人たちである。
「胡散臭いなぁ」
話を聞き終わったくーちゃんの第一声が、これだ。
私はケーキをつつきながら、エドワードの顔をうかがい見た。
真正面から胡散臭いといわれた青年は、のんびりと「そうでしょうねぇ」と相槌をうった。
「子供のくせにこの子の警戒心は並じゃあないんだよ。初対面であっさり意気投合なんて信じられないね。全部きりきり吐きな。どんな信じられないような話でも否定しないからさ」
「じゃあ、話しますけど、本当に信じられないような話ですよ。僕だって自分の幸運が信じられないし」
「信じるかどうかを判断するのはオレ。ほれ、さっさと話しな」
エドワードの目の前にあるパフェを心底憎々しげに睨みながら言ったものだから、エドワードがびくりと怯える。
あー、そうだよねえ。こんな目で睨みつけられたら勘違いするよねえ。
「エドワード、今のくーちゃん、エドワードを睨んだんじゃないから。パフェを睨んだだけだから。くーちゃん、こんな甘い見た目をしてるくせに甘いもの大っ嫌いなの」
「ったく、男のくせによくそんな甘いもの食べられるよなあ」
この暴言に、エドワードはむっとした顔になった。
うん、この子小さいときから甘いもの好きだったもんね。
「偏見ですよ。小さいころから母の菓子作りの助手だったんです。甘いものは作るのも食べるのも大好きですよ」
「ん? 私のせい?」
「あなたのおかげ、ですね。セリアにも僕の作る菓子は好評ですし、感謝してますよ、お母さん」
最後の言葉を、包み込むような丁寧さでそっと、エドワードは紡いだ。
玖嵐ちゃんが目を丸くして、ついで険しくした。
「訳がわからないからさっさと説明して」
「んじゃ簡単に。信じられないかもしれないけど私は前世の記憶を持っていて、前世でエドワードは私の息子だったの。以上説明終わり」
「補足。それで僕は人の魂の色が見えるというあんま役に立たない特殊能力を持っていて、それでお母さんがお母さんだとわかったわけです」
にっこり笑いながら言った私たちだが、内心びくびくものだ。こんな常識から外れたことをいって気違い扱いされない自信など欠片もない。
だがどうやらこの外見と中身がかけ離れているお姉さんも、常識から外れた人間だったらしい。
「ふーん」
何でもない風に流されてしまった。
「なんだ、そういうことか。納得。始めから話してよね、そういう面白い事情は」
「信じるの?」
「信じざるを得ないだろ。あんたたち、この前会ったばかりだという割には、笑顔がそっくりだよ。それに、非常識な話には耐性があるしね」
そういって、くーちゃんはコーヒーをぐいっと仰いだ。
「イギリスにうちの副社長がいるから、オレもたまにはイギリスにも顔をだせるかもね。イギリスに行ったらもう日本には戻ってこないのか?」
「うーん、迷ってるねえ。あと一年で料理覚えることはできないだろうし、日本の料理はおいしいしねえ。15くらいになったら留学して来たいなあとは思うかなあ。まあそれはその時の状況次第だけど、長期滞在は何度かする、かな。生活の基本はイギリスにおくけど」
「それなら寂しくないかな。月湖ちゃん、料理好きなのか?」
くーちゃんの言葉に、答えられなかった。
私にとって料理は手段だ。たしかに料理は好きだ。だけど料理を好きになった動機は……
そう、以前の私も今の私とおなじだった。いや、今以上に悲惨だった。家族はなく、幸せもなく、ただ周囲の笑顔に憧れていた。
料理は、道具だった。私が家族を得るための。
「私の料理で、家族が笑顔になるのが好き」
そう、私にとっての料理はそうだった。
「美人ですね」
「美人でしょ」
いつもは施設まで送ってくれるのだが、今日はエドワードがいるからということで喫茶店でくーちゃんを見送った。
その後姿を眺めながらの息子の一言である。
「でも、中身はオヤジですね」
「そうなのよ」
そうなのだ。梅酒造りにしか役に立たない氷砂糖のように、外見は甘くてもその甘さを完膚なきまでに台無しにしているのが彼女。
まあ、梅酒も美味しいものらしいが。