思い出
面会人がきたといわれて行ってみると、案の定そこには蜂蜜のような甘さを垂れ流す青年が待っていた。
「おはようございます、月湖。朝早くからすみません」
「待っていたから、来てくれて嬉しいよ」
再会した翌日には施設の責任者(通称:院長)に話を通し、足しげく通うようになった息子。
短い面会時間で、向こうは奥さんのこと、私は近況などを目一杯しゃべり倒すのが習慣になっていた。
来週には噂の奥さんもこちらにやってくるらしい。女の子が大好きらしく、私を引き取ることにも前向きらしい。
さて、この一か月、逃げに逃げ、避けに避けてきたが、そろそろ立ち向かわなければならないだろう。
「聞きたいことがあるの」
「なんでもどうぞ」
エドワードは、私が見た目通りの子供ではないと知っているから、何も隠さない。
「ゲイルは今どうしているの?」
今まで、再会してから一か月、不自然なまでに私たちの間で出されることのなかった名まえ。
エドワードの父。私の前世、ダイアナの夫。
「五年前に出会った女性と再婚しました」
エドワードがこれまで何も言わなかったから、その可能性は考えていた。
その可能性に対して覚悟を決めるために、一か月が必要だった。
だが実際にそれを事実として聞いてみると、想像していたほどの悲しさはない。ゲイルを思いだすと今でも温かいものが心を満たすけど、以前のような愛情はない。転生して子供になったからかな?
「そっか。じゃあ会わないほうがいいかな」
「そうでしょうけど、僕が月湖を引き取ったら引き合わせないのは不自然ですよ?」
「じゃあ知らない振りすることにするね。会っても、気づかれないと思う?」
「まあ、大丈夫じゃないでしょうか」
夫も息子と同様、超常的な能力を持っている。しかし息子とは種類が違い、たしか受容的な能力じゃなくて能動的な能力だったはず。
「じゃあ知らんぷり。あっ、もしかして、ダイアナの遺品って、ゲイルの家にあるの?」
「そうですね。まあそれはなんとか父を言いくるめてこっちで引きとりましょう。月湖が欲しいのは、レシピでしょう?」
「当たり。ダイアナの人生の集大成だからね」
ダイアナ、以前の私も家庭にめぐまれなかった。だからダイアナは自分で作り上げた家庭を大切にした。食卓は会話で溢れるように、家族は健康であるように。そのために、特に食事には力を入れた。
家族のために作り上げたレシピは、ダイアナのいちばんの宝物だった。
「月湖の料理、大好きですよ」
「一緒に暮らせるようになったら、また作るよ。正直施設ではキッチンを使えないから退屈してたの。まだ小さいから危険なんですって。日本にいるうちに和食も覚えたいわ」
「薄味だけど、日本の料理はたしかに美味しいですね。僕の奥さんは食べることは好きなくせに料理自体は苦手なんです。月湖が料理を教えてくれたら喜びますよ」
「それは楽しそうだね」
エドワードの奥さんに会うのが、また楽しみになった。