再会……?
『お母さん!』
歓喜の声と同時に見目麗しい青年に抱きつかれてしまった私、七歳幼女。
うーん、どうリアクションしろと?
困ったことに、この青年、見知らぬ変態というわけではないらしい。
「離れてくれないエドワード。変態に襲われた可哀そうな少女を正義感あふれる皆様が救出にきてしまうわよ」
『おおおお母さん! 僕が、僕がわかりますか? あなたの息子の』
「さっきからエドワードと呼んでるでしょうが。幸いなことにこの優秀な脳は自分の息子を忘れてはいないようよ」
『それはよかった』
やっと離れた青年は、にこりと笑って私をそのまま抱き上げた。
蜂蜜色の髪と青い目の外人青年は、その容姿によーく似合う甘い笑みをたたえていた。
うむ。ますます父親にそっくりのハンサムになったなーと年に似合わぬ感慨にふけっていると、息子は楽しそうに、無邪気に笑った。
『ちっちゃくなりましたね、お母さん』
「お前はおっきくなりすぎ。あれからまた背が伸びたんじゃない?」
『そうなんですよ。お母さんがいなくなったときはまだ成長期真っ最中でしたからね。お母さんは、今どうしてるんですか?』
「どうしてって」
そこで私は周囲の奇異の目がちらほらとこちらに投げられているのに気づいた。なにか注目されるようなことがあったか、考える。思い当って、私は脳を切り変えた。
うん、外国人の青年と日本人の少女が日本語と英語で会話をしていたら変な目で見るよね。
『御杉月湖、《ムーン・レイク》のツキコ。七歳。両親は二歳のときに心中。以後は施設にいる。まあ、要するに孤児ね。養子にという申し出はまあこの美貌だから雨霰とあるが、そのうち30%は目がいやらしいし、50%は道具扱いにしようという魂胆が見え見えだし、残りは優しそうだが、厄介事に巻き込みたくない。だから全部断っているの。人身売買まがいの申し出もあるけど、そこは院長が人格者でね。助かっているわ』
『はー。前の人生に負けず劣らず、災難な人生を送ってますね、お母さん。それにしても今日はどうしたんです? 七歳なら、こんなところに一人で来られるはずがないでしょうに』
息子が抱き着いてきたのは、施設の最寄り駅に隣接する百貨店だった。もちろん、七歳幼女である私が、こんなところにひとりで来られるはずがない。
『うむ。絶賛迷子中』
嘘である。はぐれたのは引率の施設員が自分の買い物がしたいために子供たちを放置したからだし、子どもたちもいつものことなので、各々おもちゃ売り場や本屋などを好きに見回って、鐘の音を合図に集合場所に集合することにしている。
毎月このデパートには来ているから、慣れたものである。デパート側もある程度は見逃してくれているようだ。
『じゃあ僕とお茶でもしませんか? その後で迷子放送かけてあげますよ』
『あー……実は15時20分に大時計のまわりに集まってればOK。恒例行事なんだ』
そういって、私はざっと説明をして、息子にケーキをねだった。
『それにしてもお母さんにまた会えるとは思いませんでしたよ』
『そろそろ日本語でしゃべらない? 周りに客も少ないことだし、英語を必死で思いだしながらしゃべるのも疲れてきた』
「お母さんがそういうなら、そうしましょうか。ああ、月湖と呼んでいいですか?」
「人前ならOK。二人きりの時によばれるのは母親としてなんとなく嫌。慣れるまでは人前でだけにしてくれるかな」
「僕も二人きりの時まで呼び捨てにする勇気はありませんよ。でも月湖も変な目で見られるのは嫌でしょ?」
そんな気遣いをさらりとできる息子に、可愛くなって、私は腕をうんと伸ばしてテーブルのむこうの頭をなでた。
「いい子に育ったねえ」
「当たり前です。誰の子だと思ってるんですか。月湖こそ、その姿かわいらしすぎですよ。それにしても、本当に、また会えるとは思ってなかったので、嬉しいですよ」
息子には申し訳ないが、私は高校生ぐらいになったら息子に会いにいく気満々だった。
息子は、人の魂の色が見えるのだという。残念ながら特殊能力などかけらもない私には、それがどういう感覚かはわからないが、夫の家系にはそういう変な能力を持った人間が生まれやすいらしい。夫もそうだ。
人の魂の色は一人一色。指紋と同様、同一の色を持つものは天文学的確率らしい。だから転生などしたら一発で見抜ける。……理論上は。
現実はそんなに甘くない。たとえば知りあいが死んだとする。その人の魂が転生したとして、何年後に、どこの国で、どんな性別で、どんな境遇で生まれたかは実際に見つけるまで分からない。見つけられたとしても、新しい人生を歩むその人は、前世のことなど覚えていない。
そのはずなのだが、私はなぜか二歳のころに前世の記憶を思いだしていて、まだ七歳の現時点で偶然、前世での息子に見つかってしまった、というわけだ。
息子としては、まさか転生した母親を見つけられるとは思わなかった。見つけた母親に前世の記憶があるとは思わなかったと驚きの連続だっただろう。
こちらも驚いた。まさか息子が日本にいるとは思わなかった。
「私も嬉しいわよ。エドワードはなんで日本にいるの?」
「長期出張でこちらに赴任しているんです。来年にはイギリスに帰りますよ。そうだ、月湖。僕の養女になりませんか?」
「国籍の違う者同士の養子縁組って、可能だったっけ。あと、イギリスって独身だと養子縁組不可じゃなかった?」
「国際養子縁組は可能ですよ。月湖が七歳なら、保護者の許可がいりますがね。あと僕は一応結婚しているのでそっちも問題なしです」
「アホか。結婚してるなら奥さんの承諾も取りなさいよ」
息子の申し出は、正直嬉しいものだった。突然の死によって別れた息子と会えたのだ。一緒に暮らしたいと思うのは当然のこと。
そうか国際養子縁組って可能なのか。保護者…私の場合だと……うん、祖父だ。あの爺に電話するのやだなあ。そっか、息子、もう結婚してたのか。
……は?
「月湖なら大丈夫ですよ。可愛い女の子が欲しいっていってましたし、子どもができてもできなくても孤児を最低一人は引き取ろうねって話しあってましたし」
「なんて出来た奥さま。って、奥さんも日本にきてるの?」
「奥さん、バリバリのキャリアウーマンなんですよ。今も本国でバリバリ仕事していますよ、たぶん。で、どうです?」
そう聞かれたとき、私の心はすでに決まっていた。息子に養われる? 親の威厳? それがどうした。今の私は子どもだし、孤児は社会的に不利なのだ。それは以前の人生でも思い知っている。それになんといっても家族になるのがエドワードだというのは悪くない。
「うん。いいね。悪くない」
それに、今まで養子縁組の申し出をうけなかったのは、一番の理由はやはり、私にとって家族とはいまだに彼らだけだから。
「奥さんに会って、奥さんが承諾してくれたら、また家族になろっか」
私は五年ぶりに、心の底から緊張がとけて、楽になったのを感じた。
初投稿です。文章の下手さなどには目をつむっていただけると助かります。