紳士なエビ
紳士なエビが家にやってきた。
我が家の玄関のドアを控えめに叩き、「夜分恐れ入ります」と深々と頭を下げた。
紳士なエビは黒いタキシードにピンクの蝶ネクタイをして、背筋をシャンと伸ばしている。
表情は変わらないが、小さく円な黒い瞳で、喋る度に口角から左右に伸びる髭がピンピンと動く。
「宇宙船が故障してしまって、還れないのです。どうか今晩泊めていただけませんか」
正確にいえば紳士なエビは、地球上の『エビ』によく似た『宇宙人』らしい。
「特にブラックタイガーに似てると言われますね」と、当人としても自覚があるようだ。たしかに、青灰色の半透明な体をしている。
紳士なエビを不憫に思った僕は、一晩家に泊めることにした。
エビってなにを食べるんだっけと思いながら、「夕飯の残りですいませんけど」と言いながら、チキンカレーを出す。
「とんでもありません。それに、カレーは大好物です」
そうなんだと思いながら、シーフードカレーだったら倫理的にヤバかったかなと考える。
「ご主人、私はエビではございませんよ」
紳士なエビは、どうやら人の思考を読み取る能力があるらしい。
食事をするうちに僕と紳士なエビはすっかり打ち解け、気付けばボトルワインまで開けていた。
「あ、よかったらお風呂どうぞ。タオルはそこに置いておきますので」
「ああ、ありがとうございます。お先にいただきます」
では失礼、と言って、紳士なエビはバスタオルを抱えてそそくさと脱衣所へ消えた。
ところが、紳士なエビは何分経っても出てこない。心配になった僕は、風呂場の扉を開ける。
脱衣所に紳士なエビの姿はない。どうやら、まだ浴室にいるようだ。
「あのー、どうされましたか」
浴室に向かって声をかけても、返事がない。
「あの……」
恐る恐る浴槽の扉を開けると、湯船の中には真っ赤に茹で上がった紳士なエビが、背中を丸めて死んでいた。