288.叡智の神、爆誕
とりあえず私は、開田くんの家を出発してから、今に至るまでの出来事を一通り説明した。
長野に向かって、現地が危機的状況だと知り、眷属と戦い、そして狂信者と激突して――。
「で、帰ってきました。はい」
「…………………………そうか。この一日で、それほど多くの事件を……」
開田くんは私をまっすぐ見つめたまま、深く頭を下げた。
「ありがとう、ミカ。君がいなければ……この国は終わっていた。本当に、ありがとう」
「…………」
彼の肩がわずかに震えていた。たぶん、泣いていた。
けど、それは悲しみの涙じゃない。それくらいは、私にもわかった。
きっとこの国に、大切な人がたくさんいるんだろう。
その人たちを、自分の代わりに守ってくれたことに対する感謝。そして、守れなかった自分への不甲斐なさ。
――多分ね。よくわからないけど。
でも、もしそうなら……友達にかけてあげる言葉は、ひとつだけ。
「気にしないで。友達でしょ?」
開田くんが顔を上げた。その目には、やっぱり涙が浮かんでいた。
「君を助けるのは、友達として当然だよ。それに……今回は相手が悪かった。神だもん。開田くんじゃ、どうやったって無理でしょ」
「…………しかし……結局、私は自分の力で国民を守れなかった」
「いやいや、守ってるでしょ」
「……どういう意味だ?」
「だって、私が来たじゃん」
本当は、こっちに戻ってきたのは偶然というか、真理たんの暴走のせいだったけど。
「事件解決に動いたのは、君のため。君が私を味方にしてたからだよ。神を呼んで、神を味方にして、神を送り出した。それができたのは、君。なんにもしてない、ってことはないでしょ?」
「…………………………ミカは、あのときと変わらないな」
開田くんは、目元の涙をぬぐいながら言った。
「あのとき?」
「封神の塔で。キルケーによって怪物に変えられた私を、倒すんじゃなく、救ってくれた。あのときからずっと……君は優しい」
ああ、そんなこともあったっけ。
「ありがとう、ミカ。国を救っただけじゃなく、その国の総理の心まで救ってみせるとは。さすがだな」
開田くんは笑っていた。少し前までの迷いが、消えているように見えた。
そう、それでいいんだよ。君は、十分すごいんだから。
「これからは【叡智の神ミカ】と呼ぼうかな」
「な……!?」
な、なにその恥ずかしい二つ名は!?
「えっちの神とかやめてよ!」
「マスター、叡智です叡智。Hじゃないです」
「えっち?」
「はぁー……学がありませんなぁ」
いや真理たんにだけは言われたくない! あんたただの全知全能ニートでしょ!?
「すぐれた知性と深い知恵。それを“叡智”というのだ」
「マスターと正反対どころか、3600度違いますね」
おい。ぐるぐる回って元に戻ってるよ。
それって、むしろぴったりって言いたいの……?
「日本に新たなる叡智の神信仰、広めようかな~」
「やめて! マジでやめて!!」
こっちにまで広めないで!
信者なんて要らないから!!
「小さい子たちが“エッチの神だ~”って言い出す未来が見えるから! 特に男子!」
「人それを“フラグ”と言うんですよ」
真理がしたり顔でにやりと笑った。やめてってば!
フラグじゃないの!
ていうか、それが流行ったら、また長野神のときと同じじゃん!
少しは学習してよね……!?
「まあまあマスター。冗談はさておき。そろそろ、オベロンを復活させましょう」
「おお! 真理! よくぞ言ってくれた!」
なにせ今この場、ボケキャラしかいないんだから!
ツッコミ役のオベロンがいないと、まともに回らないよ!
「じゃあ……オベロン復活の儀式、始めちゃいましょうか」