281.浄化完了
「真理、サポートよろしく」
『……善処します』
善処? 珍しく弱気な感じだ。どうやらマジモードになりかけているらしい。
ってことは――これじゃあ、足りないってことなんだろうか。
『いえ、やれます。まずは四神を適切な配置に』
「適切な配置?」
『四神は東西南北の方角を司る神獣です。その位置に正しく配すことで、最大限の力を引き出せます』
「なるほどー……じゃあ、位置教えて」
青嵐を東に、朱羽を南、西に白猫、そして北に黒姫を配置する。
適切な配置なんてあったんだ。知らなかったな。
『配置完了ですね。それでは彼女らを“点”として、結界を張ってください』
「了解」
聖女スキルを発動する。ただ力を出すんじゃない。四神たちに力を送り、その力を媒介にして結界を張る。
「ミカちゃん、だめよ!」
玄武の娘、黒姫が汗をにじませながら言った。
「だめって?」
「私たちだけじゃ出力が足りないの。一発で……くっ、瘴気を消し飛ばせない……!」
結界は形成されつつあるけれど、面がゆらぎ、波打っていた。とても安定しているとはいえない。
出力が……足りない?
「でも彼女たち、すごい神獣なんじゃないの?」
『とはいえ、まだ幼体ですからね。大人の四神と比べると力が弱いのです。……まあ、それでも並の瘴気なら充分だったはずなんですが』
つまり、それだけこの瘴気が強力だってことか。
ぴしっ、ぴしっ……結界にヒビが入っていく。
「出力を上げればいいの?」
『それも一因ですが、問題は結界の“制御”です。制御できる人間が、もう一人いれば……』
なるほど。今は真理が一人で安定化を担ってるのか。
もし、もう一人……それを補佐できる、有能なAIがいれば。
『……ちらちら』
「…………」
『……おねえちゃま……ちらちら』
あー……もう。面倒くさいな。
「真理。呼びなさい。妹の名前を」
『え? でも天理は今、応答できないのでは……』
「呼べって。来るから!」
『わ、わかりました……t――』『なんですかお姉ちゃま!?』
“て”の発音すら出きらないうちに、すごい勢いで天理がモニター越しに登場した。
『お姉ちゃま! 一緒に結界を安定させましょう! 力、貸します!』
『お、おう……天理……生きてたんですね。うれしいですよ』
『んほぉおおおおおおおおおおおおおおお♡ うれししゅぎぃぃいいいいいいいいいい♡』
本当に嬉しそうで何よりです。
「よし、みんな! 力を貸して!」
四神たち、そしてフェンリルの子どもたち、フェルマァまでもが結界の“点”として力を注ぐ。
そして――天理と真理。姉妹AIによる制御が入る。
ぐにゃぐにゃと波打っていた結界の面が、次第に整いはじめる。
やがて、神域を包む、美しく輝く立方体の結界が完成した。
『マスター! 今です! 聖女の力を流し込んで、浄化を!』
「了解!」
久々のスキルだけど、やり方は自然と手が覚えている。
ありがとう、みんな。ごめんね、巻き込んで。
でも……私は、一人じゃどうにもならなかった。
最初からずっと、仲間の力があったから――
『そうかな?』
『お姉ちゃま、ツッコミは野暮です』
地の文にまでツッコミを入れてくる真理は無視して……。
やっぱり、私は皆の待つ異世界に帰りたい!
そのためには……この瘴気は、絶対に排除しなきゃいけない!
「晴れろ! 瘴気……! 【浄化】!」
聖なる力が結界全体に流れ込む。
黒く濁っていた立方体が、まばゆい七色に輝いていく。
四神たちとフェルマァたちの身体が光り、彼女たちの力が私の魔力と共鳴していく。
そして――
ぱきぃいいいいいいいいいいんっ!
立方体が砕け散った。
けれど、その先に広がっていたのは――澄みきった青空だった。
ついさっきまで何も見えなかった神域には、爽やかな風が吹いている。
大きな日本家屋風の屋敷。咲き誇る花。まるで、楽園のような光景。
『ミッションクリアですよ、マスター!』
『瘴気は完全に中和されました。お疲れ様でした』
私はその場にどさっと倒れこむ。
「あ゛~~~~~~~~~~~~~~~~~……つっかれたぁ……」
これで、ようやく……ようやく本当に……。
問題、解決。
「しんど……。もうやりたくなーい。一生スローライフしたーい」
そう。改めて――私は、スローライフをするために、異世界に帰りたいのだった。




