244.神の慈悲
まず諏訪湖の水を戻さないと。
『天候操作で雨を降らせてください』
「コントロールは任せるね、天理」
一方で、私は諏訪湖のほとりまでやってきた。
「で、君、なんであんなことやってたの……?」
狐面はボロボロで、一歩も動けない様子だ。
「……長野神を、崇めよ」
「どういうこと?」
「長野神を、崇めよ」
……だめだこりゃ。
「真理たーん」
ぽん、と転移してきた真理に、全知全能を使って、今の発言の真意を探らせる。
真理はモニターを開き、ふんふんとうなずいてる。
「どうやら自分が悪事を働き、助けて欲しければ長野神を崇めよ……ってやっていたらしいよ」
「ほー……ん?」
理解できるような、できないような。
「長野神を、あが……めよ……」
さらさら……と狐面の体が砂になっていく。
「体の崩壊が始まってます。まもなく消滅するでしょう」
「……そう」
……ふと、私は、私の野菜眷属達を思い出した。
彼らは、生み出した神に、喜んで貰いたくて、奉仕していた。
……この狐面くんも、そうなのかもしれない。
「長野神のこと、皆が悪く言ってるのが、嫌だったんだね。だから……自分が悪者になったんだね」
「……!?」
狐面が、体をこわばらせる。図星か。
……この眷属は、生みの親である長野神が好きなんだろう。
好きな人が、周りから嫌われている。
それが嫌で、どうにかしたくて、こんなことをしていたんだ。
自分が悪者となって、迷惑をかけることで、相対的に長野神の評価を上げようと。
「君の気持ちはわかった。でも……だからって、人を苦しめるのは違うんじゃあない? 長野神は、それをほんとに望んでたと思う?」
……まあ、私は長野神になったことはないけどさ。
でも次郎太さんの話を聞く限り、無償で人を直す、優しい人だったらしい。
そんな人が、人を苦しめるようなまねを、自分の眷属にして欲しいと思うだろうか。
「……お頼み、申す」
狐面が私を見て言う。
「我が主に、お伝え願う」
長野神に伝言を頼みたいらしい。
「……申し訳ございませんでした、と」
……この子は、やったことを反省したようだ。
真理が悲しそうな顔をこちらに向けてくる。
この子にちょっと同情したんだろう。
「駄目だね」
『マスター、おねえちゃ……真理はこの眷属を消さないで欲しいと懇願しております。なので……』
私はスマホを取り出す。
ぱしゃり、と狐面の写真を撮った。
ぱぁあ……! と狐面の体が光り出す。
そこには、黒い髪の裸身の美女が現れていた。
『これは……眷属化? まさか、マスターは他人の眷属を、自分の眷属に変えることで、神気を補充し、消滅を防いだと……?』
ま、そういうこと。
眷属は目を丸くしている。
「どうして……我を助けた?」
私はぺんっ、と眷属の頭を軽く叩く。
「ちゃんと、自分の口でごめんなさいって言わないと、駄目でしょ」
「…………………………かたじけない」
ぽろぽろと涙を流しながら、眷属が頭を下げる。
やっぱり死ぬのは怖かったんだね。いや、死んで主に会えなくなるのが怖かったのか。
『最初から、マスターはこの眷属を殺す気はなかったということですか……?』
「当たり前じゃん。ワタクシたちのママは、慈悲深い女神さまなんだからね! まだまだだなぁ、天理は~」
『…………そうですね。ワタシはまだまだ、お姉ちゃんと比べて未熟者でした』
「今お姉ちゃんって言わなかった? ねえ!?」
私は■から毛布を採りだして、眷属の体にかける。
「病気しちゃってる人たち助けてくるから、話は後で聞かせてね。君の主である長野神について」
眷属は毛布を体に巻くと、その場で両手を突いて頭を下げるのだった。




