242.出撃です
『毒ガスの解析が完了しました』
天理がモニター上に、数値やら図形やらを表示させる。
「このガスは、吸うことで相手を病気にするガスのようですね」
真理がデータを見て、わかりやすい言葉で、かみ砕いて説明してくれる。ありがてえ。
「ウイルスとか細菌が含まれたガスってこと?」
「というより、そのガスを吸うことで、一番掛かりやすい病気を、引き起こすというものですね」
ウイルス感染→病気、ではなく、病気にするために、ウイルス感染を引き起こす……みたいな?
原因と結果が逆になってる。
どう考えても、人間の仕業じゃあない。
「へい天理、これって怪異の仕業?」
『いえ、ガスに神気が含まれております。怪異の仕業ではありません』
神気。神やその眷属の持つ魔力……だっけか。
「じゃあ諏訪湖にいるのは、長野神ってこと?」
『ありえません。この程度の雑魚が、全知全能のジャミングをできるわけがない』
「ってことは、長野神の眷属ってことね」
『そう考えるのが一番可能性が高いですね』
まとめよう。
現在、諏訪湖には長野神の眷属がいる。
空気中に毒ガスを散布し、そのガスを吸うと、相手を病気にする。
「これほっとくとどうなる?」
『ガスが風に乗って際限なく広がっていくことでしょう』
いずれ東京にもこのガスが広がる可能性があるってことか。
東京には、開田くんがいる。友達にまで被害が及んでしまう。
「このガス止める方法は?」
『手っ取り早いのは、眷属の排除でしょう』
「神の眷属が相手ってことは……私にしか倒せないよね?」
『肯定であります』
うん。私にしかできないんだ。やるっきゃないね。
「もがもが……! もががー!」
贄川刑事さんが何か言いたげだ。
現在、彼は息子である、次郎太さんに羽交い締めにされている。
「なんすか?」
次郎太さんが、拘束を緩める。
「一人で行く気か!? 危険すぎる! 公安の異能者を動員するから……」
ふるふる、と真理が首を横に振る。
「残念ですが、公安の異能者では対処できないですよ?」
「なぜわかるんだいっ?」
真理が真剣な表情のまま言う。
「仮想戦闘シュミレーションをしてみました。天理が抜いてきた異能者のデータと併せて。結果、公安異能者は全員殺されます」
真理……あんたそんなことできたの……。
『……おねえちゃんしゅごいぃ♡』
ん? なんだ今の声……?
え、だれ……?
「天理なんかいった?」
『言ってません断じて耳腐ってるんじゃあないですか?』
お、おう……そう。聞き間違いか……。うん……。
「ま、そーゆーわけだから私一人で行ってきます」
「将来有望な君を、戦場に向かわせるわけにはいかない! 今、【無】に連絡するから……」
【無】……?
なんだ、【無】って……?
『情報が隠蔽されてますね』
なぬぅ、公安のくせに?
『どうやら公安とはまた別の存在が、隠蔽スキルを使って情報を隠してるようです』
公安とは別の、しかし公安関係の人間ってこと……?
「その【無】さんは、すぐに来るの?」
「い、いや……彼は遠くにいるんだ。こちらの呼びかけに答えてくれるかもわからないし」
「そんなの待ってたら被害が拡大しちゃうでしょ?」
「だ、だがしかし……」
ああもう、めんどくさいな。
贄川刑事さん、悪い人じゃあないし、悪気があって足を引っ張ってるわけじゃあないのはわかる。
敵と戦って、私が命を落とすのを、未然に防ごうとしてくれてる。
そこは、私を心配してくれる気持ちがあった。それは伝わってくる。
「刑事さん、あなたは、マスターを知らなすぎですよ」
真理が贄川刑事さんに言う。
「まさか、炎犬戦で見せた力が、マスターの力の全てだと思うのですか?」
「!? あ、あれ以上の力を、彼女は持っているのか……?」
「ええ。マスターは今、本気ではないです。力をかなり制限されている状態です」
「制限されて……あれなのか!?」
サングラス越しに、贄川刑事さんが目をむいていた。
真理の目を見て、どうやら本当らしいと思ってくれたようだ。
「貴方にできるのは、ここでワタクシと一緒にマスターの戦いを見守ること。それが最善です」
「………………ああ、わかったよ」
おお、真理の説得に、贄川刑事さん折れたよ。
『……本気出したおねえちゃんかっこよきぃ~♡』
ん? また謎の声が聞こえてきた。
「ねえ天理」
『知りませんワタシは何も言ってないです幻聴じゃあないですか歳のせいですかねアラサーだからしょうがないですね』
……まあ、そういうことにしておこう。
「じゃ、刑事さんと次郎太さんは、ここで真理とお留守番しててね」
「ああ、わかった」「お気を付けて」
贄川親子は大人しく待っててくれるようだ。
真理はグッ、と親指を立てる。
私はうなずいて、飛翔魔法で飛び上がると、敵のいる、諏訪湖へと向かうのだった。




