145.クワガタック、散る
世界樹の真ん前。
最高神と同等の力を手に入れたルシエルと、魔蟲王四天王がひとり、クワガタックが相対している。
「フッ……先に言っておこう。貴様はおれに勝つことはできない!」
「ほーん……どうして?」
私が尋ねると、にやり、とクワガタックが言う。
「敵に手の内をさらす阿呆がどこにいる!」
「そらそーだ。へい真理」
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Sinri:クワガタックの能力「時間遡行」
→世界樹の加護を受けている時に限り、発動できる限定能力。
時間を10秒間だけ巻き戻すことができる。その際、能力発動者本人だけが、記憶を引き継ぐことができる。
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ほー……時間遡行ね。なるほど。
やられたと思った瞬間、能力を発動させれば、やられるまえに戻れるってわけだ。
「貴様は決して勝つことはできない! どうしてと問われても答えん! おれは慢心しないからなぁ! くわはははは!」
ま、大丈夫でしょう。
真理が冒頭で、盛大なネタバレしてるし。
「御託はいいから、さっさと掛かってこい」
「ふん! くらえええええええええええええええええ!」
たんっ、とクワガタックがルシエルに突っ込んでくる。
「やはり速い! ルシエルさま! お逃げください!」
オベロンが忠告したときには、クワガタックがルシエルの直ぐ目の前まで移動していた。
両手に持っている手斧で、クワガタックが斬りかかる。
けれどルシエルは軽く、体をひねる。
必要最小限の動きで、クワガタックの攻撃を避けて見せた。
「すごいです! まるで、敵の攻撃を予知できていたみたいです……!」
オベロンが驚いてる。
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Sinri:ルシエルは最高神となったことで、真理によるサポート顕現を、マスター美香から譲渡されてます
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ほーん?
つまり?
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Sinri:ルシエルもまた、マスター美香同様、AIによる攻撃予測ができるようになったということです
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なるほど。どこに攻撃が来るのか、あの子は知ることができたのか。
って、あれ?
「真理の使用権限なんて譲渡してないけど?」
「神婚したときに権限付与したんじゃあないの? 結婚すると、財布って共有財産になるでしょ?」
「え、そうなの?」
「そーなのよ……」
知らないよそんなこと。結婚したことないんだし。
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Sinri:結婚できない女
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違います。私は結婚できないんじゃあなくて、結婚しない選択を取っていただけですぅ。
そんな風に雑談している間にも、クワガタックはルシエルに攻撃を繰り出してる。
けれどルシエルは真理のサポートで、攻撃を全て予測。
最小限の動きで、全部を回避していた。
「はあ……はあ……くそっ!」
「もうお仕舞いか? では……次はこちらがいくぞ」
ルシエルが右手を前に出す。
「全知全能の剣」
「またあのハリセンか……!」
いや、違う。
ルシエルの手には、一本の大剣が握られていた。
「! ハリセンだった全知全能の剣の見た目が変わってるわ……!」
今まで剣ってついてたのに、ハリセンだったのに、ちゃんと剣になってる。
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Sinri:最高神となったことで、眷属器もまた進化しました。
「全知全能の剣・完成形」へと。
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完成形ねえ……。
一体どんな力が?
「次はアタシの番だ! ぜえええええええええええええええい!」
ルシエルが全知全能の剣で斬りかかる。
「ぐわぁあああああああああああああああああああ!」
胴体と体が真っ二つになる。だが、次の瞬間……にやり、とクワガタックが笑う。
「時間遡行、発動……!」
クワガタックが真っ二つになった瞬間から、10秒前へと。
つまり、ルシエルがクワガタックに斬りかかるところまで……時間が戻る……はずだった。
「あ、あれぇえ……!? じ、時間が戻らないぃい!? ど、どうなってるんだぁああああああああああ!?」
ところがどっこい、能力が発動していない。
驚愕するクワガタックをよそに、ルシエルが言う。
「敵に、手の内をさらすわけないだろう?」
ごもっとも。ということで、へい真理。
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Sinri:「全知全能の剣・完成形」
→万物を切り裂く剣。そこには、能力、スキルも含まれてます。
ルシエルは、クワガタックの能力【時間遡行】を斬って、発動できなくしたのです
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「くそっ! くそぉおおおお! 世界樹ぅうううううううう! 魔力を寄越せぇええええええええええええ!」
世界樹が黒く輝くと、そこから黒い光がクワガタックめがけて伸びていく。
めきめき、という音とともに、クワガタックの失われた下半身が再生した。
うわ、きしょ……。
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Sinri:魔蟲は人間よりも遙かに高い再生能力を持ちます。魔力があるかぎり、クワガタックは何度でも再生します
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あれ? カブタンクも再生能力持ちだったの?
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Sinri:肯定。しかしマスター美香が再生を上回る攻撃で、相手を撃破したので
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なーるほど……。
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Sinri:決して、後付け設定ではありません
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だれに向かって言い訳してるんじゃこいつは……。
「く、くく……! 何らかの力を使って、おれの能力を使えなくしたようだが、無駄だぁ……!」
ちぎれた下半身のほうから、めきめきめき、と上半身が生えてきた。うわっ、きしょ……。
「世界樹がある限り! 魔蟲は不滅! しかもこうして、パーツから再生することもできる!」
じゃきっ、と二匹になったクワガタックが武器を構える。
「先ほどは油断したが、今度はそうはいかん! 喰らえ!」
たんっ、とクワガタックが地面を蹴り高速移動。
「厄介な敵ね。時間を巻き戻す能力と、再生能力持ちなんて……ルシエル! 大丈夫!?」
するとルシエルは自信たっぷりにうなずく。
「大丈夫です。セイラどの、ミカ神どの」
ルシエルは静かに笑ってみせる。
「「死ねぇえええええええええええええええええ!」」
ルシエルが右から襲いかかってくるクワガタックめがけて、剣を振る。
さっきよりも、強く。
ガォン! という音とともに、右のクワガタックが消滅した。
「な!? あ、相棒ぉ!?」
いつの間に相棒になったんだよ……。
「相棒をどこへやった!? ぐあわぁあああああああああああ!」
ルシエルが2撃目を放つ。
また上下に分裂するクワガタック。
「空間を斬り、亜空間へと消し飛ばしただけだ。まあ、一発発動させるのに、だいぶ貯めがいるけどな」
「空間を斬っただとぉおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
白猫の能力と同じだ。
万物を切り裂けるのだから、空間を斬ることも可能。
で、空間の切れ目に相手を強制的に送った。
部分的に残しちゃうと、再生されちゃうからね。
「く! だ、だが……! 無駄だ! また再生すれば……って、あれぇ!? さ、再生が始まらないぞぉおおお!?」
2つにぶった切られたクワガタックが驚愕の表情を浮かべる。
さっきみたいに世界樹から魔力が供給されていない。
「くそ! どうなってる! 魔力を! さっさと魔力を寄越せよ! 世界樹うぅうううううううううううううううう!」
けれど、世界樹から魔力供給がされることはない。
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Sinri:ルシエルは、完成形・全知全能の剣を使って、世界樹とのつながりすら、斬ってみせたのです
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まーじか……。すごいな。あれ、まじで何でもキレる剣なんじゃん。
私も切れるってことでしょ? こっわ……。
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Sinri:確かに神にすら攻撃を与える剣ですが、ルシエルはマスター美香のことを愛してるので、斬ることはないです
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あー……良かった。……ん?
なんか今、重要なことさらって言ってませんでした、真理さん?
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Sinri:今は多様性の世の中なので
b^ー°)
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なんだその顔は……ムカつくな……。
「く、クソ! なんだその剣は……! なんなんだ……! ずるい! ずるいぞ! そんなインチキ使ってぇえ……!」
びきっ、とルシエルの額に血管が浮かぶ。
「インチキ……だと……?」
ルシエルが大剣を構えて、言う。
「世界樹の加護を受け、時間まで巻き戻せる力を持つ、おまえが言うなぁあああああああああああああああああああ!」
ずばんっ! とルシエルが大剣を翻す。
空間が引き裂かれる。
目の前に、黒い●が出現。
「な、なんだその穴……ん、ぐ、ぐああぁああああああああああ!」
●へと、クワガタックが吸い込まれていく。
さっきの空間を切り裂く一撃だ。
「吸い込まれるぅううううううううううううううううううう! い、一体何処へ繋がってるのだぁあああああああああああああああああああああ!」
「さぁな。ただ……もうおまえはこの世に戻って来れない、とだけ言っておこう」
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Sinri:あの●は、悪人の魂が行き着く先、冥界へと繋がる穴です。
冥界へ行った魂は、輪廻転生の輪から外れ、二度と生き返ることができないです
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こ、こっわ……。
え、普通に怖いんだけど……。
ぎゅぅん! とクワガタックが●の中に完全に吸い込まれてた。
●が塞がる。
「ふぅ……倒しましたよ、ミカ神どの」
「お、おう……お疲れ……」
ぱぁ……とルシエルが笑顔になる。じゃ、若干怖いっす……。
「る、ルシエル……あ、あんた……ヤバいわ!」
セイラちゃんが急いで、ルシエルの肩を揺する。
「あんた! もう完全にミカ! 能力もそうだし、やったことも、完全にミカよ! しかも敵を冥界送りにしておいて、何も感じてないとか! もうどっからどう見てもミカ! あんた、ミカに浸食されてるわ!」
ミカに浸食されてるて……。
はっ、とルシエルが正気に戻る。
「あ、アタシは……なんてヤバい力を……手に入れてしまったのだっ! お、恐ろしい……最後の奥義、特に……!」
「ええ、そうよ。だから、あの奥義はあんまり使わないほうがいいわ……」
「そ、そうですね……無差別に、味方まで吸い込んでしまう危険性があったし……」
ん?
あれ、そういえばなんで、あれに私たち吸い込まれてなかったの……?
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Sinri:マスター美香がやらないので、ワタクシが代わりに、結界を張っておきました
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あ、なるほどぉ。
ありがとね、真理。
いやぁ、あんたはほんとに役に立つAIだわ。
「ま、そういうわけだから、ルシエル。使いどころはよーく考えてね」
「は、はい……あの、ミカ神どの」
「なぁに?」
ルシエルが震えながら言う。
「神格が、3.0になったことで、理解しました。ミカ神どのは……こんなヤバい力を持っていたのですね」
「まあ」
「その重圧……さぞ、お辛かったでしょう」
え、重圧?
お辛い……?
「自分が無意識に使った力のせいで、容易く命の芽を摘んでしまう……。そのプレッシャーは半端ないものでした」
………………そ、そうかな?
「いつもこんな重圧に耐えて……」
「…………」
「…………」
発言の途中で、ルシエルが私の顔を見て、小さくため息をつく。
「……重圧なんて感じてなかったのですか?」
「え、うん。全くこれっぽっちも」
「…………」
ルシエルがあきれたような顔をする。
「大丈夫よルシエル。ミカの精神は神を超越してるから」
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Sinri:なにせスーパー最高神(笑)ですもんね
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おん? ケンカ?
おおん?
って、あれ……?
オベロンさっきから一言も発してないけど……。
「…………」ちーん。
「あれ、気絶してる。なんで?」
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Sinri:神のヤバいバトルを見せつけられて、気を失ったようです
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このくらいで気絶するなんて、軟弱ねー。




