臨時休講日の浪漫す
「ひどいよ、私、こんなに人を好きになったの、重光が初めてなのに」
まいったな、泣いちゃったよ
目の前で泣いてるのはバイト先の女の子
田舎から出てきたばっかりで、ちょっと素朴でかわいいなって思って、バイト終わりに飲みに誘って、アパートの前まで送って、ちょっと長めのキスしたら部屋の中まで入れてくれた
そんで、朝になって付き合う気はないって言ったらこうなった
「わたし、本気で好きだったから、だから許したのに、重光が、はじめてだったのに」
早く泣きやんでくれないかな
今日の2限、講義あるのに
「ひどいよ、こんなに、好きにさせておいて、ねえ、何か言ってよ」
そろそろいいかな、マジで遅刻しちまう
「わたしのあっ…や……んっ、んんんっ」
答えるかわりにキスしたらやっと静かになった
目を見ながら優しく頭を撫でてやる
「そんなに泣くなって、昨日は一緒に過ごせて楽しかったよ
もっと一緒にいたいけど、講義に遅れちゃうからもう行かなきゃ、ごめんな」
⌘⌘⌘⌘
脱出成功!
小さく息を吐きながらアパートの鉄製の階段を降りる
なんであんなに被害者面できるんだ
こんなに好きにさせてってなんだよ長渕かよ
ああ面倒くさい
さっきからやたらとスマホに着信が来る
なんの解決にもならないけど、とりあえず電源を切っておいた
小走りでキャンパスに向かう
⌘⌘⌘⌘
『2限 西洋建築史 休講』
教室に誰もいないと思ったら、臨時休講になっていた
もっと早く言えよ
走ったぶん損した気分だ
今日はこれしか講義がないから、無駄足になっちゃったな
⌘⌘⌘⌘
気分転換に大学の近所にある公園を歩くことにする
今日は天気がいいし風が気持ちいい
色づいてきたイチョウ並木の下を歩いて少し気分が晴れたと思ったら、異様なものを目撃した
戦前の女学生みたいなのが池のほとりで泣いている
卒業シーズンでもないのに矢絣の着物にえび茶の袴、ハーフアップにした髪にはでっかいリボンをつけている
何なんだ今日は
泣いてる女なんて今一番見たくないやつだ
しかもあの格好、面倒ごとはごめんだ
なるべく見ないようにして足早に横を通り過ぎる
はずが、
どうにも気になって戻ってしまった
「どうしたんだ、なんで泣いてるの?」
彼女がこっちを向く
顔を見ると思ったより幼くてぎょっとした
もしかしたら小学生かもしれない
「結婚がいやで、いやで、逃げてきたの」
少女が泣きながら答える
「結婚?お前まだ子供だろ」
「十五になるわ、結婚できる年よ」
「はあ?明治時代かよ」
「何を仰るの?大正の時代になってもう十年も経つのに」
「ええ?」
「そういえば、洋装の人が多いわね」
少女はきょろきょろあたりを見回す
「マジで言ってる?今は令和の世の中だ」
「レイワ?」
「西暦2024年、21世紀だよ」
「では、わたくし結婚が嫌すぎて奇天烈航時機してしまったのかしら?」
少女はあっけらかんと言う
少々アレな子なのかもしれないが、話しかけてしまったし乗り掛かった船だ
「ほら、涙拭けよ」
ハンカチを渡す
「どうも有難う」
「話くらいなら聞いてやるよ、そのへんどっか座ろう」
⌘⌘⌘⌘
少女と並んで公園の芝生に座る
「わたくし、ミヤと申します」
ずいぶん仰々しい自己紹介をする
「生まれは公家でありますが、父をスペイン風邪で亡くし、生活に困窮するようになり、母の勧めでわたくしが貿易商に嫁ぐことになったのです」
ミヤはとうとうと語りはじめた
「旦那さまは生活の援助もしてくださるとのことで、食べるにも困っていたわたくしどもには大変ありがたい話でございました」
「じゃあ、何がそんなに嫌なんだ」
「いやよ、だって四十も年上なのよ」
そう言ってミヤは涙ぐむ
「ええ!40歳じゃなくて?」
いや40歳でもキモいけども
「旦那さまは五十五歳で、奥さまとお子さまがいらっしゃったのだけれど、わたくしを妻として迎えるにあたって離縁されるそうなの」
15歳と結婚するために離婚する55歳のおっさん
キモさのロイヤルストレートフラッシュだな
それは泣くわ
「手をにぎるのもいやなのに、結婚だなんて!」
ミヤはまた泣き出してしまった
⌘⌘⌘⌘
さすがの俺もミヤの身の上に同情した
「なあミヤ、泣きたくなるのはわかるんだけど、せっかくタイムスリップまでして逃げてきたんだ
今日一日付き合ってやるから、何かやりたいことあったら言えよ」
ミヤは涙でぐちゃぐちゃになった顔で俺を見た
「俺の名前は重光、どこでも好きなところに連れてってやるよ」
ミヤは涙を拭くと、遠慮がちに口を開いた
「アイスクリヰムが食べたい」
「よっしゃ任せろ!」
⌘⌘⌘⌘
「是れ、全部アイスクリヰムなの?本当に?すごいわ!」
サーティワンアイスクリームのショーウィンドウを見てミヤが目を輝かせる
「好きなの頼めよ、トリプルでもいいぞ
ちなみにおすすめはストロベリーチーズケーキだ」
「じゃあ、其れを頂くわ」
ストロベリーチーズケーキのレギュラーを2個注文する
「美味しい!」
ミヤが満面の笑みを浮かべる
こうしてるのを見るとそこらの子どもと変わらないように見える
「次はどこに行きたい?」
アイスを食べ終わったミヤに聞いてみるが、すぐには思いつかない様子だ
「じゃあ俺が行きたいところで悪いんだけど、動物を見に行かないか?」
「行きたい!」
⌘⌘⌘⌘
俺はモルモットに囲まれて幸せだった
モルモット、モルモットって可愛いよなあ
「鳴呼、なんて可愛らしいのかしら」
ミヤも嬉しそうにしている
「可愛いのはモルモットだけじゃないぞ、サルも可愛いし、可愛い野生のリスも見られるんだぞ」
「素敵!素晴らしいわ!」
⌘⌘⌘⌘
可愛いサルと可愛い野生のリスをはじめとして、可愛い動物達を堪能して雑木林を歩いていた時に事件は起こった
ミヤがつまずいてビシャーと派手に転んだのだ
「大丈夫か?怪我してないか?」
手を引いて起こしてやる
「御免なさい、平気よ」
ちょっと擦ったくらいで、怪我らしい怪我はなさそうなのは良かったが
「着物がドロドロだな」
このままにしておくわけにはいかないが
俺は少し考える
家に入れてもいいのか?こいつを
頭の中で3回唱える
俺はロリコンじゃない
俺はロリコンじゃない
俺はロリコンじゃない
「重光?どうなさったの」
ミヤがいぶかしげに俺を見る
「うち、この近くなんだ、着替えくらい貸してやるから来い」
⌘⌘⌘⌘
「まあ、入れよ」
「御免くださいませ」
部屋のドアを開けてミヤを入れる
「とりあえず、着替え用意するから
ああ、髪にもドロついてるな、シャワー使え」
着替えを用意してると、脱衣室から全裸のミヤが出てきた
「うわあ!なに?どうしたの?」
「どうやって使うのかわからないわ」
⌘⌘⌘⌘
「こっちがシャワーで、こっちにひねるとえーと、蛇口から出るやつ」
確かに使ったことがなかったらわからないのかもしれない
なるべくミヤの方を見ないように説明する
「よくわからないし、重光が洗ってくださらない?」
「ああ?」
なんだこいつ、誘ってんのか?
再び呪文を唱える
俺はロリコンじゃない
俺はロリコンじゃない
俺はロリコンじゃない
「頭だけ洗ってやる、体は自分でやれ」
⌘⌘⌘⌘
風呂から上がったミヤにスウェットを着せて、髪をドライヤーで乾かしてやる
8割がた乾いたところでミヤは俺に寄りかかって眠ってしまった
ああ、疲れてたんだな
俺はロリコンじゃない、が、
後ろからミヤを包むようにきゅっと抱きしめる
ミヤの体は想像以上に細く、小さかった
まだ、子どもじゃないか
こんな子どもが『援助』と引き換えに40も上の気持ち悪いおっさんに嫁ぐのか?
アイスクリームや動物園ではしゃいでいたような子どもが!
おかしいだろ!
なんで誰もミヤを助けないんだよ
あんなに、泣くほど嫌がっていたのに
おかしいだろ!
寝室にミヤを運んでやる
15歳だと言っていたが、無防備な寝顔はそれよりもずっと幼く見えた
⌘⌘⌘⌘
「わたくし、眠っていたのね」
西日がさしてきたころ、ミヤはふらふらと寝室から出てきた
「あ、起きたか」
「重光?眼鏡をかけるのね」
「ああ、勉強する時だけな」
「勉強、重光は学生なのね」
「ああ」
しばらくお互い黙っていた
下校時刻なのか、遠くで子ども達の笑い声が聞こえる
「なあミヤ」
「なあに?」
「ずっとここにいないか?」
「え?」
「大正時代に戻っても、気持ち悪い爺と結婚させられるだけなんだろ?」
それに、ミヤの時代の日本がこれからたどる運命は歴史の成績が悪い俺でも知っている
大震災、恐慌、戦争、日本だけじゃない、世界中が殺伐とした空気に包まれた時代だ
「俺さ、今は学生だけどもうすぐ働けるし、ミヤはここにいて好きなこととか、やりたいことを少しずつ見つけていったらいいんじゃないか?」
ミヤはしばらく黙ってうつむいていたが、ぽつりと口を開いた
「駄目よ」
ミヤはうつむいたまま続ける
「わたくしが結婚すれば、家族はごはんが食べられるようになるし、弟や妹たちも学校に行くことができるの」
そして、まっすぐ顔を上げて言った
「わたくしだけ逃げるわけにはいかないわ」
それだけ決意が固まってるなら、俺はもう何も言えない
「あしたは結婚式だし、日が暮れる前に、そろそろ帰らなくちゃ」
ミヤが窓の外を見る
「ミヤ、まだ時間あるか?」
「え?」
「まさかスウェットで行くわけにもいかないだろ?着物も汚れちゃったし」
「それは、そうだけど」
「結婚祝いに服買ってやるよ、今から表参道行くぞ」
⌘⌘⌘⌘
俺はミヤを表参道のディオールに連れていった
ミヤはすっぴんにスウェットだったが、髪だけは昔誰かが置いていったコテで巻いてやった
高い
高い、高い、高い、なんだこれ、高すぎる
「よし、ミヤ、好きなのを選べ」
心の声を聞かれないように、頑張って笑顔を作る
本当はバルセロナにガウディの建築を見に行くために貯めた金だったが、呪われた運命に立ち向かうミヤへのはなむけに使うんなら惜しくはない
「ええと、じゃあ是れを」
ミヤはシンプルなワンピースを選んだ
「重光、似合うかしら」
ミヤはちょっと照れたように笑う
可愛いなおい
「ああ、よく似合ってるよ、綺麗だ」
⌘⌘⌘⌘
「重光、今日は本当に有難う、とっても楽しかったわ」
俺とミヤは最初に会った池に来ていた
「重光?あっ」
俺は何も言わずにミヤを力いっぱい抱きしめた
頑張れよ!
辛くても負けるなよ!
負けずに、強く生き抜くんだ!
「重光、有難う、わたくし、負けないわ」
そう言い残してミヤは消えていた
⌘⌘⌘⌘
マンションに戻ると、部屋に明かりがついているのが見えた
誰かいる
うちの合鍵を持ってるやつはひとりしかいない
こんな日になんなんだ
玄関ドアを開けると、黒いパンプスが目に入る
「あ、生きてた」
「来るんなら連絡してくれよ、姉ちゃん」
⌘⌘⌘⌘
「何回も連絡入れたじゃない、あんた何で出ないのよ」
そういえば携帯の電源切ってたな
「ひいおばあちゃんが亡くなったの、すぐに実家帰るから準備して」
よく見ると、姉は喪服だった
⌘⌘⌘⌘
「ひいばあちゃん、大正生まれだっけ?」
運転席の姉に聞く
「いや、明治生まれだよ」
長生きしたねーという姉に続けて聞く
「名前、なんて言ったっけ?」
「宮」
「ミヤ?」
「そう、寛一お宮の宮」
明治生まれのミヤか
もしかしたら、俺が今日一日遊んでやったのは、ひいばあちゃんだったのかもしれない
ミヤ違いかもしれないが、メソメソ泣いてたミヤが、令和までしぶとく生き残ったと思うとなんとなく心が温まるのでそう考えることにする
どうせ確かめることなんてできないんだ
ただそうなると15歳のミヤと金の力で結婚したハイパーロリコンジジイが俺のご先祖ということになるが、なるべく考えないようにした
⌘⌘⌘⌘
パーキングエリアの自販機で缶コーヒーとココアを買って、ふと空を見る
クソ山奥だけあって星だけは綺麗だな
スマホで星空の写真を撮る
あとで、今朝泣かせちゃったあの子に送ろう
おしまい
最後まで読んでいただきありがとうございます。