1-1 南西へ!
「本当に馬車に泊まるの、エヴァンスくん」
寝台代わりのブランケットを荷室に広げながら、アンリエッタが確認してきた。
「ああそうする」
「宿屋に入ったのに、わざわざ馬車で寝るなんて言ったから宿の人、びっくりしてたわよ」
「いいんだよ。宿では飯を食うし風呂も借りるしな。眠るときだけ自分の馬車にするんだ」
俺達の馬車は宿屋の中庭に駐めてある。馬は厩に連れて行かれ、宿屋の下働きが世話していてくれる。だからここは静かなもんだわ。
「旅の気分が盛り上がりますね、エヴァンス様」
楽しげに、マリーリ王女も自分の分のブランケットを伸ばしている。まあこれまでの一生、王宮で蟄居も同然だからな。そら何しても楽しいだろうよ。
「旅立って二週間。今は街道を辿ってるから毎晩宿場街に入れているが、いずれ宿場も宿もない辺境になる。安全な土地で、前もって野宿の練習をしておきたいんだ」
問題の洗い出しやリスク管理ができるからな。
「さすがはエヴァンス様。わたくし、感服仕りました」
「そんなに他人行儀に褒めるなよ。マリーリ王女は、もういない。今のお前は一介の旅娘、マリリンだからな」
「理解しております」
まだ固っ苦しいわ。でもまあいいか、いずれ自然に素の人格が出てくるだろ。
王宮を出た俺達は、王都の大街道を南西へと進んだ。
旅の目的は第一に、姫様に世界の真実を見せること。世界を滅亡へと導く先触れを可能なら探る――これが、第二の目的。まあこっちは茫洋とした話なので、あまり期待してはいない。
とにかく、そういう目的だから、王都をうろうろしていても仕方ない。王都は世界の上澄みみたいなもんだからな。そこでは矛盾も問題もはっきりは見えない。それに王都だけに貴族も多く、姫様が顔バレする恐れがある。
南西へと向かったのにも、理由がある。東側は山脈があるので、旅がキツくなる。西側は平坦な草原や大農園、湿地帯が多く、進みやすい。それに南西の端には王国一のリゾートだってある。
なにも旅の第一歩で厳しい道程を辿る必要はないからな。道中、遊びながら進むわ。タラニス国王には、厳密な帰還期限は命じられていない。はっきりは口にしなかったが、「マリーリ王女が世界経験に満足し、エヴァンスと王宮で婚姻生活に入るのを決断したら」戻ってこい、ということのようだ。イドじいさんやグリフィス学園長、それに近衛兵パーシヴァルの解釈も同じだった。
だから気楽にやるわ。
「これでいいかしら……」
三人分のブランケットが並んだ様子を、マリーリ王女が首を傾げて見ている。
「殿方と同じ部屋で眠るなんて初めてだし、よくわからないわ」
「いいんじゃない姫様。ボク、ちょうどいいと思うよ」
マリーリ王女の頭上を、ピピンが飛び回る。
「ねえねえ、これでいいよねエヴァンス。ねえねえ」
「そうだな」
旅してわかったが(というか旅の前に予感はあったが)、妖精ピピンはどえらく口数が多い……というか余計なことを考えなしに口にする。俺、嫌でもそれに慣れてきたわ。
ここまでの宿屋はもちろん、三人別々の部屋が基本。宿の都合で取れない場合は同じ部屋を押さえたこともあるが、少なくとも続き部屋ではあったので、王女とアンリエッタでひとつの寝室、それに俺がもうひとつの寝室を使っていた。
アンリエッタと抱き合って眠れないのは寂しかったけど、それはそれで三日に一度は宿に連泊し、俺とアンリエッタで固有ダンジョンに入ったからさ。そっちで存分に解消したよ。王女には悪いけど留守番してもらってな。妖精ピピンがいるんで、退屈はしてないようだったよ。
それに宿場街をひとり散歩するのも、新鮮だってさ。昼飯にせよ菓子にせよ、なんせ自分で金使うのは生まれて初めてだからさ。ゲームみたいで楽しいらしい。護衛としてピピンを隠してるから、厳密にはふたりだけどな。
「もう少しくっつけたほうがいいかしら」
自分のブランケットを、俺のに寄せる。
「もちろん、アンリエッタお姉様のも」
そっちも俺に寄せる。
「ねえねえ姫様、もっとくっつけちゃいなよ。エヴァンスが側だと、きっと安心するよ。ねえねえ」
ピピンは姫の肩に舞い降りた。
「それもそうよね。……そうしましょ」
うんうん頷くと、作業する。とうとう俺達三人のブランケットはぴったりくっついた。
「これならエヴァンスくんと、手を繋いで眠れるね。……いえ、エヴァンスくんの腕を抱けるわ」
アンリエッタがヤバい願望を口にする。
「あらいいわね、お姉様。わたくしもそうしようかしら」
もう姫様、わくわくじゃん。
「ぐふっ。ねえねえエヴァンス、姫様に手を出しちゃダメだよ、ねえねえ」
「やかましわ。お前は少し黙れ」
飛び回るピピンを、指でぴんと弾いてやった。マジ無遠慮だわ。微妙にヤバい線、口にしやがって……。
……にしても昨日、聖地で聖婚に励んでおいてよかったわ。あれなかったら俺、今晩ふたりに襲いかかっちゃいそうだ。
かわいいからなあ……リアンもバステトも。それに……。
昨日はヒエロガモスの地に籠もり、ふたりやイグルー、他の仲間、それにもちろんアンリエッタを相手に、たっぷり楽しんだ。
「……」
「エヴァンス様、どうしました、黙りこくって」
「い、いや……なんでもない」
いかんいかん。ついつい妄想に浸ってたわ。
「エヴァンスはねえ、ぜえーったいエッチなことを考えてたんだよ。そうでしょエヴァンス、ねえねえ」
「やかましわ、ピピン。……と、とにかく寝床はこれでいいだろ」
頭を振って妄念を飛ばした。
「そろそろ晩飯の時間だ。宿の食堂に行くぞ」
「そうね。わたくしもお腹減ったかも」
「アンリエッタお姉様、今日はわたくしも少し、お酒を頂いてみようかしら」
「いいけれど、少しだけにしましょう、姫様。お酒に慣れるまではゆっくりがいいですから」
「はい」
「いいかふたりとも、馬車を出たら『マリリン』『アンリエッタ』『エヴァンス』だからな。俺達は家族を偽装してるんだから、それを忘れるな」
「わかっていますわ……エヴァンス。早く食事にして、三人で並んで眠りましょう」
マリーリ王女は頷いた。極上の笑みを浮かべて。




