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1-5 スライム「リアン」とお散歩

「おいしいでしょ、ここの水」

「ああ」


 森の外れにある泉のほとりに連れていかれ、リアンは俺に泉の水を飲ませてくれた。


「でもそれよりさ、マジで女の子モンスターしか棲んでいないのか、この世界」

「そうだよ」


 あっけらかんと認める。


「私も、男の子を見たの初めて。『男』という存在があるって噂なら、聞いたことあるけれど」

「この世界にか」

「ううん。どこか……別の世界。エヴァンスって、男の子でしょ。ちょっと……私達と体の形違うんだね」


 ほとりの草原にちょこんと女の子座りしたまま、俺の体を上から下まで眺め回す。


「胸の小さな子もいるけれど、そういうのとは少し違うよね」


 手を伸ばすと服の上から、俺の胸を撫で回す。いやリアン、本当にスライムかよ。普通に王宮の姫様くらいかわいいんだけど。いい匂いするし……。


「胸なのに、ごつごつしてる……」

「男だからな」

「へえー面白いね」


 くすくす笑う。


「それで、エヴァンスはこの世界になにしに来たの」

「なにしにって……そうだなあ……」


 どう話すべきか困った。ダンジョン探索でモンスターをやっつけ、レベル上げとアイテムを探すため……とは言えない。


「なんというか……散歩とか……」


 リアンの話を信じるなら、ここに敵対的なモンスターはいない。なら俺は殺される心配はない。学園の課題さえクリアできるなら、血なまぐさい殺伐とした日々を送る必要はない。万年春みたいな陽気の美しい田舎を、のんびり楽しめばいいんだ。


「明日も来るんだよね」

「ああ……そのつもりだけど」

「わあ、良かった」


 手をきゅっと握られた。


「ならまた明日、会えるよね」

「うん。……そうだ」

「楽しみだねー、へへーっ」


 なんだ喜んでくれるのか。なら……そうだな。うん。いいことを思いついた。


「リアン、この世界で俺のガイドになってくれないか」

「ガイドに」

「ああ。俺はこの世界を見て回りたい。モンスターこそ特殊だけどさ、ここにも宝物とか秘密とかあると思うんだよな」

「そうだねー……うーん……」


 顎に手を当て、リアンはしばらく空を見ていた。天高く飛ぶ小鳥のさえずりが聞こえてくる。


「あると思うよ。私はそういうの興味ないから、詳しくは知らないけれど」

「ならふたりで、この世界を冒険しようぜ」


 戦闘パーティーの仲間としては、スライムは頼りない。でもこの世界が平和でモンスターは全員仲いいってんなら、戦闘はないだろう。問題なしだ。俺の包丁でそもそもまともな戦闘できるわきゃないし。それよりまずはガイドが必要だ。


「うんいいよ、エヴァンス」


 こっくりと頷いてくれた。


「おとこのこのこと、私ももっとよく知りたいし」


 取りようによっては意味深な発言だが、もちろん特に深い意味はないだろう。多分、男と女が存在する理由自体、知らないだろうし。


「なら約束だよ。……はいっ」


 小指を出してきた。ダンジョンモンスターにも指切りってあるんだな。まあそれ言うならそもそも、スライムに手や指があることが謎だけどさ。


「約束だな」

「うん」


 ふたりの指が触れ合う。――つと、なにかのエネルギーが、リアンの小指から俺に流れてきた気がした。


 考えてみれば、女子とこんな風に触れ合うこと自体、俺、初めてだしな。単にどきどきしただけかもしれん。


「ところで……」


 嫌なことを思い出した。今日の課題をなんとかしないとならない。


「俺、向こうの世界で学校に通っててさ」

「がっこう……」


 リアンが首を傾げると、青い髪がさっと流れた。


「ああ。みんなで集まって勉強したりとか」

「それならこっちにも、似たものがあるよ」

「ならわかるだろ。宿題……というか課題があるんだよ。その……この世界で……その……なんだ……」


 アイテムを最低ひとつ、獲得してこい……ってことなんだけどな。ただそのためにモンスターを倒してドロップ品が……とか、少なくともこの世界では無理そうだ。というか、スライムからしてこれだろ。リアンだろうが他のモンスターだろうが、かわいい女の子の腹に短剣――というか包丁だが――を突き立てるなんて、やなこった。


「えーと、なにか拾ってこいというか」

「へえー。面白い課題だね。ごみを拾ってきれいにするってことでしょ」

「いやその、ごみよりは少し……価値のあるものだといいな」

「なら、これはどう」


 服のボタンを、上からふたつほど外す。形のいい胸が半ば丸見えになった。胸の隙間に、リアンが指を入れる。


「ここに入れたはずだけど……えーと……どこかな」


 指をもぞもぞ動かすと、胸が揺れた。これは……ごほうびなのかな。それともむしろ、「おあずけ」という拷問か……。


「あったあった。……はい、これ」


 俺の目の前に、木の枝状のなにかを突き出す。今、胸の隙間から取り出したものだ。


「なにこれ。鉛筆かな……」

「木のうろにね、雨上がりに蜜が溜まるんだよ。これを使ってね、ちゅっちゅって吸うの」


 はあ木製ストローか。こんなの戦利品として持ち帰って、あのクソ教師は許してくれるかな……。


 考えれば考えるほど、頭が痛くなってきた。


 だがもう知るか。とりあえず形だけクリアしとけばいいや。すぐに放校にはならんだろ。最悪でも何度かの警告はあるだろうし。とりあえず俺は、今日一日、生き延びる。凶悪モンスターばかりのダンジョンで瞬殺されるよりは、それでも百倍マシだ。


「でもこれもらったら、リアンが不便だよね」

「いいんだよ。お友達になってくれたお礼だもん。……蜜くらい、指につけて舐めてもいいし。きっといつか、これがエヴァンスの役に立つ日も来るよ」


 森のクマさん方式か。たしかにその手はあるな。


「ならしばらく預かっておくわ。ありがとう」


 受け取ると、改めて眺めた。直径一センチほど。驚くほどまっすぐな木製で、自然にできたとは考えにくい。ストロー状に穴が開いており、木部の肉厚は、わずか一ミリもない。それでいて強靭で、割れたり潰れたりはしそうになかった。胸に包まれていたためかほのかに温かく、リアンの香りがした。


「……これ、どこで見つけたんだ」

「どこだったかなあ……」


 また空を見て、なにか考えている様子。


「忘れちゃった、えへ。なんか……ずうっと昔の私が私にくれたの。そんな気がする」


 ぺろっと舌を出す。何言ってるかさっぱりだが、それよりスライムに舌とかきれいな歯があるとか、やっぱ驚きだわ。


「まだ戻らなくていいんでしょ。向こうの世界に」

「そうだな……」


 空を見ると、太陽がゆっくり傾きつつあるところ。どうやら外側の現実世界と、時間は連動しているようだ。


「あと一時間くらいかな。そうしたら今日は帰るよ」

「寂しいけど、仕方ないよね」


 ほっと息を吐いた。


「ならエヴァンスのお望みどおり、それまでお散歩しようよ」


 立ち上がると、リアンは俺に手を差し伸ばしてきた。手を取って握ってくれる。そのまま俺を導いて歩き始めた。


「かわいいお花が咲き乱れているところ、教えてあげるから」



●業務連絡

次話から、第二章「ネコ獣人バステト、友達になる」開始!

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