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3-5 アプスーの鋤

 バステトの気が済むまでくんくんさせてやってから、俺は現実世界に帰還した。


 ここのところ連日二十四時間一緒だった。それだけにひと晩別れるのは、リアンも少し寂しそうだった。けれど俺の仕事……というか暮らしで必要とわかっているので、健気にも何も言わずに送り出してくれたよ。なんだか俺までしんみりしちゃったわ。


 バステトはまたたび直後で満足しきってたし、まあ……また明日の朝イチに抱き着けばいいと割り切ってたから、元気そのものだったけどさ。


 いずれにしろ、興味津々の連中が、底辺Z教室で俺を待ち構えていた。


「おっ、久し振りにエヴァンスが戻ってきたぞ」


 クラスがざわつく。見回すと今日も、学園長を除く学園中枢部と王室の武人が後ろにずらっと並んでるな。


「一週間ぶりだが……なんだかエヴァンス、妙にたくましく見えるな」

「そりゃ、危険な異世界ダンジョンに七日間も籠もって戦ったんだ。当然だろ」

「あいつのダンジョン、モンスターいないんじゃなかったっけ。危険はないだろ」

「いや崖とか岩崩れとかあるだろ。戦わなくてもリスクはある」

「それより、あれ見ろよ」

「また今度はでっかいアイテムをゲットしてきたな」

「……なんだ、あれ」

「棒術か杖術じょうじゅつ、それか槍術そうじゅつに使う武器かな……」

「いや、サイクロプスかなんかの巨大モンスターが飯に使うフォークだろ。先が割れてるし」

「どうなんだろうな。農具にも見えるし」

「あれはダメだろ。珍しくハズレを拾ってきたんだ。枯れ草を牛に食わせるときに使う奴だろ、絶対」

「エヴァンスのビギナーズラックもここまでか……」

「そりゃ本来、N-のダンジョンだからな。牛飼いの道具でも拾えれば御の字だもんな」

「マジ、そうだ」


 肩に抱えた例の「謎棒」見て、教師から学園生まで混乱してるな。そもそも俺にしてから、これなにかさっぱりだから、こいつらの反応も当然というか……。ただこれは宝箱に入っていた。だからそれなりに貴重なものだと、俺は判断している。


 学園生の適当な判断を耳にしてか、王室の武人は、厳しい瞳。なにか小声で唸っている。


「おう、エヴァンス、戻ったか」


 教卓で待ち構えていたのは、教頭だ。Zの担任はというと、教卓の脇からすら外されて、後ろに並ぶ役員や関係者連中の一番端に立たされている。こんなん笑うわ。俺の成果を見て、教頭が担任から利権を奪いに来たって感じか。


「また今回はでかい獲物を持ち帰ったな」


 どう評価していいかわからなかったのだろう。「とりあえず……」といった作り笑顔を浮かべる。


「ほら、早く持って来い」


 がっついて手招きしてやがる。この態度。俺ダンジョンのリアンやバステトといった純真無垢な存在とは大違いだ。俺は早くももう、あっちに戻りたい気分だわ。


 心の中で溜息をつくと、教卓に例のアイテムを置いた。


「木製の柄に、金属の刃か……。ピッチフォークに似てるが、少し違うな。それにしてもなんだこの金属……」


 フォーク部分を撫で回している。


「鉄や青銅じゃないしもちろん、ミスリルでもない……。奇妙な金属だ」


 取り上げると、軽く振り回してみている。


「重量バランスはいいな。充分武器として使えそうだ」


 いやそんなぶんぶんやってると、天井に穴開けるぞ。


「先生、早く鑑定してください」

「そうだそうだ。俺達はエヴァンスの宝の正体が知りたい」

「いくらで売れるのかも」

「今度こそハズレだろ」


 冷笑してるのはビーフな。


「ビーフ、お前うるさいぞ。黙れ」

「全くだ。孤児のエヴァンスに嫉妬するとか情けない」

「……ちっ」


 これまでは味方だったはずのクラスメイト連中に怒鳴られて、ビーフは憎々しげに俺を睨みつけてきた。


 いや知らんがな。お前が勝手に俺を逆恨みしてるだけで。こっちは喧嘩を吹っ掛ける気すらないし。嫌な野郎だなと思うだけで。


「静まれ、諸君」


 教頭が一喝。それから鑑定魔法の詠唱に入る。


「魂の精霊よ、我が請願に応え、存在の深淵からアカシックレコードを伝えたまえ」




――アプスーのすき。所有者限定装備――




 虚空に声が響く。


「おっ。今回は銘ありアイテムだ」

「装備ってことは、やはり武器か」

「いや、鋤って言ってるだろ。やっぱ農具じゃん。こう……」


 そいつはなにか掘り返す仕草をした。


「土だとか草だとかを耕したりかき回したりだろ」

「でも有銘だからな。ただの農具に銘なんかあるはずない」

「ネームドアイテムだもんな。……誰か、アプスーって知ってるか」

「俺は知らん」

「聞いたことないよ、僕も」

「にしてもまた、エヴァンス専用かよ。面白いアイテムばかり持ってくるけど、俺の実家の金で買う意味すらないの、つまらんな」

「要するに、エヴァンスはあれで農夫になるってことか」

「それはそれで笑える」

「孤児だから、自作農にすらなれない。農奴だな」

「いやお前ら、そろそろエヴァンスの凄さ、認めろよ」

「そうだそうだ」


 なんだなー。俺を擁護する声も出てきたのは、進歩と言っていいんだろう。この農具はどうだかわからんが、これまでウルトラレアをふたつも持ち帰ったしな。


 なんやかや、わいのわいのやっていた教室は、次の神託に静まり返った。




――稀少度:レジェンダリーレア。推定買取価格ゼロドラクマ――

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