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1-3 姉妹の事情

 翌日の放課後、私は森秋さんに声を掛けて校舎外の中庭に集まった。

 私立校ということもあって、うちの学校は比較的設備が充実している。

 至るところに様々な種類の花が咲いた花壇が並べられたこの中庭は、生徒たちの憩いの場として人気、らしい。


 休み時間なら生徒で賑わうこの場所も、放課後となればひと気はあまりない。

 大抵の生徒は部活に向かったり、足早に下校してしまったりするからだ。

 中庭の隅にあるベンチに座れば、あまり人前でしにくい会話を聞かれてしまう心配はそうないと思われる。


「ごめんなさい、呼びつけて。部活とかあったでしょ。タイミングがよく、わからなくて」

「ううん、大丈夫だよ。私今、部活お休みしてるから」


 ベンチに二人で腰掛けたところで私が謝ると、森秋さんはにこやかに首を横に振った。

 白い手袋をはめた手をあげ、「ほら、これ」と続ける。


「部活中には手袋してるの難しいし。でもそうすると、何の拍子で能力使っちゃうかわからないから」

「そっか」


 能力が出たのは三ヶ月くらい前と言っていたから、昨年度末からずっと休んでいるということ。

 何部か知らないけれど、好きでやっているのならもどかしいだろう。


「弓道部なんだ。全然上手じゃないんだけどね、楽しいよ?」

「そ、そう」


 聞いてもいないのにそう言って微笑む森秋さん。

 人当たりのいい穏やかな女子。

 私とは毛色が違いすぎて、どうコミュニケーションをとっていいかわからない。

 咄嗟にこぼした素朴な相槌で、少し気まずい沈黙が流れた。


「えっと。声を掛けてくれたのは、昨日した相談の件、だよね? 私のことを助けてくれるってことでいいのかな?」


 少しして森秋さんがそう口を開いた。

 切り出し方がわからなかった私はそれにあやかって頷く。


「うん、力になる」

「本当!? よかったぁ〜」


 私の返事に森秋はホッと柔らかな笑みを浮かべた。

 大人しそうな人だけれど、感情表現がとってもしっかりしている。


「ただ、まだ今は、すぐにどうこうはできない。喜んでるとこ、悪いけど」

「……? どういうこと?」

「まずは、あなたの話をもっとよく聞く必要がある、から。主に、あなたが今抱えている恋のこと。その、相手のこと」

「そ、そうなんだ」


 私が言うと、森秋さんは少しそわそわした風に居住まいを正した。

 さすがに抱えている問題があるし、楽しく恋バナというわけにはいかないようだ。


「話すのは、うん、もちろん構わないんだけど。でもどうしてそれが必要なの?」

「あなたの能力に対処するためには、その原因であるあなたの恋を知る必要があるから。あなたがどんな人とどんな恋をしているか。それは、あなたの抱える能力に深く関わってる」

「な、なるほどぉ……」


 香葡(かほ)先輩からの受け売りをそのまま伝えると、森秋さんは眉をムムと寄せて真剣そうに頷いた。


「そうやってあなたの状況を把握してから、対処するべきかどうかを検討する。力になるとは言ったけど、状況によってはそうしないことがベストだと判断する場合もある」

「わ、わかった。でもさ、頼んでおいて何だけど。私の能力に対処するっていうのは、具体的にどういうこと?」

「あなたの能力を消すってこと」

「っ…………!」


 私が的確に返答すると、森秋さんはハッと息を飲んだ。

 膝の上でスカートをギュッと握って私を見つめる。


「できる、んだね?」

「うん。ただその辺りのことはまた、その時に」

「わかった……」


 今の彼女にとってそれは、喉から手が出るほど望むことなんだろう。

 とても真剣で切実で、重大な悩み。

 でもそれと同じくらいに、原因となっている恋もまた、大切で悩ましいもの。

 そこを紐解いていかないと、私は、私たちは何もできない。


「それじゃあ、まずはあなたの好きな人……お姉さんについて教えてくれる?」

「は、はい!」


 私が促すと森秋さんは背筋を伸ばした。


「私のお姉ちゃんは、この学校の三年生で、私と同じ弓道部の主将なの。去年はインターハイで入賞したりして、すっごいんだよ」


 せっかく引き締まって話始めたのに、森秋さんの表情はすぐに緩くなった。

 これまで何度と見てきた恋する乙女の顔だ。


「私とは全然似てない、とってもかっこいい女の人でね、真面目で凛としてて、みんなを引っ張ってくカリスマがあって。でもね、とっても優しいの」


 漠然とした情報に人物像が定まらない。

 弓道部の主将でキリッとした厳しめの人。ということだとありがちすぎるイメージだろうか。

 与えられた情報では、どうしてもお堅めな雰囲気ばかりを感じてしまう。


「ふふっ」


 そうやってイメージを募らせていると、森秋さんが不意に笑いをこぼした。


「なに?」

「ううん、ごめんね。葉月さん、なんか変な顔してたから、つい」


 ごめんと言いつつコロコロと笑い続ける森秋さん。

 変なところでツボに入る人だ。


「何でそんなに、眉をぎゅーってしてるの?」

「え?」


 言われて確かめてみれば、確かに眉間にかなり力が入っていた。

 多分、かなり変な顔になっていたに違いない。


「これは、その……弓道部って、しかも主将ともなれば、こんな風に難しい顔して弓を構えてるのかなとか、考えてて」

「あははっ。そんなこわーい顔しないよぉ。葉月さん、結構面白いね」


 私が素直に答えると、森秋さんは更に楽しそうにカラカラと笑った。

 別に変なこと言ったつもりはないのに、何だか大ウケしている。

 こっちは真剣に話を聞いてあげてるのに。

 私がむすっと睨むと、森秋さんはごめんごめんと目元を拭った。


「弓道はね、心を落ち着けてやる競技だから、そんな難しい顔をしてたらダメなんだよ」

「そうなんだ。私、全然知らないから」

「まぁお堅いイメージは確かに持たれがちだね。でもね、心と一緒に静まり返った姿がね、とってもかっこいいんだよ?」


 そう言う森秋さんはまたうっとりとして、お姉さんのことを考えているだろうことは一目瞭然だった。


「矢を構えて放たれるまでの静寂。的を射た後の余韻。残心の佇まい。私、お姉ちゃんほど綺麗でかっこいい弓はそうないと思ってるんだぁ」

「そ、そう」


 弓道のことなんてさっぱりの私は、そこまで語られてもそのイメージの半分も理解できない。

 ただ森秋さんがお姉さんに対し、とても強い憧れを持っていることは理解ができた。


「部活中はね、確かに厳しいの。後輩としては、怖い先輩だなぁって思うこともあるよ。でもね、お姉ちゃんとしてはとっても優しいんだ。私のこと、すっごく大事にしてくれて」

「じゃあ、姉妹関係は良好ってこと?」

「そう、だね。私が言うのもなんだけど、お姉ちゃんはその、多分シスコンってやつなんだ」


 そこで森秋さんは少し言いにくそうに表情を曇らせた。

 しかしそれは、実の姉がシスコンであることを恥じている、というようには見てとれない。


「わかってないから言うけど。姉妹関係は良好で、しかもお姉さんが森秋さんに対してシスコンだっていうのなら。あなたの恋は、その……簡単に成就するとは言わなくても、かなり悪くない線にいってるんじゃない?」

「うーん。そうは上手くいかないんだよね……」


 私の短絡的な疑問に、森秋さんはあははと苦笑いした。

 そして不安げに自身の二つのおさげをぎゅっと握る。


「確かに私たちは仲の良い姉妹で、私はお姉ちゃんが大好きだし、お姉ちゃんも私にべったりで。けどそれは、ちょっと前までの話というか……」

「…………?」


 言いにくそうにもじもじとする森秋さん。

 焦ったいその姿に思わず突っ込みたくなったけれど、私はぐっと堪えて続きを待った。

 こういう時下手に突っついても状況は進まない。最近ちょっと学んできたことだ。


 しばらく言葉を悩んでいた森秋さん。

 けれどじっと堪えている私を見て、ようやく口を開いた。


「今はね、私……お姉ちゃんに避けられてるんだ」


 そんなことを、無理した笑顔で言う。

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