とり憑くモノ
奥多摩湖畔の公園の芝生に弥生を座らせて、小さな紙風船を手に持たせると背後で私は呼吸を整えた。自殺未遂の度に応急処置的に憑いてるモノを追い出したけど、それじゃあ相手の正体が探れない。
「で、一体弥生の身体に何体くらいの霊が憑りついてるって?」
私の頼みを克美は無下にしたりしないで弥生に寄り添ってくれてる。
「木の葉を隠すなら落ち葉の中、木を隠すなら森の中、とかいうじゃない?」
「言うね」
「黒幕はそこら辺の霊を集めて巧みにフェイクにしてたんだ。頭いいよこの黒幕は。霊が何体かなんて封じてから調べりゃいいんだけど、十体とかそこらじゃ効かないわこりゃ」
「全部出すっつったよね」
「そう!あったまくる!私の友達に何してくれとんねんってね。手下ども全部封じて怒らせてやんよ。悔しかったらリベンジに来いっての」
黒幕は結構怖い奴だって気がするけど、私を怒らせたら一筋縄でいかないって教えてやるわ。
思えばこれが私の傲慢だった。
「よろしい王様。私にも異存はございませんぞ。いつでも始めなされ」
「何お前ら、時代劇でも始めんの?久保は切腹でもさせられんのかよ」
中学からの知合いの男子の藪中に尋ねられる。さては代表させられたな。
乗り乗りで克美が答えてくれる。
「悪魔祓いである!共に祓われたくなくば離れておれ」
「お、…お、おう、では離れて拝見させて頂く」
「苦しゅうない。が、邪魔立て致すなよ」
こういう時に真面目に答えちゃダメだ。あくまで何かのごっこのように見せ掛けとかないと、それなら奇矯な振る舞いも許容される。ほらほら、面白そうな目で見てても頭おかしいんじゃないの?なんて目はない。でもさっさと終わらせないとね。
「さて、ではお洒落なシャム猫さんお願いします」
折り紙のシャム猫を弥生の背中に当てる。
「一二三四五六七八九十
布瑠部 由良由良止 布瑠部」
布瑠の言を小さく唱えた。
効果は絶大。私の法力と詞が合わさったらそんじょそこらの怨霊なんて台風の前の将棋の駒も同じ、とは師匠の言葉だ。
息がいい私達は初めてとは思えない手際の良さだった。やっぱ友達だよな私達。高校地元にして良かったぁ。
指示してた通りに弥生は唱えると同時に紙風船に息を吹き込んだから、紙風船は悪霊で一杯になった。すかさず古いブリキの缶に紙風船を閉じ込めるのは克美の役目だ。こういうこともあろうかと用意してたんだ。紅茶の空き缶だからいい香りも漂っちゃうんだな。
「これでいい?」
「上出来!」
缶の底と蓋の裏には守符が貼ってあるから、紙風船を脱出出来ても缶からは逃げられやしない。
「すっごい、王様、一気に体の具合が良くなったよ」
弥生の顔に血の気が指してきてる。
「いつもありがとう。なんていい友達なんだ王様は!一生ついてくよ」
何故みんな私に人生を任せようとする。楽すんなっつーの。
「何の何の、安心するのは早いよ」
ロケット級にね。
「なんせ黒幕っつーか親玉を怒らした(と思う)からさ。これまでとは比にならん位の報復が来ると思うよ」
「ひいぃぃぃっ。なんちゅう奴だ。何してくれてんだてめぇ。てめぇなんか友達じゃねぇ。何て怖ろしいことを~~」
5G高速の掌返し。
「言うてもこのままだったら自殺に見せかけて殺されて、死んでも解放されずに魂を使役されることになるんだよ」
「なんでだよ~、なんで私がそんな目に遭わなきゃなんないんだよ~。地味にひっそりと学園のアイドルだのクィーンだの目指したりせず生きて来たってのに~」
「君が学園アイドルやクィーンを目指せないのはそもそも資質の問題だろ?」
怖い顔で弥生は克美に迫った。
「あんだとてめぇ、事実だったら何言ってもいいなんてシュガーな幻想なんだかんな。口にもTPOがあんだぞ。友情にヒビ入れたいってか?」
ふむ、弥生が完全復活したようで安心した。
「じゃれんのはそこまでにしてさ、明るい未来の為に早急に対策立てないとだよ。小雪が居ないの辛いな。ボディガードしてもらえない」
「そうだ。日本初の理系女子JKアイドルとして売り出す明るい夢だってあるんだもんね私達」
またもやさっきの今だよ。こうやって沈んだ場を明るくしようとするんだよな弥生は。
「いや、私アイドルグループのセンターとかリーダーとかトップとか、才能あっても興味ないから」
「なんでだよ~。いえ冗談ですけどもさ、王様居たら結構いい線いけると思うんだ。儲かるよ~」
「だから、清楚なお嬢様キャラとしてならいいよ」
「君それ茨の道だよ。言うは易しだけど王様のキャラには全くない要素なんだから、十分で息が詰まって終了は確実じゃん」
克美、何故そんな風に即答出来るかな。
「いやいやいや。要素はあるでしょ。普段はしなきゃなんないことがたくさんあって隠れてるけど、密かに私の中に隠れてるはずなんよ」
「そのまま密かに隠しといてよ。弥生がリーダーなんてグループの行く末に不安しかないんだから。リケジョじゃなくて霊感アイドルに鞍替えさせられるのは秒の話だよ」
「お前らアイドルやるつもりかよ。まだ悪魔祓えてねぇじゃん。三人とも憑りつかれてんぞ」
「やかましい藪中」
「黙れ藪中」
「呪うぞ藪中」
うん、やっぱ私達息の合う親友同士だなぁ。
「藪中を苛めるなメンタル最強女子達。気が立つのは腹が空いてる証拠だ。お弁当食べんさい」
担任の弓削田先生だ。お腹が目立ってきてる。
「久保は大丈夫みたいだな。複数の先生から君達がおかしいって聞いたんだけど。おかしいけどいつも通りだし元気よね」
担任的にはどうかと思われる言動だけどその通りだ。
「早坂は?」
「ここに居ます。もうこのグループ嫌です。私歩くのしんどいのにみんな早歩きで嫌がらせするんです」
「ははは、先生はお弁当の時間が終わるまでに君が奥多摩湖に辿り着いてくれるか心配してたよ。お弁当食べれない他三人が狂暴化しやしないかって」
「ええ大問題です!お祖母ちゃんがお重のお弁当作ってくれたんですから」
「そうかそうか、仲良く食べなさい。取り合いしないようにね」
「は~い」
そんな子供でもないけど私達は仲良く揃って返事した。
お祖母ちゃんのお弁当は彩りといい美味しさといい絶品で、これが食べらんなきゃキングギドラになって秩父を荒らしたかもしんない。
「えっ、お祖母ちゃんって凄いじゃん王様」
「美味しそう」
「ほほほ、買う以外で他人が作ってくれたお弁当って初めてでテンション上げ上げですよ、諸君」
「だよね。私は今日も菓子パン」
「弥生く~ん。幸せのお裾分けしたげる。食べて食べて。お祖母ちゃんの玉子焼き美味しいなんてもんじゃないんだよ。克美もほらほら」
気分のいい私は早坂にもお裾分けしようとしたけど、
「それ全部食べるの?量多過ぎない?女子の食べる量じゃないよ」
止めた。チビの大食いで悪かったな。それならそれで弥生や克美と楽しく分けたり交換したりして食べ切りましたさ。
「でさ、私の明るく華やかな未来を取り戻すにはどうしたらいいのさぁ」
お腹が膨れたら早速弥生が言った。
「気力十分?」
「うん、ほれほれこの通り」
と服の上からじゃ判らない筋肉を示したんで、私は緑の折り紙でワニを四体折った。
「なんとなくね、水を感じるんだよ」
「水…?」
「これ持ってて、家に帰ったら家の四隅に置いて」
顔を描いてから渡す。
「これで大丈夫なの?」
「まさか。今夜泊まりに行くね。これまでの経緯も聞きたいからさ、自分に祟ってる相手、なんとなくでも分かってんでしょ?」
すると神妙な表情で視線を下に落とした。
「……うん」
「じゃあ私も行く!」
さっと克美が手を挙げる。
「あんたも?」
「一旦関わっちゃったんだから、ここで頑張ってねで終わりに出来なくない?出来ないよね」
「さては知ってるな?お母さんが出張で今日からいないって」
ゴールデンウィークだけどお母さんってイベント企画会社に勤めてるから、日曜祝日関係ないんだよね。
「イエ~ス。朝、駅前で大きな荷物抱えてるのにお会いしましてね」
「じゃ、桜子も呼んじゃう?」
「呼ばないと絶対拗ねるでしょ」
人が増えるのはあんまり有難くないけど、友達関係を悪くしたくない。ってこれが間違いの元だった。
友達に怨霊が憑りついて生きるか死ぬかのシリアスな場面なのに、JK四人揃って大笑いしまくりだった。桜子が卓上炉端焼き器なんて持って来た所為だ。
誘われて桜子はその場でお兄さんにLINE。弥生んちで再集結したら何を頼んでたか分かった。
「これ優れものでしょ?パパにおねだりして良かったって」
冷凍焼き鳥や海鮮なんかも持参してくれたから、炭酸や烏龍茶のペットボトル開けて大盛り上がりになっちゃったんだよね。
「ネギま美味しい。自宅で焼いたらやっぱ美味しいんだね」
「でしょ~」
自慢げに桜子が弥生にどや顔する。
ネギまは冷凍じゃなくてお兄さんが野菜も必要だろうって買ってくれたものだ。
加藤家は桜子に甘い。良いおうちな上に桜子は一人娘でかなり可愛いっていうのもあって、特にお父さんが桜子に甘々なんだ。
真っ白い肌に天然のピンクの唇、いつもツインテールにしてお嬢様だから立ち居振舞いも品があって可愛らしいんだよね。お願いされると誰もが甘やかしたくなる可愛い系美少女。目も大きけりゃ黒目勝ちのまるでアニメに出て来る美少女その者って言ってもいい。本人も自覚してて上手に使ってる、あざと可愛い?であってるかな?それが憎らしい位可愛く似合ってる女でもある訳さ。
リモートワークが一般的になってきて、中学から秩父に越して来たから桜子とは中学からの友達。
「塩かタレか選べるのも佳けれ。皮って塩もタレも美味しいっ」
とは克美。んで女子達だからいい感じに焼き色が付いたってだけで大笑いしいの、タレを溢したってだけで大笑いしいの、一体何の為に集まったんだか分かんない状態だったよ。超楽しかったけどさ。まあ今朝とは比べ物になんない弥生の笑顔見れたし良しだ。
「でさ、今夜のお集まりは何なの?むかし道のとこでの奇行は早坂さん?が言いふらしてたから、他のクラスの子にも広まってるからね。私だって追い抜かしてく王様達に声掛けられなかったんだし。悪魔祓いしてたって聞いた。「あいつら頭いいんだろうけど頭おかしいよ」ってそこら中に聞こえる声で訴えてたから、継母の失敗作のおにぎり投げてやろうかって、止められたけど」
ありがとう桜子と同じグループの誰かさん。どうやら仲間外れにされたって、桜子の近くにいたクラスメートに訴えてたらしい。
「あの子自体はあんまり相手にされてないね。様子見てたらみんな結構割り引いて聞いてるとこあって、人のこと良く言わないから本気にしちゃダメって彼女知ってる子に言われた」
「早坂さんって足ヶ瀬中だったっけ?」
「知らない。そもそも興味がない」
そこまで言わなくても克美ぃ。
「それより桜子がもっともっとずっと気になったことがあるんですけどぉ」
「はい?」
「三人でリケジョアイドルとして売り出すってどういうこと?文系の桜子はハブってことなの?アイドルなら桜子もいた方がずっと売り出し易くない?桜子が理系じゃないのがいけないの?でも桜子に理系は無理なんだもん」
瞳の色が危険だ。
「そんなもの口からの出まかせでんがな桜子さん」
宥めるように弥生が言う。
「そもそもね、克美が裏切って理系クラスに行くからじゃない」
「私か?」
超意外ってマジ驚きの表情だ。
「youですとも。読書の好みが一緒だし、絶対克美は文系だと思ったから何も訊かなかったのに理系に行っちゃうんだもん。裏切り者だよ克美はぁ。クラス分け見て裏切られたぁって。おんなじクラスになると思ってた!」
「理系でも本読みは変わんないよ」
「アイドルユニット作るなら絶対ハブったりしないって、機嫌直して桜子」
と弥生。
「そうだ。そもそもアイドルユニットに私が参加出来る訳がないだろ?私が組めるユニットは陰キャ系アイドル位じゃないか」
「そんなことないですぅ。克美はお洒落の仕方が下手なだけなんだから、桜子や王様に並べなくたって、そこらのアイドル程度にはなるんだから」
「あ~、そこら辺はまた次の機会にしてもらっていい?今夜は弥生の為の集まりだから」
「主役は弥生ちゃんなんだね」
「嫌な主役だけど」
弥生の表情が曇る。
「悪魔祓いに失敗したの?」
「今は大丈夫だけど大本の黒幕を退治してないからすぐに憑かれるって話。これまでとは違って質の悪いモノ本の怨霊に見込まれたみたい。それについては弥生自身に覚えがあるんじゃないかって、ゆっくり話を聞こうっていうお泊り会」
「怪談会ね。ライブで面白そう」
「面白がるなぁ。王様が雑魚を祓ってくれたから頭がはっきりしたけど、ホント死ななきゃってマジで必死だったんだから。何度も命じられて早く早くって、なんで王様達は邪魔するんだ、って頭の片隅で苛立ってたんだよ。我ながらどういう状態だっつの」
「で?そいつの正体は?」
緩衝材置かないって言うか、克美がまたズバリと訊くんだ。
「うん、…話は入学式の日からになるんだけど」
「どうぞ、じっくり聞く為のお泊り会なんだから、自分のペースで喋って」
言うと弥生から肩の力が抜けた。どう切り出そうかしばらく考えて語り出した。
入学式の日、おばさんは仕事を休んでくれたんだけど、前日におばさんの従姉妹って人から連絡があって会うことになったんだって。
「なんだろ?会うのっておじさんのお葬式以来じゃないかな?」
「従姉妹なんでしょ?親しくなかったの?」
おばさんの何気なく出た言葉に弥生が訊いた。
「そりゃ娘の頃は歳も近くて、家も近かったからそれなりに付き合いがあったし兄弟、従兄弟みんなとよく遊んだけど、絵美だけってあんまり記憶がないんだよねぇ」
それに社会人になると会う機会は減る。さらに従姉妹の絵美さんは結婚して神奈川の住民になったから親類縁者と離れてしまったんだ。離婚してシングルマザーになっても埼玉には帰らずに、そのまま神奈川に住み続けた。
「おじさんやおばさんも昔の人だから、娘が離婚なんて恥ずかしいって世代なのよ。帰りたくても帰れなかったかも」
兄弟はそうでもなかったはずだけど、とおばさんは続けたらしい。
絵美さんは人付合いのいい方じゃなくて、兄弟でさえ神奈川に行きたいから泊めてくれないか打診しても断られてたそうだ。
それじゃあ何故おばさんに急に会いたいって連絡があったかっていうと、近い親戚で離婚してるのがおばさんだけだったから、ってのがおばさんの見解。
弥生自身が思い出してみても、おばさんが忙しくて親戚付合いは無沙汰続きになってるけど、会わなくてもSNSで連絡取合ってるし、おばさんに近い親戚の誰かが離婚したっていうのは聞いてなかった。
「向こうも女の子がいてね、明日連れて来るって」
そうして紹介された菜々子っていう一つ年下の少女を、弥生は会った瞬間から正視出来なくて辛かった。前髪無しのストレートなフレンチボブが良く似合っていて、よく笑う綺麗な子だったんだけど、雰囲気になんだか黒いモノが感じられて、これは悪いのに憑かれてるって一発で分かったんだって。
対応にそつがなくて打てば響くって表現そのままに、初対面のおばさんにも愛想よくしてたらしい。
場所はさいたま新都心駅近くのコクーンシティのフードコート。各々好きな物食べられるし、何よりゆっくり出来る。そのつもりなのか絵美さん親子はソファー席の一番奥に陣取ってた。
それにもう一つ、食事を済ませたら娘達に買い物しておいでって追っ払える。弥生は生きた心地がしなくて、一緒にウィンドウショッピングしてる間も背筋が凍りっぱなしだった。
菜々子ちゃんは遠慮なく弥生を連れ回した。大人っぽいファッションが好きなのは入ったり立ち止まって覗いてる店で分かった。そうしながら時折弥生を探ってて、覗き込む顔が笑顔の仮面を被ってるみたいだったって。
「弥生ちゃんって霊感のあるタイプ?」
って訊かれて心臓が飛び跳ねた。
「多少感じるかな、って程度ね。菜々子ちゃん霊感とかに興味あるの?」
母達からは中々話が終わったってLINEが来なくて、とうとう弥生は書店に逃げ込んだ。
「私本を見だすと長いから、ここからは別々に行動しよっか。菜々子ちゃんもまだ見たい店あるでしょ?」
「…上手く逃げたね」
背骨の芯まで凍結しそうな口調と雰囲気だった。二人の周辺だけが闇に包まれたような感覚。
「こ…好みが、違うから」
「いいよ」
意外にあっさり承諾されて驚き、安堵もした。
「私も服とかバッグ見たいし、じゃあママんとこでまたね」
言ってることは普通だけど、三つの三日月形の開口部を逆三角に配置した仮面の、開口部からは悪意のある闇が覗いてた。さいたま新都心の明るいショッピングセンターなのに厭に暗く感じられて、冷たいモノが全身を包んでくる。まるで自分達だけ異世界にいるみたいな感覚に襲われたんだ。
「「余計な事言うんじゃないよ」」
確かに菜々子ちゃんの声なのに別の声が重なって響いてくるのに心底恐怖した。
しばらくトイレの個室で放心状態になっちゃって、折角の大型書店だったけど本を見るどころじゃなくなった。トイレの脇のソファーでおばさんからLINEが届くまで待ってたんだけど、時々「見られてる」って感じがあった。何処から見てるのか分かんないし、見回しても菜々子ちゃんの姿はないんだけど、確実に監視されてた。
その感覚はそれからずっと付き纏って、姿の見えない何モノかが家に何体もいて、弥生をずっと監視してたんだ。
いつもみたいに私に訴えたかったけど、監視されてるからっていうより、その都度恐怖が弥生を襲って口にしたくて出来なくて、その内訴えるなんて考えもなくなっちゃったんだ。
「うちのお母さんもお喋りじゃん?でも家に帰るまで必要な事しか言わなかったんだよ」
帰宅するとソファーに身を投げ出したおばさんは、やっと一息ついてそれから吐き出さずにいられないって様子で、絵美さんに相談された内容を弥生に語ってくれた。
それは恐ろしい内容だった。
絵美さんは娘の姿が見えなくなると待ってたようにおばさんに訴えた。
「あの子…この数ヶ月で全く変わってしまったの」
「私は初めて会ったから解からないな」
「解かってる、それは」
昨年、中学二年生のクラス替えで、保護者方でも噂になってた苛めグループと菜々子ちゃんが同じクラスになったのが始まり。
その頃気の弱い菜々子ちゃんは綺麗だけど大人しくて口下手で、なるべく目立たないようにしてた。苛めっ子だってそのグループだけじゃなくて、その中学には保護者の間でも噂される苛めグループがいくつかあったんだ。
よくある話でこんなに苛めが認識されて学校関係者で語られるようになっても、ガイドラインは作っても実際に関わるのを学校や教師は嫌ったから、訴えがあっても一向に改善されなかったんだ。
案の定、菜々子ちゃんは苛めっ子のグループに目をつけられた。一年生でも軽い苛めに遭ってた菜々子ちゃんは、教師や母の絵美さんにも訴えても無駄だって解かってて、一切何も話さなかったらしい。
「社会に出たって辛いことはいくらでも起きるんだから、今の内に慣れてた方がいいの。菜々子は大人し過ぎるからもうちょっと強くなってもらわないと先々苦労するのが目に見えてるじゃない。母子家庭なんてどうしても好い様に思われないんだから」
「だからって親が子供の話を聞いてやらないでどうするの?」
「どうしろって言うの?養育費は貰えてるけど、それだけじゃ暮らせない。働いてるんだからその度に仕事を休んでられないでしょ。逆に麻由子はどうなの?同じシングルマザーでしょ?弥生ちゃんの話そんなに聞いてあげられてる?」
そう返されたらおばさんも言葉がなかったんだ。弥生は小学生からの友達(私達ね)もいて、割としっかりもしてるから早くから一人で留守番をさせてた。その代わり時間があれば話を振って訊くようにはして、苛めや悩みはないかそれとなく探ってた。けど、そんなものはおばさんの言い訳でしかないのも承知はしてたんだ。
なんといったって企画によっては一週間家に帰れないこともある。コロナが終息(?)するに従って、リモートでなくリアルに対面するイベントも鰻登りに増えて忙しかったんだ。会社としてもコロナ下では自転車操業を余儀なくされた時期もあったから、この機を逃せはしない。
必然弥生が母の不在をいい事に学校を休んだり、良くない性質の人達とつるんでてもおかしくないんだ。不在がちの母にはいい子の振りをしてればいい。
「で、どうなの?」
振られて話に聞き入ってた弥生は狼狽えた。
「ええ?」
「あんたしっかりしてる割には何処か抜けてて、悪意で人を騙せるような子じゃないっていうのは分かってるつもりだけど…、私が都合よくそう思い込んでるだけかもしれないでしょ?」
「そういえば私もそろそろ反抗期でもおかしくないんだよね」
「あんたね…」
「うちは…王様が居るから大丈夫じゃないかな?ありがたいことに王様とずっと一緒のクラスだし。同じ高校になる為に頑張ったってのもあるけどさ。苛めなんて王様許さないんだよ。だからかしんないけど、学校で苛めがあったって記憶は小中学校共にないなぁ」
何故そこで私の存在が連呼されてしまうのか?苛めは許せないけど撲滅運動なんてした覚えないよ。
「ああ、片桐さんね」
「お父さんの姓に変わったから長谷川さん。んで変わらず王様」
だから何で?
「なら大丈夫なのよね?王様か…懐かしいわ。うちに姉弟で来てご飯作って一緒に食べてたわよね。料理が美味くて」
「そうそう、材料あるけどめんどい、腐らせちゃいそうって言うと来てくれたんだ」
「王様は美人だけど、それよりあの大物って独特の雰囲気がクローズアップされる子なのよね。貧困家庭なのにしみったれたとこがないの」
だから何でぇ?職業欄に王様はないんですけど?
兎に角そういう確認の後に話は核心に入ってった。
菜々子ちゃんは時折怪我をして帰ったけど、親子とも陰キャだから暗いのもいつもだった。それでもさすがに彼女の雰囲気が悪くなってるのは認識出来て、そろそろ話を聞いて学校に訴えないといけないかな?面倒だな、って頃に彼女が神社仏閣巡りをしてるのに気が付いた。
介護施設での仕事柄、絵美さんも日曜祝日に休みが取れないことの方が多くて夜勤もある。それは以前のうちの母とおんなじだからよく分かる。介護系って周囲の働く女性で一番多い職業だ。すると休みの日の夕方、パンフレットや朱印帳がテーブルの上に忘れられたりすることがあって、部屋からラベンダーや柚子とかじゃないお香の香りが漂ったりすることも増えた。
特に冬休みは凄くて毎日何処かに出掛けてた。
お正月の一日二日は休みが取れたから、朝食の食器を洗う娘を誘ったんだ。
「熱心じゃない。何処に行ってるの?お母さんも一緒に連れてってよ初詣まだ行ってないし」
正直そんなに出掛けるお金をどこで工面してるかも気になってたらしい。
途端にぎっ、と空恐ろしい瞳で睨まれて腰を抜かしそうになったって。
「あ…」
「行ってきます」
これは尋常じゃない。拙いと思って学校に相談したけど、恐らく菜々子ちゃんが感じたであろう失望を味わっただけだった。
娘も喋ってくれなくなって、ヤキモキする状況が変化したのは菜々子ちゃんの髪が不細工に短くなってた日からだ。それまでは長いストレートをハーフアップにしてたんだけど、前髪は斜めに後ろは左右で違う長さに切られてたそうだ。なんて可哀想に。
問い詰めても菜々子ちゃんは一言も理由を話さず、部屋に籠ったきり数日外に出てこなかった。自分でもかなりの剣幕で絵美さんは学校に乗り込んだけど、加害者らしい生徒には会わせられない氏名も教えられないって対応だった。
「どうか学校を信じて任せて下さい。相手にも未来がありますから」
というこういう場合の常套句を聞かされただけだった。
それでクラスメートの保護者に電話を掛け捲ってようやく加害生徒を割り出して、家に乗り込んだら取り巻きっぽい生徒と親は謝罪したけど、主犯格の生徒と親は開き直って話にならなかったらしい。
元夫にも連絡したが、別の市で再婚して家族と暮らしていて、真剣に取り合ってもらえないどころか、養育費は払ってるんだからもう連絡してこないでくれと告げられる始末だった。
絶望する母の知らないうちに美容室で髪を整えた菜々子ちゃんは翌日学校に登校した、その日に第一の事件が起こったんだ。
苛めグループの一番手下だった少年が、休憩時間にふざけ合って割ってしまったガラス窓の残ったガラスに、喉を切られて亡くなってしまったのだ。
割れたのはその前の休憩時間だったが、一直線に斜めに残ったガラスは見る者にギロチンを連想させずにいられなかった。それは現実になった訳だ。
クラスメートが見守る中で派手に血飛沫を上げたようで、広範囲に血が飛び散って血飛沫の掛かったクラスメートもいたから、学校は精神的ケアを早急に手配せねばならなかった。
「五人いたのよ。女子三人と男子が二人」
警察によって教室は封鎖され、少子化で空いていた教室に一時的にクラスは引っ越すことになった。鑑識が済んで黄色いテープが取り払われた翌週、カッターで切った怪我が膿んだ女生徒が、突然痛くて堪らないと家庭科の調理実習中に、包丁で右手首を一刀の元に切り落としてしまった。
悲鳴が上がり女生徒自身も我に返って痛みに泣き叫んでよろけると、引っ掛けた鍋では熱湯が沸騰していてもろに顔面に受けてしまった。悲惨な事件だが死亡事故ではないと保護者達に通達があった。
なのに翌々日にふらっと学校に現れた彼女は三徳包丁を手にしていた。頭部を包帯でぐるぐる巻きにされた姿は彼女以外に考えられない。
よろよろと教室に向かう彼女を居合わせた教師が誰何すると、「ごめんなさい」の言葉を残して自身で喉を切り裂いてしまった。急いで止血処置がされたが、傷が深く左から右をぐるり、左右の頸動脈をすっぱり切ってしまっていた為に教師の懸命な処置も実らなかった。
また多数の生徒が見守る中の惨劇だったんだ。
いや、もう聞いてるだけでトラウマになるって!
「次はあたしじゃない!」
自分が次の犠牲者だと知ってたみたいに三人目にあたる少女は、助けを求めるように周囲を見回したけど、苛めを知ってるクラスメートは目を合わせようとしなかった。そう、みんなこの件で気付いたんだ。これは苛められた誰かの復讐だって。
「ふざけたこと言うんじゃないよ⁉」
リーダーの女子が叫んだ。
「だってあたし達苛めの…」
「じゃあ誰がやってるっつうんだよ」
「呪いだよ」
「誰の?誰か自殺した?」
「するまで苛めようって…」
皆まで言わせずにリーダーの少女が平手打ちした。それからもう一人の少年も加わって一騒ぎあったらしい。
救急車が呼ばれ再び中学校に黄色いテープが張られた。事態の収拾の為に二年生は早退させられ、同時に保護者に大急ぎで通達がなされた。
女生徒の名前を目にして絵美さんはゾッとした。菜々子の髪を切った女生徒だったんだ。
その日は夜勤で早退した菜々子ちゃんを迎えることが出来た。
「菜々子…大丈夫?」
ふっと彼女は笑った。
「可哀想よね」
言葉とは裏腹に楽しそうだった。酷い苛めに遭ってたんだから当然といえば当然なんだけど、感受性とか共感力の強い彼女が発するとは母には思えなかったんだ。
「お母さん、あいつらには天罰が下ったんだんだ。そんな顔しなくても私じゃないよ」
そうなのだが夜勤中もその事で頭が一杯で、仮眠も取れずかといって仕事も失敗ばかりしてしまったそうだ。
最初が事故死、次は自殺と大勢の目撃者がいるから間違いはない。学校でもあるから学生達の為に捜査は迅速に行われ、次の週には黄色いテープはまた校内にはなくなっていた。
その日、予定通りなら苛めグループの誰か一人が悲惨な死に方をする日だ。学校を休む生徒が多かったが流行性の病気ではないので休校にはならない。何よりどんな事が起こるかと期待しながら登校してくる生徒も存在していたのだ。
しかし何事もなく過ぎるかと思われた最後のロングホームルームの時間は、月に一度の大掃除にあたってた。クラスはその月は体育館の担当で、三年生の卒業も間近なことから細かく担当が決められてた。
少女は体育館の二階の窓の清掃担当だった。先週から行動のしおらしい彼女は償うかのように率先して二階に上がった。
新しく施設されたバスケットゴールは電動ジャバラ式で、二階通路のすぐ下に設置されてたんだ。しまい忘れたのだろうゴールを教師は壁に埋め込まれたスイッチで動かしたんだけど、どうにも途中から動かなくなってしまった。
困った教師は二階にいた少女に目視での確認を求めた。ただそれだけで何かが動きを阻害していたら取り除けなどの指示はしていなかった。
「何も見えませんよ先生」
「故障かな?新品なのに」
たったそれだけだったのに、直後に少女は頭から落ち、突如動き出したゴールと突き出した二階通路の間に挟まれてしまったのだ。教師がどれだけ停止スイッチを連打してもゴールは停止することなく、悲惨な形で少女の命を奪った。
真っ先に駆け付けたのは他のクラスの男子だ。菜々子ちゃん同様に苛めを受けてた生徒なんだって。
「あはは、ははは…何これ?何これ?ねぇ何これ?」
「きぃゃあああぁぁっ」
「何これぇ⁉いやあぁ、どうしてぇ!」
教師の調子っぱずれの狂笑に被せて少年も「ざまあみろざまあみろ」って叫んでたって。
「天罰だ。報いなんだよ。あんなことするからだ。ざまあみろバカ野郎」
近くにいた教師がすっ飛んで来て生徒達を体育館から出そうとした。
「止めないか!みんな!掃除はもういいからここから出るんだ。教室に帰りなさい。お前もだ、教室に帰れ」
「ハハハ、やぁだよ。こんな楽しいもん」
「楽しい…だと?」
少年は教師を無視して二人の人間を指差した。
「次はどっちだ?どんな死に方すんだろうな?来週が楽しみじゃないか?」
男女二人の生徒は雷に打たれたように身体をビクッとさせた。
「止めなさい。教室に帰りなさい」
それにも構わず、
「俺の写真を消せ!」
と叫んで二人に要求する。
「そしたら少しは情状酌量されるかもだぞ」
「今持ってくる!」
グループのリーダーの少年と少女は走り出し、苛められてた少年も後を追った。
二件は事故、一件は自殺。なのに苛めグループのリーダー格の少年少女は、親に付き添われ一軒一軒謝罪して周った。勿論菜々子ちゃんの家にも菓子折り持って来たんだけど、彼女は一切の謝罪も受け入れるつもりはないと部屋に籠って会おうとしなかった。
どうにか赦しをもらおうと二人は部屋のドアを叩いた。
「なあ、ごめんよう、赦してくれよう。あんなことして悪かったよ」
「お願い、反省してるから、私がバカだったから。画像も消したよ。気の済むまで殴ってくれてもいいからぁ」
「スマホ見てくれよ、画像一枚も残ってないだろ?全部消したんだ。二人共ホントに消したんだよ。確認してくれよ」
「それって」
別の意味でおばさんの背筋がぞわっとした。
「私も堪らなくてその場で問い詰めたの。余所でもそういう事件があったでしょ?それ以上は言わせないで」
親としては他人事ではなかったから、北海道で自殺した少女のことは忘れたくても忘れられずにいたんだ。
「それは赦されないって」
画像が消えたところでなかったことには出来ない、謝罪されたところで赦せない部類のことである。証拠の画像が残っていたら刑事事件として立件されただろう。それが菜々子ちゃんの為に良かったかどうかは別の話として。いやその方が良かったと私は思う。けど証拠を隠滅する気はなく、赦してもらう為に二人は画像を削除したんだ。
翌週の昼休み直前、家で謹慎していたはずの少年は首に綱を巻いて屋上から飛び降り、菜々子ちゃんの教室の前に図ったようにぶら下がった。少年の上半身は裸で「バカです」「ブタ、ブーブー」他にも卑猥な絵やシンボルが描かれていたそうだ。
自殺防止の為に屋上の扉は施錠されていて、駆け付けた大人達の前にも施錠されたままの扉があって、指紋を取られたが少年の物はなくて関係者一同をぞっとさせた。
どうにか方法はあるはずと、警察は他殺の線に切り替えて捜査をやり直しその関係で二年生だけ休校になった。
最後に残った少女の家には刑事が張込んで二十四時間監視が付いた。
だが翌週少女の家は炎上した。
火が点けられる直前、泊まり込んでいた祖母は警察に電話していたのだという。
「はい警察です。どうしましたか?」
『孫が孫が…』
「落ち着いて下さい。お孫さんがどうしましたか?」
『死んでる』
「それは正確ですか?死亡を確認なさったんですか?」
『あれで生きてるはずがない…』
「では触って確認したのではないのですね?お孫さんはどんな状態ですか?救急車が必要な状況ではないですか?」
『口では言えん。あんなもんどう言えば…ああ』
そこで通信は途絶えた。
お祖母ちゃんが何故自宅の外で張り込んでいた刑事さんに告げなかったのかは謎なんだ。
自宅に火を放ったのはお父さんで、お祖母ちゃんは孫の名前を呼びながらショック性の脳溢血で昏倒、病院で死亡が確認されたそうだ。何てお労しい。
灯油が撒かれていたことで火はすぐに家中に回ったんで消火は遅れた。遺体は人の姿を留めておらず、ほぼ一人分が回収されるまでは時間が掛かった。つまり遺体は屋内にバラバラにあったんだ。切断面も確認された。
最後の二人の死を絵美さんに聞かせたのは菜々子ちゃんで、嬉々として話す様子は悪夢だったって。そうだろうね。
翌日から菜々子ちゃんは別人のように明るくなった。弱さは影を潜めて、元からそうであったかのように強い少女になった。
「私の娘じゃないみたい」
陰キャを嫌いながらそれは母娘の共通点でもあったんだ。
「怖いのよ麻由子、私この先どうしたらいいのか…。菜々子は時折他人の目で私を見るのよ」
おばさんは必死に慰めながら、菜々子ちゃんにカウンセリングを受けさせるようなるべく言葉を選んで告げた。
「苛めっ子たちの死に方も死に方だけど、そんな酷い目に遭って相手が死んだからってなんともなくなるなんて有得ないんだから」
絶対そうです。賛成しますおばさん。
「お母さん何かあったら必死で戦うから、あんたも無駄に隠したりしないでお母さんに相談するのよ。わかった?」
とおばさんは話を括ったんだ。ええ話や。
いや違う、これは弥生を憑り殺そうとしてる怨霊の話なんだ。
弥生んちは一戸建てじゃなくてマンションなんだけど、その四隅に置いた折り紙のワニが燃え上がった。「ひっ」と硬直しちゃう弥生の手に新しいワニを渡す。
「弥生これ」
「あ、うん、ありがとう」
これは家主、あるいは家人が置かないといけないんだ。
「凄~い。何にもしてないのに燃えちゃった。桜子初めてだよ」
克美はメガネを拭いて掛け直す。
「我が目が信じられん。桜子がいなかったら脳が処理不能でスルーするとこだわ。あるいは王様と弥生がドッキリ仕掛けたって考えるか」
頬が紅潮して軽く興奮してる。
「そんな方法あるの?」
「王様なら考えつきそうじゃないか?」
「リケジョだもんね」
嫌味っぽく桜子は目まで歪めてる。もしかして根に持ってる?ジョークなんだよ。JKのおふざけじゃん。
「でも今夜は久し振りに何にも考えずに眠れそう。王様だけじゃなくみんな泊ってくれるんだもんね」
「どうかなぁ~」
「え?」
タイミングを計ったみたいにまたワニが燃えた。
「え?…ええーっ?」
私はボストンバッグを漁った。急いでたから必要そうな物投げ込んで来たんだよね。
「お…王様どうしよう。ワニが燃えちゃったよ」
怯え震える弥生を克美と桜子が両側から支える。うむ、親友だ。
「桜子、これ弥生に塗ってあげて」
新作練り香なのだ。
「いい匂~い。リラックス効果?」
「主成分だけじゃお線香の匂いになっちゃうからアロマオイルもいれたの」
成功してたら弥生は憑りつかれ難くなるはず。
「王様、これで一儲け出来るんじゃね?手伝おうか?」
「桜子がイメージガールになったげるよ」
お前らな。
割と私達ふてぶてしい性格してる。そういうとこが合うっていうか。
それは置いといて、チベットの僧院で作られたっていう巻香を怡君に貰ってたんでそれに火を点ける。
「不思議な匂いだね。なんで蚊取り線香?って思ったけど違うんだ」
と克美。
「こんな時に蚊取り線香焚くと思う?」
「ファブリーズだって霊に効き目があるんだよ。蚊取り線香にあったって不思議なくない?」
「マジ?ファブリーズ効くの?」
「効くよ。ベッドの下に置いてる私。微力だからこんな強いのにはダメだけど」
と弥生。目から鱗が落ちてった。
ドンドンドン、ってマンションの丈夫な窓が軋む力で叩かれる。硬い物ならガラスが割れるはずなんだけどね。
「スーパーマンが来た?」
「ここ四階だもんね、って訳あるかい。これは怒ってるねぇ。ぐぇっ」
弥生に渾身の力で抱きつかれて息が出来なくなった。
「王様捨てないで、助けて!」
むぎゅ~って、私が助けてだよ!
「助けて欲しかったら弥生、王様を締め上げるの止めないと。王様が別次元に旅立っちゃうよ」
「王様ごめん!」
パッと放されて空気が肺にどっと押し寄せてくれる。
またドンドンドンと強い力で窓が叩かれた。
「やっぱ霊って非常識なもんなんだね。玄関から来ないんだ」
「それぞれじゃない?インターフォン鳴らす霊も本で読んだよ」
と克美と桜子。二人は好いコンビだね…。
「で…でも、王様居るから大丈夫よね。突破されたりしないよね」
二人がそんなでも当の弥生は縋るような瞳で私を拝んでくる。
「よく考えてね。今夜は大丈夫…だと思う」
こんなに強い怨霊を祓ったことないからさ。
「けど明日の夜はどうする?その先は?一晩だけの問題じゃない」
「……私大特急で修行する!それまで一ヶ月の料金お幾らからになってる?何ヶ月で私こいつ倒せそう?」
言葉に呼応するようにまた窓が叩かれて弥生が身を縮める。今度はしつこい。
「そんな料金設定ありません。それまでびくびくした毎日を過ごすつもり?」
「けど王様いてくれたら大丈夫でしょ?」
「私に頼り過ぎちゃダメ。自分の足の筋肉鍛えな!」
「だからそれまで守ってってお願いしてるんじゃん。お願い料金設定してぇ。課金するからぁ。友達だろうぅ」
ハッ、話が大きく逸れてしまった。
「そうじゃないんだよ弥生。こいつはさっさと祓っちゃった方がいい奴だから、少なくともあんたからは手を引かせようって話なの」
「祓ってくれるの?」
「友達失くしたくないじゃん」
「ありがとう」
むぎゅ~っと抱きついてくる。だから力加減を考えなさいってあんたは。
ドン!
腹に響く音が別方向から届く。今度は玄関からだ。
「TPOを思い出したのかな?」
「どうだろ?インターフォンあるのに使ってない」
「二人は暢気だね。怖くないの?」
ちょびっと弥生は嫌味を込めてる。
「だって桜子霊感ないんだもん」
こんな経験滅多に出来ないよ、的ニュアンス。
「音がご近所迷惑になってないといいんだけど」
「―もういいよ」
霊感無し勢に負ける。
「まあまあ弥生。お陰で恐怖に囚われ過ぎなくていいとはいえるよ」
「王様ぁお願いしますぅ」
「うん、だから弥生の覚悟が必要って話なんだけどね」
「私?王様がお数珠とか振り回して祓ってくれるんじゃないの?」
「立ち向かう気力がないと退けられません。怨霊の手下は祓ってもあんたの内に奴の残穢が残ってるんだから完璧じゃない」
「お風呂、禊とかでは無理ですか?」
「弥生」
「だってだって、怖いんだもん。もう一度あのコクーンシティで会ったような奴と対峙するんだって思うと腰が引けるんだよ~」
分かるけどよっぽど怖かったんだね。基本霊の脅しには慣れてるもんね私達。
「だから私達がいるでしょうが。さっきからずっと君の傍にいるじゃない」
「そうそう。丁度ゴールデンウィークだし、順番に友達のお宅に泊まるって連絡したらいいし、終わりまで付き合うよ」
「二人共…」
そこまで心霊体験したいんだ。
私は弥生みたいに騙されて感激したりしないぞ。