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入学式

 予定外にお祖父ちゃんが異世界から戻った春休みも終わり、高校の入学式の日がやって来た。

 これでも高校は選び放題だったんだよ。私賢いから。自慢だけど。

 でもさ、お母さんの我儘で離婚してからお父さんと再会出来たのは中学二年生の時なんだ。お父さんは私と悠斗の為に都内から秩父に引っ越してくれて、ようやく家裁での調停も済んで私は長谷川姓を名乗れるようになったから、一年やそこらでお父さんと離れたくない。

 秩父市に高校は一つしかなかったから、以前は他市、他府県、何なら海外も情報収集してた。それは全てお母さんから離れたい為だったけど状況は変わった。だから秩父の県立校を受験して、地元に残ることにしたんだ。

 お父さんは人生長いし親子の縁は切れないから、眞宙みたいに将来を考えた方がいいって言ってくれたけど、子供として心置きなくお父さんに甘えられるのは未成年の時しかないのよ。お母さんに甘えられなかった分お父さんには甘々に甘えたい気分がある。

 それに友達も大半は地元の県立高校だしね。入学式にも見慣れた顔が多くて嬉しかった。

 お父さんと別れて中学でも仲良しだった桜子や弥生、克美と揃って入学式の会場に入る。クラスで別れさせられて桜子とは離れたけど弥生と克美が同じクラスなのは嬉しい。でも特別進学クラスだよ弥生大丈夫?

 それに弥生は取分け霊に憑かれ易い体質なんだよね。小、中学校も同じだったからしょっちゅう私が祓ってた。頼りきりじゃダメだって、ようやく決心してくれて自分で祓えるように修練を積んでる途中なんだけど、まだ目が離せない。春休み中、たくさんのモノに憑かれちゃって背中にわんさか乗ってるし。

 お父さんが弥生にわんさか憑いてるから吃驚してる。信州の病院での一件以来、多少お父さんも視えるようになっちゃったんだよね。気持ちいいもんじゃないから視えない方がよかったのに。

 私は弥生から息を吹きかけた紙飛行機を受取ると、そっと式場を出て晴れた空に飛ばした。紙飛行機は長く飛んで視界から消えた。

 弥生は肩が軽くなってホッと溜息を吐いた。

「春休みの間どれだけ会いたかったか王様。同じ高校に入学してくれてありがとう」

 王様っていうのは不本意ながら私の渾名だ。王様みたいだからだって、乙女なんだから否定したいんだけど、私と会った人はそれを聞くとみんな納得して王様って呼ぶようになるんだよね。眞宙でさえ王様って呼ぶんだよ。女だから女王じゃないの?傲慢そうに聞こえない?王様の貫禄があるってティーンエイジャーでそれはなくないかな?

「春休みもさぼらず修練してた?」

「してたよ。結構祓えたけど、まだまだ祓えないのの方が一杯…」

「克美は私立に入学すると思ってたけど、結局地元を選んだんだ?」

 克美は眼鏡の位置をちょいっと直す。

「大学でお金が掛かるから貯めてもらっとくよ。どうしたって秩父は出なきゃなんないし」

 そうなんだよ。大学行きたいならどうしたって秩父を出なきゃなんないんだよ。だったら急ぐ必要ないじゃん?

「そうだね。でも嬉しいよ。外の高校に行った人も多かったんだから」

「いやいや、我が校だって侮れませんよ。田舎の高校だってバカにされない為に、カリキュラムの面で頑張ってるじゃない?ここに落ちて他市の高校に行かなきゃなんなくなった人だって多いんだから」

「それある。正直受かった時は嬉しかったよ。自転車で通えんだから」

「それもこれも私がみっちり教えてあげたお陰だよね~弥生~」

「王様には感謝してますって。で、これからも感謝させてね」

「うお、そう来たか!」

「自分で完全に除霊出来るようになるまでは放さないんだかんね。あと落第しないようにと、大学受験」

 標準的な背丈の弥生は小さい私の首に抱きついて来る。

「少し身長が伸びた?微妙に高くなった気がする」

「一cm…」

「たったの?弥生あんたどんだけ王様に抱きついてんのよ。そんな微増を感知するなんて」

 う…うるせぇよ。微増ですけど一五〇代には達したんだかんね。

「さっきから、ねぇ判る?克美」

 と弥生が意味深に克美に問い掛ける。

「分かるとも、男子の視線が王様に集中してるってんでしょ?」

「王様の中身も知らずに、外見だけで心奪われてるよ。罪作りだねぇ王様」

 ちょっとちょっとキツイって腕が!

「友の為に骨を折るような優しく友達想いの私の中身がどうだって?それを貴様が言うか」

「ごめんごめん。でもさ、料理も上手いし家事だって完璧、友達想いで勉強だって出来る。なんだけどねぇ」

 意味あり気に大きな息を吐くんじゃない。

「そうだね。なんだけどね。どんな美点があっても王様を知れば知る程…」

 意味深に切らないでよ。何?本人を置き去りにしてその身内だけしか分かんない会話の仕方!ちょっとムカつくんですけど。

「頼りがいのある、本で読んだ風にいうならきっぷも度胸もいい、腹の座った大人物ではあるんだけどねぇ」

 流石に克美は読書家…ってねぇ?どうして私はそういう形容になる訳?頼りがいがあるとは男女とも老若問わずに言われちゃいるけどさ、それは母子家庭の長女だからそうなっただけだ、と私は主張したいんですけど?


 入学式が済むと悠斗も合流して、その足でお祖父ちゃんのとこに向かった。制服を見てもらうんだ。中学とは髪型だって変えたんだよ。それまではただの緩いツインテールだったけど、二つに分けたのはそのままにフィッシュボーンにしたんだから。

「お祖父ちゃんとお祖母ちゃん気に入ってくれるかな?」

「そりゃ気に入るさ」

 とお父さんは自信満々に答えてくれた。

「祖父ちゃんと祖母ちゃんなんだから、似合ってなくても似合うって言ってくれるに決まってる」

 なんだよ悠斗は憎ったらしく。

「俺は似合うから似合うって言うけどな」

 これまたなんなのよ。あんたなんだか妙なひねくれ方して来てない?

 けどお祖母ちゃんのマンションの玄関で、親子三人回れ右したくなった。言い争い聞こえたんだ。

 お母さんが来てる。

 朔と伊織が盛大に泣いて、怡君が朔を宥めながら出てきちゃったから回れ右も出来なかった。

「いらっしゃい。穂那実ったらセーラー服が良く似合うじゃない。可愛い」

 応接室にトンボ返りして私達の来訪を告げる。

 ここまで来て挨拶もせず帰れる訳がないけど、私達はあ~あって感じで顔を見合わせた。

 しょうがない、覚悟を決めると私は大声で挨拶しながら応接間にずかずか踏み込む。喧嘩してるのはお母さんとお祖母ちゃんだ。俊平さんのご両親もいらっしゃるのによくも出来たもんだ。

「またやってんだ。飽きないね二人共」

 お祖父ちゃんは困って固まってるし、俊平さんは泣き止まない伊織を抱えておろおろしてる。眞宙は我関せずと窓の外を眺めてる。男って。

「穂那実、玄関で待ってなさい。子供の出る幕じゃないの」

 ってお断りだよお母さん。

「冗談でしょ?今日は私の入学祝いなんだよ。私が主役の日なんだから親だったら壊さないでよね」

「あんた…」

 喧嘩の仲裁なんてね下手に出るもんじゃないからね。双方の言い分を聞く必要もない。大抵のきっかけなんて小さなもんなんだから、聞いてやるのはそれでも聞いてくれって頼まれてからいい。大事なことだから繰り返す。喧嘩の仲裁は宥めながら下手に出ながらなんてしちゃダメだよ。だからって両方に喧嘩売ってもダメだけどね。

「そうよね。ごめんなさいね穂那実。お祖母ちゃんどうしても千夏と顔を合わすと喧嘩しちゃって。恥ずかしいわ。みんなでお祝いしようってこんなに集まって下さってるのに」

「お母さんはサプライズ?」

 いや、呼ばれて当然ではあるんだけどさ。

「お母さんがこんなんじゃ私は一緒に食事なんて出来ないわ。私は帰ります。俊平、眞宙帰ろう」

 お母さんは大人気ない。

「眞宙は私と同じく今日の主役でしょ。それに俊平さんと伊織も置いてってよ。久し振りなんだし、お祖父ちゃんだって伊織とゆっくりしたいはずなんだから」

 お母さんの前に立塞がる。

「あんた達に伊織の面倒がみれるはずないでしょ!」

「あらあら知ってると思うけど?お母さん時々悠斗に伊織を預けてるでしょ?私が放っておくはずないって分かってしてんでしょうが。咎めてるんじゃないのよ。お母さんが子供の面倒なんて一人でみれる訳ないんだから。頼ってくれて嬉しくもあるし」

「悠斗に預けてるのよ!家族なんだから悠斗も弟の面倒みれな…、修吾…」

 なんでお父さんに驚くのよ。来るに決まってんじゃん。

 その間に私が伊織を抱き取ると、あら不思議伊織はすぐに泣き止んじゃった。

「伊織久し振りですねぇ、お姉ちゃんだよ~。少し重くなった?」

「俊平、なんで渡したの、取り返してよ」

 金切り声を上げたら伊織がまた泣いちゃうよお母さん。

「穂那実ちゃんは伊織の実の姉だぞ。お前より赤ん坊の扱いも上手だ」

「俊平⁉誰の味方よ!」

「基本的には君の味方だけどな、今回は穂那実ちゃんの味方だよ。ありがとう穂那実ちゃん、どう口出ししていいか迷ってたんだ」

 ええ、憎まれっ子の役は慣れっこですから。

「頭を冷やせ千夏。穂那実ちゃんの為だ機嫌を治せ。可愛い穂那実ちゃんをちゃんと見とかないと後悔するぞ」

 チラッとこっちを見てフンと顔を背けた。少しは愛情残ってるんだね。

「お母さん、子供達だけじゃなくってみんな揃って食事なんて初めてじゃない?機嫌直してよ。私からもお願い、ね?」

「私も大人気なかったわ。千夏、美味しいフレンチを予約してるの、行かなきゃ損よ」

 もう一度私に視線を向けたお母さんが折れてくれたんでホッとした。

 知ってるよお母さん。悠斗贔屓で私に辛く当たることがあったって、お母さんは私のことだって好きなんだよね。私は知ってる、気軽に犠牲に出来るのが私なんだって。悲しいけど、愛して甘えてんだよね。

「じゃあ伊織は優しいお姉さんやお兄さんに任せよう。可愛がってやってくれるだろ?」

「任せて」

 と私と悠斗。

「俺だって兄貴だ」

 と眞宙がでしゃばる。

「俺は祖父だ」

 さっと伊織を抱き去った眞宙から、お祖父ちゃんの浩一さんが抱き去っちゃった。あらあらま、伊織は人気者だね。

 私はお祖父ちゃんに制服姿を見せるべく、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの前で可愛らしくくるっと回ってみせた。スカートがふわっと浮いた。

「どう?高校の制服似合う?」

「似合うよ。何て可愛い孫なんだ」

 二人で本当に嬉しそうに目を細めてくれるのが嬉しい。

「俺もこんなかわいい孫が一度に三人も出来て嬉しいよ。ありがとな千夏さん」

 浩一さんは調子のいい人だ。事情があったにしても大好きな良平お祖父ちゃんの子供達のことは見向きもせず、私や悠斗が陰陽師の才能に溢れてるって分かってから、急に親し気に接近して来たんだから。師匠から聞いてんだから、確かに俊平さんはお母さんのこと惚れ抜いてるけど、最初は才能のある子供が欲しくて近付いたんだってこと。

「結局秩父高校にしたんじゃない。私が無理しないで通える高校に通えばいいって言ってあげてた時は、あんなに私立私立って煩かったのに」

「だってお父さんと離れたくないんだもん。それに私、高校に通わなくても高卒認定試験に合格出来るだけの頭があるって判ったんだ。だったら友達とも別れたくないし、秩父高校のカリキュラムだって悪くないしね」

 高校不登校も考えて試しに高卒認定試験の過去問を十年分やってみたんだけど、自分でも驚いたことに全部楽勝だったんだ。私凄くない?そりゃ勉強なんて簡単じゃんとか思ってたけど、想像以上に賢かった。

 それがあったから高校選びに気楽になれたんだよね。

 だったらさ、今日から三年間は日本の誇る(?)無敵のJKなんだぜ!背が低かろうが、前も後ろもスレンダーだろうが、それを謳歌しないって手はないでしょうよ。

「傲慢になっちゃって、女の子がそれじゃあ」

「貰い手がない?大丈夫、欲しくなったら私が貰うから」

 お祖父ちゃんがプッと笑った。

「いやはや、茜の孫だよ穂那実は。千夏や秋葉よりよっぽど似てる」

 その発言にお母さんは眉を上げた。

「この人…この方って…本当に」

「お祖父ちゃんだよお母さん。血液検査してみる?」

「…しなくていい。分かってる。話し方も仕草もお父さんだもの」

 へぇ、忘れてないんだ。

「千夏…」

「お父さんは覚えてないでしょ?」

 お祖父ちゃんを見ないままに、母さんは辛いずっと胸の内に秘めてた思いを告げたんだ。

「お父さん、突然夜中に叫び出したかって思ったら、私のことをそりゃ恐ろしいモノみたいに……それで、もう忘れられない悲鳴上げて、倒れて……怖かった。凄く怖かった。私に何を見たのお父さん。――そんなに怖かったのなら覚えてなくて構わないけど、忘れていいけど……けど、私には忘れられなかった」

 震えるお母さんの肩を俊平さんは抱いてくれた。

 ほらね。我儘で自己中心的だけど、だからって愛がない訳じゃないんだ。ただ愛情の表し方が我儘なんだ。

「千夏、すまなかった。今更どうしようもないが」

「だから、もういいの。お父さんは私を捨てたんじゃなかったんだから」

 悠斗は顔を逸らした。素直に育って来たのに、思春期に入って捻気味なのがお姉ちゃんは気に掛かるよ。


 それからお祖母ちゃんは意識してお母さんから離れてた。どうしたって衝突しちゃうからね。

 二十年以上ほぼ寝たきりだったお祖父ちゃんは、リハビリしてるけどまだ車椅子生活なんだ。お店までお母さんがずっと車椅子を放さなくて、自分に都合のいい事ばかりお喋りしてた。はいはい私は鬼娘ですよ~だ。

 でもいい思い出になったよ。中学の入学式はお母さんは仕事だった。悠斗が「今日は俺が食事作る」って赤飯焚いてくれて、夕食にお刺身つけてくれた。当時の私んちでは大ご馳走だったんだよ。翌日にはお祖母ちゃんがお母さんに秘密でお祝いくれたんだ。それでも幸せだって思ってたけど、みんなに祝ってもらえるのはやっぱり嬉しいよね。

 お父さんもお祖父ちゃんもいて、伊織って弟も増えた。あ、眞宙と俊平さんも。

 そうだ、怡君も居たんだけど、彼女は朔が産まれる前からお祖母ちゃんと暮らしてる。

 お金があるからベビーシッターでもなんでも雇って一人で子供を育てるつもりだったんだ。彼女は業界でも高名な陰陽師で、顧客は日本の未来を左右する人達ばかりで高額の報酬を受取ってる。自分のマンションだってちゃんと都内にあるんだよ、招待されたことがあるから知ってる広々としたマンションだった。秋葉さんも手伝ってくれるって算段あったらしいんだけど、お祖母ちゃんはそれを聞いて我が家に来るように怡君に厳命した。

「心配しなくても大丈夫だよ茜さん。私は経済的にも裕福だしナニーを雇うことも視野に入れてる」

 その頃はまだママとは呼んでなかった。

「怡君、お腹の中の子供に必要なのはベビーシッター?勿論働く母には必須だしお願いすることになるでしょうね。でもその前に子供と母親を無償で愛してくれる人間よ。一人より二人、二人よりたくさん。多ければ多い程いいの」

 そしてこうも言ったんだ。

「実家出産だと思ってうちにいらっしゃい。それとも私が行きましょうか?」

 怡君はお祖母ちゃんの家を選んだ。理由は解かる気がする。掃除が行き届いて綺麗なだけじゃなく、家具の配置もインテリアもよく考えられて温かい雰囲気が漂っててとても居心地がいいからだ。

 それからずっとお祖母ちゃんちにいる怡君は、もう三番目の娘みたいになってるんだ。


 お祖母ちゃんの言葉通りに美味しいフレンチだった。個室だから気兼ねなくお喋り出来るし、朔や伊織が泣いたって人目を気にせずに立ってあやせる。

 長テーブルの上座、短辺にまず怡君が座って、向かって右にお祖父ちゃん、お祖母ちゃん、悠斗、私、お父さん。対面に眞宙のお祖母ちゃんお祖父ちゃん、眞宙にお母さん夫婦だった。

「ヴィアンドが終わったからここで発表しとくわね」

 デセールを待つ間、可愛い顔に小悪魔的微笑を浮かべた怡君が発言した。

「あら何?」

 とお祖母ちゃん。

「良平パパの戸籍が出来たの」

 顧客に働きかけて作ってもらったんだ。感謝します怡君。

「結構早かったわね。もっと掛かると思ってた」

 とお祖母ちゃん。

「私に掛かればこんなもんよ。それで良平パパは犬童姓になります」

「犬童?」

「そう、穂那実や悠斗の守護神であるお犬様に因んで選んだんだ。パパも気に入ってくれて、それで戸籍の住所は私の都内のマンションにしました。近い内に良平パパと茜ママと一緒に引っ越すことにしたからね」

「ええ、じゃあ遠くなる…」

 今だって遠いけど西武池袋線ひばりが丘だから、乗り換えはいるけど西武線だけで行けた。

「パパは帰って来たし、朔も大きくなってきたら部屋がいるでしょ?ママと私の仕事も都内の方が便利だし、相談して決めたの」

「そしたら俺も良平ちゃんとこに行き易くなるな」

「あなた、程々にしときなさいよ。もう、良平ちゃん良平ちゃんって良平さんが帰って来てから煩くして、ごめんなさいね」

 浩一さんの奥さん、眞宙のお祖母ちゃんは柔らかな雰囲気のいい人だ。

「待って、どうして娘でもないあんたがお父さんを連れてくの?」

 お母さん、後先考えずに口を突っ込まない方がいいよ。

「どうしてって今言った通りだけど?娘とか娘じゃないとかどうでもいいじゃない。それに良平パパは私のれっきとした伯父さんだわ。血の繋がりもある」

「お祖父ちゃんはお祖母ちゃんと離れられないんだから、仕事の都合もあるし、怡君が連れてく、って言い方はあたらないよ」

 心ならずもお母さんが口を開く前に私が口を出した。ホントは都内なんて遠いとこに行かせるのは私だって嫌だ。千代田区の半蔵門なんて何度乗り換えたらいいんだよ。

 口をパクパクさせて、言い返したかっただろうけど言葉が見つからなかったみたいで、結局お母さんは口を閉ざした。自分ちじゃお祖父ちゃんを引き取れないことは分かってるんだ。

 治まったとみてお祖父ちゃんが言った。

「犬童良平か、良い姓を貰ったな」

「お祖父ちゃん」

「三峰から御眷属様を拝借に伺うかな。孫達を守ってもらってるんだ、一度参っておかんと」

 と優しい目を私達に向けてくれた。

「良平、夏賀は捨てるのか?」

 不本意そうな浩一さんが訊く。

「捨てたのはどちらかなんて議論はよしとくが、元から夏賀に未練はない。母だって僕を守ってくれなかった。でなくて夏賀にあんなことは仕掛けられんよ」

「そうなの?」

「両奈じゃ夏賀は有力な傘下の家門だ。家長家の息子をどうにかして敵に回せやしない」

「猫御前の暴走だろう?」

「だとしたら気の強いお袋が黙ってやしない。親父の腰が引けててもお袋が白猪様に直談判するさ」

「あの…、曽祖父ちゃんや曽祖母ちゃんってどんな人?」

 おずおずと尋ねたのは悠斗だ。

「曽祖父ちゃんの方はもう亡くなってるのは知ってるな?」

 と浩一さんに確認される。

「おじさんは先々代の一人息子で女兄弟に混ざって遊んでるのが好きな人だった。それなりに才能はあっても覇気がなくてな。昨今話題のトランスジェンダー?だったのかもしれないな。我が子に女の子が一人もいないのに桃の節句にはひな人形を嬉々として飾る人だった」

「よく子供を五人もこさえられたね」

「だね」

「これ!二人共」

 お母さんから叱責が跳んだ。この程度で騒がないでよ。浩一さんが苦笑する。

「それには答え難いな。色んな噂は当時もあったし、だから良平を、四男、五男を可愛がらなかったともいえる」

「ハハハ。お袋は先々代の姪でれっきとした夏賀のお嬢様だった。しかも実力も覇気も十二分に備えてて、だから頼りない一人息子を託されたんだ。だからって冷たい夫婦だった訳じゃない。親父とお袋の仲は良かったんだ。意外かもしれんが。親父は性に合わない夏賀の総領としての仕事をお袋に代わってもらえたからな。当時のほとんどの男がそうだったように親父は女性を見下したりはしなかったから、お袋は好きに裁量を振るえた。賢いお袋は親父を軽んじたりは絶対せずに親父を立ててた。――ただ兄達を凌ぐ才能を発揮した僕を嫌ったのも確かで、泰弘も同じくだ。僕達の成長を気に掛けてくれたのは親父でね。そうでなけりゃ高校だって通わせて貰えたか判らないな」

「どうして?我が子じゃない?」

 訊いたのはお母さんだ。

 お祖父ちゃんは苦笑した。

「そこが人間の心理の理解不能なところだよな。序列を乱すことを嫌ったのか、噂は本当だったのか、それは分からない」

「噂?」

 浩一さんもそう言ってたね。

「君達を子供扱いはしないつもりだ。兄達が病弱だったから僕達は父が違うんじゃないかという噂さ。どちらにしたってお袋はやっぱり親父が好きだったんだ。才気煥発で丈夫な僕達を嫌ったんだから」

 ちょっとお母さん、共感するって顔よしてよ。大事に育てられたくせに悲劇の主人公気質なんだから。支配的なとこ曾祖母ちゃんに似てんじゃない?

 ノックの音がしてデセールが運ばれて来た。時間掛かってると思ったら私と眞宙は「高校入学おめでとう」プレートで綺麗に飾りつけされてた。改めておめでとうされたんだよ。


「お前の母親は相変わらずだな」

 大人達は喋り足りないらしくて、特に浩一さんがね。近くの庭の広いカフェに移って、席を離れて庭を眺めてる私に眞宙が話し掛けて来た。

 都内の私立のお洒落な制服が眞宙に良く似合ってる。しばらくの間離れてただけなのに、凄く大人びて感じる。端正な顔立ちに有り勝ちな取っ付き難い雰囲気してるんだ。ホントは結構人懐っこいのにね。

「お母さんが変わる訳ないでしょ。そっちの親子関係は上手くいってんの?柚巴ちゃん来てないじゃん」

 眞宙の妹の柚巴ちゃんは超ファザコンで、父の再婚が許せなくて実のお母さんのとこにいるんだ。

「俺も親父も誘ったけど、千夏さんに会いたくない、新しい弟なんて絶対認めないって意地になってんだ。親父も今になってほったらかしといた間違いに気付いてる。遅いっつーの」

 柚巴ちゃんが実のお母さんとこに駆け込んだ時には、俊平さんはファザコン過ぎる柚巴ちゃんと距離を置くいい機会だって、兄として眞宙が頼んでるのに柚巴ちゃんと話そうとしなかったんだ。その間に彼女は捨てられた感を日増しに強くしちゃって、もう拗れまくってるっていうのは聞いてたけどね。

「じゃあまだ伊織には会ってないんだ」

「画像送ったらキレられた」

「可哀想な柚巴ちゃん」

 その間に立って心痛めてる眞宙も。ここにも拗らした家族がいる。

「親父も柚巴も似た者同士なんだ。自分からは絶対手遅れになるまで折れようとしない」

「それに母まで混ざっちゃったね。うちが実家だと思っていつでも帰っておいでよ。あんたの部屋は置いてあんだから」

「その内物置部屋になってるってあれだろ?」

 物言いとは裏腹に嬉しそうだ。

「あはは、悠斗がエロいのの隠し場所にするかもね」

 冗談だけど有得る。

「あいつは肉食系だからな。俺は当分そういうのはいいわ」

「それで男子校にしたんだもんね」

「親父や祖父ちゃんに気が知れん、ってハッキリ言われちまった。ゲイの疑い掛けられたけど、何が悪いって答えてやった」

「ヒロリン、カッコイイ!」

「ヒロリンは止めろ」

「小雪も八弥斗も黒谷さんも寂しがってるから、たまには来てくんなきゃやだよ?」

 前者二匹はうちで飼ってる白い中型犬でお山からの贈り物、黒谷さんはうちで働いてくれてる家政婦さん。

 父親と喧嘩して家出同然に我が家に転がり込んだ眞宙を、黒谷さんはずっと気に掛けてくれてるんだ。

「定期的に連絡は取ってる。LINE交換してんだから。制服姿見せなきゃならないから日曜に会う約束してんだ」

 ほらほら、人付合い悪そうで全然そうじゃないんだよね。

 大人達の話はまだ続いてて、首を伸ばして覗くとお母さんが退屈そうにしてる。それなら伊織の面倒見たらいいのに悠斗に任せたきりだ。怡君は悠斗と一緒に伊織と朔を遊ばせてる。

「でもな、親父は柚巴との拗れを解決する気はあんまないんだ」

「え?」

 それはあんまりなんじゃ。

「伊織は親父が期待した通りらしい」

「ってことはかなりの神通力があって陰陽師の才能があるってこと?まだ満一歳を越したばっかなのに?」

「親父には判るんだってさ。柚巴だって才能あるっての!」

「けど、俊平さんの基準をクリアしてないんだ」

 それは知ってた。

「ハードルが高過ぎんだよ。夏賀一門の同世代では柚巴は飛び抜けてんのに、それじゃ満足しないんだ。なんでだよ」

 だからって父として眞宙との扱いに差をつけた訳じゃない。虐待やネグレクトもなくて、娘として可愛がってた、とは眞宙の言。

 けどプライドの高い柚巴ちゃんには親に期待されないことに傷付いちゃうんだ。陰陽道は俊平さん自ら子供達に教えてたけど、小学校卒業する辺りから期待されてる眞宙はきつい課題が課されて、彼女にはそうでもなくなったんだって。微妙な変化を嗅ぎ付けちゃうんだよね。大好きなお父さんだから特にね。

「夏に妹だっけ?まだお腹ン中なのに強いモノを感じるってさ。ホクホク顔で報告してきやがった」

「嫌な予感…」

「柚巴は可愛い娘には間違いねぇけど、才能のある子供達が次々生まれるから、一人位はどうでもいい感じが見え隠れしてる」

「最悪…」

「最悪だろ?…なんなんだろうな。親父は憎いけど憎み切れなくて、伊織だって可愛いいけどたまに憎くなる」

「家出て正解だよヒロリン。私達が二人の為に何したって柚巴ちゃんや俊平さんの心がそっぽ向いてたらどうしようもないもん」

 私だってお母さんとは暮らしてけない、と思いつつお母さんを嫌いになれなくて、その内にお母さんに優しかった悠斗とまで喧嘩して、お母さんの方が飛び出してってくれて有難かった。今の距離は丁度いい感じなんだ。

 見るともなく見てたら、痺れを切らしたお母さんがとうとう席を立った。こっちに来なくていいよ、って思ってたのに伊織を少しあやしたら残念なことにこっちに歩いて来る。

「夏秋のお義父さんと俊平さんが、二人はお似合いだって」

 げぇっ。

「私は可愛いから誰とでもお似合いになっちゃうんだな」

「そうね。高校の制服も髪型も似合ってて可愛いわ」

 私は顎が外れそうな程大口開けて呆気に取られた。

 お母さんが私を褒めるなんて、しかも返す刀でマイナスコメントしないの、いつまで待っても!

 事件だよ悠斗!

「何よその顔」

 いや、ここは慎重にならねば。

「え…っと、そういってもらえて嬉しい。ありがとうお母さん」

「悠斗はつれないわ。伊織の子守を頼むと断られることないけど、話さない?って誘っても断られるの」

「そういう時期になってるんだよ。お父さんとも微妙~なとこある」

 ちょっと安心したみたいだった。

「グレてる気配はない?」

「ないない。勉強は熱心じゃないけど成績落ちてないし、ま、私が付いてるから秩父高校には受かるよ」

「悠斗にはもう少し上の高校に行ってもらいたいわ」

 男の子だからね。そうなんでしょ?考えてみると男も大変。どうしても良い学校に行って良い仕事に就いて家族を養うことを期待されちゃう。女の私は期待されてなくて、無理して良い学校に行かなくても構わないって言われて…。柚巴ちゃんの気持ちが解かるところだな。

「これ、入学祝」

 今度こそ嵐が来るのかと空を確認しちゃったよ。赤貧の公団住宅時代から入学祝どころか誕生日のプレゼントだって貰ったことなかったのに!

 貰えなかったからって恨んでる訳じゃない。お金がなければ当然で、それでも赤飯焚いたりいつもより良い夕食にしたりしてたんだ。

「嵐を呼ぶつもり?どうしちゃったのお母さん」

「要らないの?」

「喜んで貰うけど、俊平さんにでも言われたの?」

 ちゃんと入学祝って熨斗のある細長い箱の中には、金のキューブに赤い石の嵌ったネックレスが入ってた。

「キュービックジルコニアじゃないわよ。鎖もキューブも十八金だし中の石はルビーなんだから」

「えっ!高かったんじゃない?」

「幾らだったか忘れたわ。私が十代の頃にお母さんに強請って買って貰った物だから」

「ずっと大切に取っておいたんだ」

「お金に困ったら売ろうと思ってたのよ」

 何度も困ったじゃない、って嫌味はなしにした。

「ありがとう、私も大切にするね」

「……ようやく話が終わったみたいね」

 プイッと背を向けてせさっさと行っちゃった。お祖母ちゃんが私達を捜しに庭に出て来てる。

「良かったな。お母さんもそれお気に入りだったんじゃないか?」

 おいおい眞宙君、人が好過ぎるよ。

「まさか、お母さんが昔買ったアクセサリーを売りも捨てもせずに貯め込んでたのなんて知ってた。自分の物は何も手放したくない人なんだから。どうせなら真珠の方が欲しかったな。五本は持ってたはず」

「そう…なんだ…」

「引っ越しの時一番多かったのはお母さんの荷物でさ。うん、まあ大人だから多いのは当たり前だよね。初めてお母さんの部屋に入ったら、部屋の半分は段ボール箱が占領してた。中身は知られてないって思ってたろうけど、なんだって雑なんだもん、これなんだろうって好奇心で覗いちゃうって」

 使われないままの書道具に美術の道具だの、一八〇色揃った色鉛筆もあった。十二色だって買い渋られた記憶があるのにね。

「偉いぞ、よくありがとうって言えたな」

 褒める割に声が渇いてるぞ。

「生まれてからの付き合いだからね。それに今日を壊したくない。行こ」


 翌日にはお祖母ちゃんからアンティークのライティングビューローが贈られて来た。

 ロココ調だって、お祖母ちゃんアンティーク家具に凝ってるからなぁ。デスクはあるんだよ近代的なのが。

 私の部屋の可愛いは大半がお祖母ちゃんが買ってくれた物だ。お母さんに遠慮しなくなったお祖母ちゃんの可愛い攻勢で、殺風景だった部屋は友達呼べば「可愛い!」って叫ばれる部屋になってた。小雪と夜は一緒に寝てるんだけど、犬用ベッドもお祖母ちゃん見立てのお洒落なベッドなんだよね。大抵は私の足元で寝てるけど。

 そんな部屋だから合わなくはないけど、使うかどうか分かんない物で部屋が埋まるのも、私的には複雑だったりする。可愛いより実用なのです孫は。

「きゃ~、素敵ぃ。お祖母ちゃんやっぱ趣味がいい」

 と予想通りの黄色い声を上げたのは桜子だった。私と同じクラスになれなかったことにいつまでも文句を言いながら、克美や弥生と三人でうちに遊びに来たんだ。特別進学クラスと普通進学クラスじゃしょうがないよ。

「きっとこの部屋のインテリア、お祖母ちゃんの頭に全部入ってるよね。だって部屋の雰囲気にとても合ってるんだもん」

「そう?申し訳ないことに私は未だにインテリアに疎いんだな」

 ずっと赤貧チルドレン(昭和の偉人の言葉)で、学業に必要な物さえ事欠く公団暮らしだったから、そっちの感覚が育たなかったんだろうなぁ。

「相変わらずお線香臭いねこの部屋は。嫌な匂いじゃないけどJKの趣味じゃないよ」

 言いつつ克美が一番ライティングビューローに興味惹かれてる。読書家で文房具集めるのが好きだから、素直に羨ましいって眺めまわしてた。

「王様は古い物が嫌いなのに、お祖母ちゃんは大好きなんだ」

「嫌いなんじゃないよ。古い物ってなんか憑いてたりするから、それが嫌なんだ」

 ライティングビューローもなんにも憑いてないことを入念にチェックしてから部屋に置いた。

「アンティーク人形置いたら似合うのに。王様は縫いぐるみも置いてないんだもんね」

 桜子はそう言うけど。人形系ってモノが憑き易いし、憑いてなくてもなんかの拍子に憑かれちゃうんだもんな。

「桜子に貰った縫いぐるみは、ちゃんとリビングの目に付くとこに置いてあるじゃん」

 訴えたいのはそれでしょ。

「桜子は部屋に置いて欲しかったの!」

 可愛らしくそっぽを向かれた。ホントに何て可愛いんだろう。女の私でもそう思う超可愛らしくて人を逸らさないのが桜子で、名前通り桜色の物がとてもよく似合う。

「ごめん、それだけはご勘弁を桜子様」

 お道化て謝ってると、克美は不意に思い出したように訊いた。

「眞宙君はいなくなっちゃんたんだよね。元気にしてる?」

 話題を変えてくれてありがたや克美様。

「うん、元気だよ。入学式に一緒にお祝いして貰ったんだ」

「荷物はもう全部持ってっちゃったの?」

 ずけずけと男子の部屋に入ったのは桜子だ。自分の魅力を信じて疑わないとこは怡君と同じだな。あっちも可愛い系の美人なのも同じ。

「申し訳ないって、狭い部屋にみんな持ってこうとするから、私とお父さんで必要ない物は置いとかせたんだ。夏休みとか帰って来るって約束させた」

「じゃあみんなで海に行こうよ。今の内にみんなの夏休みに予約いれさせて。去年は受験で行ける雰囲気もなかったし。伯父さんの静岡の別荘、今年は海外勤務になっちゃったから好きに使っていいんだって。一週間位なら子供だけで使っても構わないってパパが言ってくれたの。行かない?」

 こういうイベントには一番に乗って来る弥生が乗って来ない。視線が集まったことにも気付かずに、物思いに耽りながら小雪を撫でまわしてる。

「弥生ちゃん、どうしたの?」

 物思いに耽ること自体珍しいタイプなんだ。

 桜子に訊かれて弥生ははっと我に返った。

「ごめんごめん。特別進学クラスって案外勉強が難しいなって」

「そんなの王様に教えてもらえばいいじゃない。夏休みにさ、眞宙君も悠斗も連れて静岡の伊東市にある別荘に行かない?海も近いの。一週間位さ」

「いいねぇ」

 パッと顔色が明るくなったから私達はホッとした。いつもの彼女に戻ったって。

「伊東市って伊豆の近くだよね。そんなとこに別荘持ってたんだ。凄いね桜子ちゃんは」

「海外勤務になっちゃった伯父さんちのだよ。そこから聞いてなかったな!海の近くでね。宇佐美海水浴場だったっけ?海水浴場も近いの」

「確かコロナだからって買った別荘じゃなかった?」

 って克美が記憶層から引っ張り出した。

「よく覚えてたね。コロナが解禁されて今年は遊ぶぞ!って家族で喜んでたのにルーマニア勤務だって、本気でお気の毒だけど得しちゃった」

「おお、ドラキュラ伯爵の!」

「珍しいとこが赴任地になっちゃったんだね。でも嬉しい絶対行く!」

「でもさ悠斗までいいの?つーかパシリに考えてないかね?桜子君」

「いえ~す。自炊だから王様いないと始まんないしね」

「やっぱりそれが狙いか!いや、いいですけど、喜んでいくし料理も嫌いじゃないけど、男は悠斗と眞宙だけ?桜子ちゃんちのお兄さんは?大学生だよね」

「居るよ。被るかどうか分からないけど受験の疲れをそこで癒すってぬかしとる。ついでに弟も連れてけって言われたんだけど、いいかな?」

陽斗(はると)君だっけ?桜子ちゃんに子守を任せるなんて、親御さんもよく決心したもんだわ」

 弥生が腕を組んで考え込む振りをする。

「全然可愛くないし桜子はやなんだよ。でもそれが条件なんだぁ。子供の面倒見れるようになっとかないと、将来子供産んだ時の為だって。大きなお世話だっていうの」

 親が再婚したのはうちと同じなんだけど、何年経っても彼女は再婚相手も生まれた子供も認めないままなんだ。子守は悠斗で決まりだな。

「相部屋になるけど男女別々には出来るよ」

「大丈夫、うちの弟は床で寝かしとけばいいから」

「お盆は外してくれる?今年は曽祖父ちゃんの初盆だから」

 克美の言葉に桜子は頷いた。

「じゃあ七月の末頃から八月の初め頃ってことで話してみるね。桜子としては海水浴以外はダラダラしてたいな。本をたくさん読んで」

「何持って行こうかな。推理物?怪奇物?」

 本のことでは桜子と克美は話が合うんだよね。私と弥生も読むけど二人の足下に及ばない。

「部活はどうする?もう決めた?私は例の如く親一人子一人で家のことしなきゃなんないから帰宅部だけど」

 と弥生が訊ねる。

「書道部と美術部」

「美術部?中学では帰宅部だったじゃん」

 堅い印象の克美とはイメージが合わない気持ちはみんなした。

「書道は小学生の時やってて、またしたいとは思ってたんだ。美術は自分を少し変えたいなって。私の中って暗い色ばっかりな気がするんだ。たくさんの色を思考に入れて視野を広げたいなって、私感覚なんだけどね」

「アプローチの仕方は人それぞれだけど、そしたら克美ちゃんお洒落になって美人に変身するかもね」

 と桜子。

「何故?」

「だって美術好きな人ってお洒落な人多いじゃない?」

「拘りが強い感じあるよね。ブランド統一して」

 私も同じように思ってた。

「なるかな?まあ、お洒落って解かんないから解かるようになるのは嬉しいけど」

「アハハ、克美と桜子って見た目違うのに中身の共通項多いよね」

「だね。桜子も美術部に入るつもりだもん。茶道部と掛け持ちで」

 それを聞かされてたから笑ったんだよね。

「私も帰宅部しなくていいから科学部入ることにしんだ。目指せ『科学の甲子園』優勝」

 って拳を上げる。これまでの人生の大半の放課後は家事で占められてた。

「でも毎日じゃないから、小雪とアジリティの訓練も始めてるんだ」

 嬉しそうに小雪がワンと鳴く。

 お父さんにお強請りして買ってもらったアジリティグッズで、目指すぞアジリティ競技会優勝。私は常にトップを目指す美少女なのだ。

「王様って出来ちゃう人だから、『科学の甲子園』優勝もアジリティ競技会優勝もどっちも達成しちゃう気がする」

「うん、男になる以外は…背を伸ばすのも身体にメリハリつけるのも無理か」

「出来ないこともあるから出来ることは極めちゃうんだな、うんうん」

 克美と桜子が褒めてるようで憎らしいことを言いやがる。

「でもみんなで同じ高校に入れて私がどれ程喜んでるか、みんなにはわかんないだろうな」

 なんだかしみじみと克美が言うんだ。

「どした?克美らしくないぞ」

「そうそう、いつものクールさは何処にやっちゃったの?」

「クールに見えてるなら嬉しいけど、感情表現が下手なだけだよ。みんなが他の学校選んで、一から人間関係構築しないといけなかったりしたらストレスなんてもんじゃない、恐怖だよ」

「ああ、克美ってコミュ障なとこあるから。友達同士で班分けしろなんて言われたら、「友達?仲良しだけど友達かどうかなんて判んない」って悩んで出遅れるタイプだよね」

「それな!私達中学でもずっと同じクラスだったし気も合うし友達だって言えるけど、学校でしか会話しない関係って、知り合いだけど友達じゃないでしょ?大人って簡単にお友達同士とか言うから」

「それを真面目に受け取るとこがコミュ障の証拠だわ」

 両手を広げて桜子は肩を竦めた。

 うん、私も同意見だ。


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