第二十三話: 大迷宮に挑む一行
ベア吉を中心とし、その左右を僕と月子が角灯を提げてやや先行する。ヒヨスは後方に付き、一行を俯瞰しながら全周警戒に当たってもらう。
特に打ち合わせをするでもなく、自然と、僕たちはそうした隊列を組んでいた。
付近の音を周りへ漏らさなくさせる風の精霊術【静寂】により、僕の牽いている荷車が立てるガタガタという騒音さえ回廊に響き渡ることなく、更に角灯を覆いで隠して、替わりに光と闇の精霊術【暗視】による視界を得れば、遠間からこちらを感知できる相手は極めて少なくなる。
「みゃっ!」
僕たちの耳にだけ聞こえる、そのヒヨスの鳴き声は警戒を意味した。
一斉に足を止めれば、長い尻尾が伸びてきて右手の方向を指す。
「扉の中か。風の精霊に我は請う、もう少しだけ外の音をくれ」
【静寂】で操作している音の響きの指向性を微調整し、僕たちの周囲の音は外へ漏らさぬまま、外部の音だけを近くへ向けて増幅していく。
――カシャン、カシャン……カタカタ……。
「ああ、イヌボーンだ。美味くないな」
「食べられませんものね。どういたしましょうか?」
「この通路に敵は残しておきたくはない。とりあえず倒しておこう」
「はい」
月子へ声を掛けた僕は、その返事を聞くと同時、ドアに備え付けてある取っ手にも触れぬまま、いきなり足で蹴破って中へと飛び込んだ。
もう既に幾度か訪れているため、扉をくぐった先が右手方向へ伸びる幅と奥行き二ブロックの玄室だということは把握済みである。
ああ、一ブロックは、一辺が五六メートルほどの立方体と考えてほしい。
僕たちが現在いる回廊――大迷宮の最小構成単位となっている。
つまり、この玄室の間取りは、扉を出て右へ伸びる一辺十二メートル近い正方形というわけだ。
そこに群れなすのは五体の……直立する骸骨だった。
いや、流石はファンタジーな異世界と言うべきか。学校の保健室にでも置かれていそうな骨格標本さながら、肉がまったく残っていない剥き出しの骸骨たちである。
ただし、人間の骨とは些か異なっており、身長一五〇センチくらいの小柄な体格で短い尻尾の骨が付いている。何より、獣の特徴を備えた……犬の頭蓋骨が首の上に乗っていた。
怪談と間違えて登場したのではないかと思われるこいつらは、この大迷宮に棲息している犬の頭を持つ怪人――イヌマンの白骨死体が動き出したものらしい。
イヌマンは、まさに直立した犬といった外見をしているのだが、毛ではなく柔らかな鱗を持ち、金属武器を携えている。と言っても、頭の中身は犬とそう変わらず、キャンキャンと吠えながら簡素な小剣を振り回し、形勢不利と見れば尻尾を巻いて逃げ出す、やや変わった獣でしかない。
そのイヌマンの骸骨であるイヌボーンが五体、玄室へ躍り込んだ僕に気付き、小さな剣や杭を振り上げて一斉に向かってきた。
舌や声帯がないため吠え声を上げることもなく、されど、筋肉もないのに繋がって動く関節を奇妙にカタカタと鳴らして、その姿は見えない糸で吊られている操り人形を思わせる。
元の世界で学園内に一体でも現れたら失神者続出、大騒ぎになるであろう不気味な姿だ。
「ま、もう慣れたけどな」
奴らが動き出すよりも早く、僕はその数と位置を確認して駆け込んでいる。
一番手前の一体にまず突進の威力を乗せたスコップを突き込み、肋骨を砕きながら上半身だけ吹き飛ばす。止まることなく腰をひねってスコップを水平に薙ぎ払えば、二体目も腰から上下に両断され、崩れ落ちていく。ぐるりと一回転。背後から襲いかかってきていた三体目と相対し、肩に担ぐような位置にあるスコップを大きく振り上げて……真っ直ぐ垂直に打ち下ろす!
頭の頂点から左右へ別れていくイヌボーン3の、それぞれの身体の向こう側に残り二体の姿が見えた。
「ああ、一人で全部はやれなかったか……」
その呟きへ被せるように、ベア吉のぶちかましとヒヨスの尻尾攻撃が残る二体のイヌボーンを粉々に砕き、大きな粉砕音が玄室内に響き渡ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日間の探索により、この大迷宮については大凡のことが分かってきていた。
既に、フロア最外周をぐるりと囲む回廊の存在が明らかになっており、迷宮全体の形状が一辺十六ブロックの正方形だということが判明している。およそ一〇〇平方メートルの広さである。その内部は複雑に入り組んだ回廊と多数の玄室で構成される文字通りの迷路だ。
しかも、先のイヌボーンを初めとする様々な怪物が巡回し、場合によっては玄室内にひしめき合ってさえいる。
いかにも猛毒を持っていそうな大グモ、人でも喰えそうなサイズの食虫植物、カピバラ並みに大きなドブネズミ、岩の甲羅を背負ったカメ、かつて倒した黒団子の孫といった印象の液状生物……等々、どいつもこいつも極めて獰猛な生き物ばかりだった。
幸いにして、もはや僕らの敵になるような存在ではなく、食用可能な普通?の動植物も棲息、飲用可能な泉まで湧いているため、さほど生活には困らない。玄室に閉じ籠もり、精霊術で扉を固定してしまえば安全に寝泊まりもできる。
不思議なことに、この迷宮内では、怪物の死体や所持していた物品などがその場に長く残らず、しばらく放置してると床に吸い込まれるようにして消えてしまう。
そうした場合、後には、例の涙滴型をした石と、稀に怪物ごとに異なる特徴的な部位や装備品などが残されるのだが、これも更に放置しておけば同様にして消えてしまう。
おそらく、自動的にゴミ処理や清掃を行う機能が備わっているのではなかろうか。
どうやってゴミとそうでない物とを判別しているのかは不明だが……。
まぁ、そのお蔭もあって、多数の生き物が徘徊している割りに臭いや汚れも大して気にならず、意外に過ごしやすい……というのは言い過ぎだが、疲労やストレスはあまり溜まっていない。
未だ、声の主の居場所については目星が付いていないものの、そんなこんなで、僕らは順調に大迷宮の探索を進めることができていたのだった。





