第七話: 学園周辺、捜索する教師
うちの学園は郊外の低山一つをまるごと敷地とするものであり、ざっくり言うと、山頂付近が大学及び短大部と関連施設、山腹をぐるり取り巻く形で高等部と中等部が並び、山裾の一帯には小等部と幼稚舎を囲むようにして守衛棟、事務棟、医務棟、総合運動場と多目的庭園、大講堂、教会、購買モール、駐車場……といった多様な附属施設が広がってゆく。
それら学園キャンパス全体の出入り口が、麓にある学園門となる。
各学部の敷地は壁で囲まれており、学園門へと繋がる学園大路に出ようと思ったら正門か裏門、あるいは更なる壁に囲まれて建つ学生寮の内門を通って外門へ抜けていくしかない。
他にも、高等部と中等部のように隣り合う敷地同士を結ぶ専用通路の通用門などがあるものの、なんにせよ、学園の外へ出るためにはそうしたいくつもの門を通らなければならないのだ。
ちなみに、残りの土地はと言えば、学園大路を代表とする学園道路や細かな遊歩道を除くと、ほとんどが自然を活かした緑地であり、渓流や風光明媚な滝や湖まで存在している。
もうほとんど一つの町と言って良さそうな規模のマンモス学園である。
しかし、周辺地域へ向けた交通の便はすこぶる悪い。
山の麓から二十キロ以上も離れた最寄り駅のある市街地まで……それどころか学園周辺にさえ、バス、電車、モノレールといった公共交通機関が一切通っていないと来たもんだ。
低年齢の児童・生徒は、完全に学生寮で暮らしているわけではなく、一定期間ごとに実家にも帰らされるのだが、様々な観点により徒歩や自転車での登下校は不許可とされており、送迎バスないし保護者の送り迎えは必須である。
一応、申請すれば来賓用の送迎車や手すきの職員の車などを出してもらえはするのだが……。
そもそも学園近辺には疎らに民家――ほとんど学園関係者のお屋敷だ――が点在するのみで、商店に至っては皆無。上空より眺めることができれば、その陸の孤島ぶりは相当だろう。
さて、前置きが長くなった。
そうした諸々を踏まえた上で、美須磨月子の捜索について……である。
先ほど捜索本部で指揮を執っている教頭先生から連絡があり、新たに得られた情報の共有と、ひとまず今後の方針についての話し合いが行われた。
「残念ながら、未だ彼女の確たる足取りを掴めてはおりません」
阿知波碧たちやシスター先生並びに中等部学生からの聞き取り、守衛など学園各所からの情報、それらを経てもなお捜索に進展はなかったようだ。
「近隣の交通会社や警察には話を通してありますので、連携して学園外の捜索をお願いします」
「僕ら二人だけで……ですか? 学園からの応援はなく?」
「そうですね。こちらとしては、状況的に学園を抜け出した可能性は低いと見ていますので」
なるほど、何せ美須磨は目立つ。
その美貌を晒していれば勿論のこと、顔を隠したら隠したで今度は不審で目立ってしまう。
にも拘わらず、ろくに目撃情報が寄せられないとなれば、学園内から動いていないものとする捜索方針も妥当と言えるか。
中等部の学生寮近くで目撃されたという情報を信じるにしても、そこはまだ学園のど真ん中、門衛や守衛に見咎められず麓まで辿り着くことさえ困難だろうに、厳重警備に守られた学園門も通り抜け、この夜道を、徒歩だと数時間も掛かる市街地へ向かっているとは少々考えにくい。
そんな理論に基づき、捜索本部は、彼女が学園のどこかで連絡が付かない状況に置かれている――例えば、緑地で遭難中だとか、部屋に閉じ込められているとか――という方向で動くようだ。
つまり、僕ら二人は基本的に警察、消防団、コンビニ、駅、タクシー会社など、外部組織との連絡要員兼万が一の場合に素早く現場へ向かえる遊撃手として動いていくことになる。
『ん? 曲がりなりにも担任教師が、蚊帳の外に追いやられて情けない……だって?』
いや、こういうとき、普通の学校の学級担任に求められる役割というものは、本校では寮監の先生や学年主任、そして生活指導を主とする学級副担任の領分になっているのだ。
まぁ、そのいずれもが女性教師であり、僕は男であるという理由もあったりするのだが。
ともあれ、初動時の情報擦り合わせを終え、捜索本部が立ち上げられてしまえば、もう重要な仕事はほとんど割り振られないのが常となる。……決して僕が頼りないからではない。
そんなわけで、現在、僕と辻ヶ谷先生は市街地へ向かって車を走らせている最中だ。
辻ヶ谷先生の愛車である国産SUVの助手席に座り、ヘッドライトに照らされていく道の先と左右の路肩に対し、どんな違和感も見逃さないように目を光らせる。
尤も、これで美須磨が発見できる可能性は薄いだろう。
仮に、彼女がどうにかして学園からの脱走に成功し、現在、徒歩で街へ向かっているとしても、この真っ暗な夜道ではこちらが気付くよりも先にライトに気付かれ、身を隠されてしまうはず。
ほとんど気休め、手持ち無沙汰と不安を紛らわすためにやっているようなものだ。
「美須磨は無事でしょうか? 事件に巻き込まれたりしていなければ良いんですが」
「まー、校内のどっかで眠りこけてた……なんてオチなら最高なんすけどねぇ」
学園内にいる/いない。
一人でいる/いない。
彼女自身の意志で行動している/いない。
緊急性がある/ない。
様々な可能性が考えられるが、何にしても、今の僕らにできることはあまりにも少ない。
いつも陽気な辻ヶ谷先生のジョークも車内の重い空気を変えることなく虚しく響く。
「お、コンビニ見えてきましたよ」
「では、まずは聞き込みと参りますか」
「もう本部の連絡は行ってるはずなんで見込みはなさそうですけどね」
「ですねぇ……おっと、そう言えば本部のSNSチェックしておきましょう」
学園からは最も近い商店である非チェーン店のコンビニに到着し、僕は放っておくと際限なく悪化していきそうなザワザワした気分を落ち着かせるため、頭と手を動かし始めるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから市街地まで、僕たちはしらみつぶしレベルで聞き込みしながらも、これといった有力情報を得ることなく、学園最寄りの駅前へと到着した。
「それじゃ、白埜センセは駅周辺をお願いします。僕の方は繁華街と、もうちょっと範囲広げて街道沿いを当たっていきますんで」
「分かりました。何かあってもなくてもまめに連絡取り合いましょう」
「了解っス」
ここからは二手に分かれることにする。
一応、担任教師である僕はあまり動かず定点監視、車を持つ辻ヶ谷先生が広範囲を捜す形だ。
と、軽く手を振り合い、辻ヶ谷先生と別れようとしたとき、ぽつんと額に何かが当たる。
「――冷た。……うわ、雪、降り出してきちゃいましたね」
「ホントだ。パラパラ来てる。これは積もるかな」
「車、事故らないように気を付けてください」
「こいつは雪道強いんで大丈夫っすよ。あー、それにしても、憎たらしいほどに絶好のホワイトクリスマスっすねぇ」
「はは、あとはサンタからプレゼントに無事な生徒が貰えたら最高です」
「ワハハ、そりゃ良いっすねー」
そんなやり取りをしながら辻ヶ谷先生と別れる。
『さて、まずは駅員と交番と近くの店に協力要請だな』