第二十話: 鬼の巣を進み行く一行
三人の女性ケオニは、やはり僕らを案内する役らしかった。
彼女たちがケオニ族の中でどういった地位にいるのかまでは残念ながら不明だ。
しかし、明らかに他の連中から一目置かれている様子が見て取れ、その手を一振りするだけで回廊を塞いでいた多数のケオニどもが散ってゆき、僕ら……と言うか月子に対して下卑た態度で絡もうとした戦士ケオニの一団は、赤毛ケオニに一喝されただけですごすご立ち去っていった。
現在、僕たちは彼女ら三人の後を付いて、回廊を奥へ奥へと進んでいた。
「どこへ向かっているのだろうか。どんどん敵地の奥へ引きずり込まれていく気分だが」
「この状況で罠に嵌めようと言うのでしたら、こちらも一切の容赦は不要となります。脱出には苦労しないのではないでしょうか」
「まぁ、カーゴビートルも厳重に埋めてきたし、出口までの道も分かる。もう戦いで後れを取ることもないと思う。なんなら、食料は十分にあるから適当な玄室で籠城したって良いか」
「はい、たとえ今この場で取り囲まれたとしても問題ありませんよ」
「はは、君がいれば安心だな」
「私も松悟さんがいてくだされば安心です」
「みゃあ!」
「わっふ!」
「もちろん、お前たちも頼りにしてるからな」
言うまでもなく、僕ら全員、特に武装解除などはされていない。
流石に武器は手に持ったままではなく仕舞ってあるが、ベア吉とヒヨスも付いてきているし、相当量の食料や素材などを積んだ荷車も牽いている。
荷車の物資は、砦に置いてこなければならなかったカーゴから持ち出したものだ。
この回廊はカーゴを乗り入れることができるくらいの広さはあるものの、方向転換できるほどではなく、まして扉をくぐることなどできやしない。
乗ったままで来るという選択肢はなかった。やむを得まい。
ちなみに、カーゴはケオニどもに悪戯されないよう、砦の上部をぶ厚い岩盤のドームで囲って埋めてきた。
ここの滞在がどれほどになるとしても、再び出発するまでに破られはしないだろう。
「ギギア、ゲヒア」
考え事をしていたら女性ケオニの一人に声を掛けられた。
やはり言葉は理解できないが口調は穏やか……軽い叱責? 大方、『ぼーっとしないで』とか『ちゃんと付いてきなさい』とかだろうか。『おしゃべりはやめて』という感じではないかな。
「少なくとも敵意はなさそうだ」
「そうですね」
赤毛ケオニとそのお供であろう二人の女性ケオニは、特に武具らしき物を身に着けていないが、自然体でこちらを警戒する様子もなく、一定の速度で立ち止まらずに僕らを先導していく。
警戒心が感じられないのは、当然、信用されているからではないだろう。腕に自信があるのか。あの“声”の意を酌んでのことか。
先ほどのように、時折、振り返って何やら声を掛けてくるのを除けば基本的に無言だ。
いくら話しかけても応じてくれはしないので、既にコミュニケーションについては諦めている。
ともあれ、彼女らの態度を含め、ここまで特に不穏な気配もない。
この回廊は、門の外観だけではなく、内部の間取りもあの玄室とは随分違っていた。
廊下の幅は常に変わらず、突き当たりや脇道で直角に曲がらない限り、真っ直ぐ伸びている。
左右の壁にまばらな間隔で付いている扉は、ほとんどが閉ざされ、中がどうなっているのかは不明だ。ただ、扉の先がそれぞれ一つの部屋なのだとしても、全体の広さはちょっとした学校や病院の一フロア分を優に超えるのではないかと思われる。
そこで数百人規模のケオニが暮らしているらしかった。
「見たところ、戦士ケオニは貧民みたいな扱いなんだな」
「血みどろの喧嘩、酒盛り、荷運び……あとは寝ているか、それだけのようですね」
「なんとも退廃的な生活だが、被差別階級と思えば……うーむ」
他にも、咄嗟に月子の目には入らないようにしたのだが、開け放たれた扉の中の大部屋にて、男女の戦士ケオニらが大勢で見るに堪えない乱行に及んでいたこともあった。
それを見た案内役の女性ケオニが小さく舌打ちし、「ゲウフィ」と低く吐き捨てたことから、流石にあれが一般的な行為というわけではないのだろう。その言葉の意味は分からないにしても。
どうやら、戦士ケオニの住む場所は入り口近くの区画に限られていたようで、奥へ進むにつれ、見られるのはやや小柄なケオニばかりとなってきた。
「弓ケオニですね」
「ああ、なかなか長閑な雰囲気だ」
こちらは比較的、牧歌的な生活をしていることが見て取れた。
ヤギに似た家畜を連れ歩く者がいたり、どこからともなくリズミカルな音――争いではない、トントン、コンコン、ダンダン……といった、おそらく石材や皮革を加工する音ではなかろうか――が聞こえてきたり、辺りに姿は見当たらないものの、時折、扉の中から子どもたちと思しき朗らかな声も響いてくる。
戦士ケオニたちのように露骨に悪意剥き出しの目を向けてくる輩もいない。
四方を石材で囲まれた回廊でなければ、どこかの田舎で通りでも歩いている気分になったかも知れない。
そんな風に辺りを観察しながら、三十分以上は歩いてきただろうか。
ようやく案内の女性ケオニたちが立ち止まり、三人揃ってこちらへ向き直った。
「ゲーア、ギィギギーイ」
と、赤毛ケオニが何やら声を発し、片手を奥へ向かって大きく振るう。
少し前から気付いてはいたが、ここは回廊の突き当たりだ。
しかし、近くまで来て初めて足下に大きな穴が空いていることに気付く。
いや、ただの穴というわけではない。
それは下り階段だった。





