第十八話： なおも対話を試みる男、謎の声
まるで湯船に浸かっているかのような恰好で、地面の中から上半身を出した弓ケオニが二人、目の前で地面にあぐらをかいた僕を訝しげに見上げてくる。
「じっくりコミュニケーションを図っていくとしよう。苦手な分野なんだけどなぁ」
「よろしければ替わりましょうか？」
「ああ……いや、こいつらが劣情をもよおしても困る。君は後ろで顔を隠していてほしい」
「……はい」
考えてみれば、それほど複雑な意思疎通は必要ない。
僕らとしては、ひとまず争うことなく玄室の中へ入らせてもらえるだけでも構わないのだ。
内部を見てみて、あの岩壁の玄室と同じように、いくつかの部屋がある程度であれば、無理にケオニから間借りせずとも今いる空洞の砦で事足りる。別に長居するつもりもないわけだしな。
奥の方で通路や別の施設へ続いているのだとしたら、ただ通してくれればそれで良い。
目指すべき着地点は、お互いの不干渉……不戦条約の締結といったところか。
こいつらには門の中にまだいると思われるケオニたちとの間を取り持ってもらおう。
僕はスコップを持ち上げ、軽くケオニたちに突きつけた後、お互いからやや離れた地面に置き、何も持っていない両手を広げて見せた。
続いて、連中の鎚矛を持ち上げると、自分の頭にコツンと軽く一当てし、やはりお互いの手が届かない地面へ置く。そして、改めて掌を上に向けて前へ差し出して見せた。
「分かるか？ お前たちと敵対する気はないんだ。邪魔せずに門の中を見せてくれないか？」
身振り手振りを交えつつ、戦いたくないという意志をどうにか伝えられないかと試みる。
弓ケオニの胡乱げな表情やあからさまな嘲笑に早くも心がめげそうになる、が。
あれこれ表現を変え、粘り強く続けること暫し。
……うーん、要求どころか交渉の意志が伝わった様子すらも感じられないな。いや、こちらに殺意がないことだけは伝わったのか、疾うに緊張感が失われ、でかい欠伸をしてみたり、僕への興味を失ったかのような態度を見せ始めている。こいつら……。
対照的に、ケオニどもから見えていない僕の背後では、月子やチビどもの苛立ちが加速度的に高まっていくのを感じる。
「松悟さん、やり方が手ぬるすぎはしませんか？ 私たちは勝者なのですから」
「そうは言うが、こいつらは痛みも死も恐れそうにないからなぁ。飴と鞭ってわけにもいかない」
「ふっ……この方たちと比べたら、ベア吉とヒヨスの方がよほど賢いですね」
「にゃあ」
「……わふぅ」
「それは言わないでおいてやろうよ」
とは言え、確かにこのままでは時間ばかりが掛かってしまいそうだ。
戦士ケオニより、よほど話が通じそうに思えた弓ケオニですらこのレベルでは埒が明かない。
もっと頭の良い奴……なんなら、玄室の中に王様なり族長なりがいたりしないだろうか。
「よし！ コミュニケーションについては一旦切り上げよう。先に玄室の方を調べる」
「はい、それがよろしいかと思います。この場はどうしましょうか？」
「このまま放っておいても構わないだろう。ああ、なんなら全員埋めておくかい？」
「それでは弓の方たちも達磨さまにしておきます」
「氷かい？」
「いえ、石ですけれど」
なるほど、地面から首だけ出しておくよりは絵面が良いかも知れないな。
……ん？ ひょっとすると、月子、ダルマが気に入ったのか？
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
二体の氷ダルマと三体の岩ダルマを玄室門の側に安置し、カーゴビートルを砦の上部へ戻した僕たち――僕と月子、ヒヨス、元気になったベア吉――は、ようやく玄室門の前に立った。
以前に暮らしていた岩壁の玄室門とはまるで趣が異なる、山に空いた隧道の入り口を思わせる高さ四五メートルほどの大きな門が、空洞内の岩壁からやや突き出すようにして存在している。
最前面では、以前に僕らが設えた二枚の大扉が、左右に大きく開かれていた。
中は見通せないくらい奥の方まで真っ直ぐ続いており、玄室というよりは回廊の方がしっくり来るだろうか。予想した通り、内部はあの不思議な石材で組み上げられているが、左右の壁にはいくつかの木製扉も見える。
よく見れば、奥の方の扉はどれも僅かに開いており、何者かがこちらの様子を窺っていた。
「ギッ……ギギッ……」
ケオニたちだ。その数、確認できるだけでも十人どころでは利ない。
やはり表に出てきた奴らだけで打ち止めなんてことはなかったか。
「あれだけの人数との戦いは避けたいですね」
「この石材に囲まれた狭い空間じゃ精霊術はかなり使いにくいしな。なりふり構わず、殲滅するつもりならまだしも……。さぁて、これはどうしたものか」
と、そのとき、僕たちの耳が異質な音を捉えた。
――グッグッ……ガバア、ギィー！ ギギャア！
ただのケオニの鳴き声……ではない！
突然、周り中から鳴り響いてきたかのような、鼓膜を突き破り脳へ飛び込んできたかのような、得も言われぬ違和感を持つ怪音波によって、耳が、頭が、痛みさえ覚えてくる。
とりたてて音量が大きいわけではないのに、ガンガンズキズキとした感覚が頭の中をかき回す。
「な、なんなんだ、この声っ！」
「うぅ……」
「みゃ？」
「わぅ？」
ベア吉とヒヨスは感じていないのか？ いや、ひょっとして聞こえてもいないのか？
おそらく音が発せられたのは一度だけなのだと思う。
しかし、その音は頭の中で反響するかのように延々と繰り返されていく。
――ギギッ……テ、レ……モー……ゲゲギャ……シャダ……。
少しずつ音を変えながら。
徐々に、徐々に、ラジオの周波数を合わせるかのように違和感を減らしながら。
やがて、その声はハッキリとした意味を持って……。
――……もう良い、入れてやれ。……そやつらは異世界人だ。
途切れた。
