第十二話: 獄火を喚ぶ男
恐るべき不死身の肉体を備えるケオニどもではあるが、実のところ、それ以外の面ではもはや強敵と呼べるような相手ではなさそうだ。
僕の腕よりも太い長さ一メートル以上の岩石棒を片手で軽々振り回す膂力には驚かされるし、もちろん、その破壊力自体も大きな脅威だ。
しかし、己自身の肉体が備える体力と防御力に自信がありすぎるためだろう、攻撃はあまりに大雑把で力任せの単調な大振りばかり。注意していれば当たることなどあり得ない。
「風の精霊に我は請う、受け止めろ」
岩石棒を斜めに振り下ろしてきた戦士ケオニAが【大気の壁】に突っ込み、激しい向かい風で突進と攻撃の勢いを殺された。そのほとんど止まったような動きは恰好の的となる。
「火の精霊に我は請う、燃えろ!」
「ギギャア!」
最初に弓矢を潰しておいたのが効いている。
思い返してみれば、弓ケオニの射撃はかなり正確だったように思う。反応速度や状況判断など戦士ケオニどもとは比較にならない知性が感じられた。案外、弓ケオニは戦士ケオニより上位に位置するエリート部隊なのかも知れない。
察するところ、戦士隊の位置付けは、弓隊の支援を受けて暴れる命知らずの切り込み役か。
援護を失ったこいつらだけなら、こうして二人同時に相手取るのも難しくはない。
そして、奴らの最大の強みである不死身についても徐々に底が見えてきている。
ここまで、それぞれに三四発ずつ撃ち込んだ【火球】は着実にダメージを与えていた。
そうして分かったことだが、どうやら奴らは火による傷だけは即座に癒やせないらしい。
今もAが身に着けている皮鎧の胸当てに直撃した【火球】が燃え上がり、その顎髭を焼くが、やはり下顎周辺に負わせた火傷が治っていく様子は見られない。
ただ、【火球】ではちょっとばかし火力不足だな。
このまま当て続けていても、こちらが疲れて動けなくなるまでに倒しきれるかどうか。
より上位の【爆炎】でも一度や二度では足りなそうだ。
それ以上の炎を人に浴びせることに躊躇いはあるが……改めて覚悟を決めよう。
前方の左右からやや時間差を置いて迫ってくる戦士ケオニAとCの姿を正面から見据える。
猿と狼を混ぜたような顔、ゴツゴツとした灰色の肌、長い毛で全身を覆われており、言葉など通じない。確かに獣のようだ。粗末な衣服と武具を身に着けていれば、それこそお伽噺の怪物か。
いや、いくら鬼だ畜生だと呼ぼうとも、どこかで人間と思えてしまう気持ちは消せやしない。
それを認めた上で……戦いを終わらせるため、ここからは生命を奪うことも辞さない!
大上段に振り上げた岩石棒を振り下ろしながら襲い来たCに対し、僕はこちらからも踏み込み、両手で斜め下に構えていたスコップを地擦りさせつつ振り上げる。
「ウオオリャアッ!」
自分を鼓舞するため似合わぬ咆哮を上げれば、跳ね上がったスコップの刃はCの前腕を捉え、その半ばから先だけが棍棒を握ったまま空中へ飛んでいく。更に大きく踏み込めば、そこはもう後続するAの間合い。振り上げたスコップを上段に構え直し、飛び上がって真っ直ぐ打ち下ろす。
残念ながら、その攻撃は岩石棒によって受け止められ、ダメージには繋がらなかった。
しかし、十分に勢いと重さの乗った威力に負けたAは、その場でガクリと両膝を突く。
――ここだっ!
【爆炎】を超える精霊術となると、僕では敵を前にして使うのが難しくなってくる。
具体的には、落ち着いて二三回呼吸できるくらいの余裕は必要なのだ。
チャンバラで息を切らした今の状況はギリギリなのだが、なんとか行けるだろう。
「火の精霊に我は請う……」
請願に応じ、膝を突いた体勢から立ち上がりかけているAの足下に浮かび上がっていくのは、スポーツの競技場に描かれるセンターサークルを思わせる円だ。しかし、その色は白ではなく赤。ゆらゆらと赤く仄かに光る円は、慌てて飛び退こうとするAの動きよりも速く渦巻くようにして収束する!
「――噴き上がり、焼き焦がせ! 劫火の柱!」
そして地面より、天を衝くような勢いで真っ赤な火柱が噴き上がった。
赤円の内側から逃れられなかったAは一瞬で激しい炎に捲かれて姿が見えなくなるが、同時に「ギギャアアアア!」という身の毛がよだつ絶叫が響き渡る。
あー、これは想像以上の……だなぁ。
地獄の業火もかくやという、本能的な畏怖さえ覚える光景だ。
あのヌッペラウオが使ってきた火柱攻撃を模したこの【劫火の柱】は、奴のように気軽に連発できないものの、動きの止まった相手であれば一気に仕留めきれるだけの威力を持っている。
弱点である炎をこれほどの火勢で浴びせられ、全身を焼かれたAが無事とは思えない。
生きていたとしても虫の息だろう。
「はぁ、我ながら過剰防衛も甚だしい……。まさに侵略者の所業だよ」





