第八話: 切り込んでいく男
順調にケオニたちの無力化が果たされつつあると見て、僕は砦から打って出る準備を調える。
まぁ、防寒具の下に着けた防具を確認し、愛用のスコップを手に取るくらいなんだが。
「じゃ、ちょっと出てくるよ」
「くれぐれもお気を付けくださいね」
「ああ」
砦上面の縁、胸下ほどの高さで形作られている胸壁へ上がり、念のため、ケオニたちの様子を最終確認しておくこととする。
手前にいる三人の戦士ケオニは、それぞれ背中合わせになった不格好な円陣を組み、ヒヨスの見えざる奇襲と月子の射撃を凌いでいるものの、既に身体の大部分に凍った血をまとわせており、動きがかなり鈍くなっている。
手に持つ丸盾と棍棒も重くて重くて仕方なさそうに見えた。
後方の玄室門へ目を向ければ、大きく開け放たれた石扉の付近にも三人のケオニの姿がある。
僕の【火球】で弓を焼かれてしまい、武器を小さな棍棒へと持ち替えた元弓ケオニだ。
遠距離攻撃とヒヨスをかなり警戒しているらしく、三人一組で固まって棍棒をめったやたらと振り回しながら、こちらへ向かってくる歩みは極めて遅い。
玄室門の奥にも目を凝らしてみる。
だが、今のところ、そちらより更なる増援が現れる気配はなさそうだ。
戦況はこちらの優位へ大きく傾いており、このまま射撃戦だけでも圧倒できそうな雰囲気さえ漂っているが、まだ相手は全員がやる気十分で交渉に応じてくれるとはまったく思えない。
力が正義とでも言いそうな連中だし、堂々とやりあって武威も誇示しておいた方が良いだろう。
「よし! 行くか!」
そこまで確認したところで、僕はスコップを握る手に力を込め、一声上げて気合いを入れる。
「風の精霊に我は請う、跳ぶぞ」
請願すると同時、胸壁の端を蹴って宙へと身を投げ出せば、砦の外で吹き荒れている旋風にも劣らないほどの猛烈な突風に後押しされ、ひとっ飛びで戦士ケオニたちの側まで辿り着く。
弾力さえ感じるような大気の壁を通り抜けてふわりと着地した僕は、そのまま止まることなく体勢を立て直しつつ……思いっきり地面を蹴って駆け出す!
「ゲギャッ!?」
おそらくは驚愕の表情なのだろう、一番近くにいる戦士ケオニAが、長く乱雑な前髪に隠れた目を不器用に歪め、慌てて丸盾をこちらへ向けようとするも、その反応は些か鈍い。
間近で見ればかなりの威圧感を受ける、武器と防具で身を固めた身長二メートル超の大男だが、これまで大きなヒョウやら大きすぎる泥団子やらと戦ってきた僕にとって、もはや彼らの姿形は恐怖に身をすくませるほどのものではなかった。
背を低くしたまま、その懐へと一気に飛び込み、振りかぶったスコップを薪割りの斧のように振り下ろす。
狙いはこいつが手に持つ棍棒だ。
先端が地面に引き摺られているほど巨大な棍棒は、長さだけではなく太さもあり、見るからに硬そうである。材質は木かと思っていたのだが、どうやら岩らしく、重量も相当なものだろう。
スコップは、その持ち手の近くに命中し、ガギィイィ!と耳障りな甲高い音を響かせた。
衝撃に手の握りを緩ませ、戦士ケオニAは岩石棒を取り落とす。
「火の精霊に我は請う、燃えろ」
Aの手から離れた岩石棒がズン!と地響きを立てて倒れるのを意識の端で捉えつつ、僕は次の目標――戦士ケオニBを目掛け、至近距離から【火球】を放つ。
武器を突きつけ合っている相手でなければ賞賛したいほどの反応速度を見せ、既に僕を狙って岩石棒を叩きつけようとしていたBだが、それでも不意打ちを成功させた僕の方が僅かに早い。
火の玉はBの右手首で炸裂して燃え上がり、たまらず手放された岩石棒が、すっぽ抜けて脇へ投げ飛ばされてしまう。
そして、ほとんど間を置かず。
ヒヨスと月子によって最後の一人――戦士ケオニCの手からも岩石棒が弾き落とされる。
盾を持つ腕を半ば凍りつかせ、もう一方の手も傷つき、既に武器を持たない三体の戦士ケオニ。こちらへ向かってくる元弓ケオニたちは、未だすぐに到着するほどの距離にはない。
「これにて制圧完了……かなっ!」
なおも背後から殴りかかってくる戦士ケオニAを察知し、身を低くしてその拳を躱した僕は、立ち上がりながら振り向きざまにスコップを突き出す。と、槍の穂先を思わせるその先端は予測通りにAの眼前へと突きつけられた。
勝負あり! 降伏勧告のつもりで大音声を上げようと、僕は深く息を吸い込んだ。





