第六話: 交渉中、方針は如何に
「待て! 話せば分かる!」
――ヒュッ! ヒュン!
「あっぶな! おい! 言葉は通じなくてもこっちに敵意がないことくらい分かるだろう!」
「ゴバァ! ギギッ」
「「ギィー! ギィー!」」
前方で大きく軌道を曲げ、遙か遠くの岩壁へ刺さることもなくぶつかっていく矢であっても、こちらへ向けられた弓から放たれれば、決して小さくはない恐怖を感じてしまう。
広い空洞内で吹き荒れる猛烈な旋風――気象衛星に写された台風のような旋を描く、その風の目に当たる中心部にて、僕らは地の精霊術による防御陣を構築し、岩の大扉が広く開け放たれた玄室門と相対していた。
門の内部には三体のケオニがおり、こちら側を頂点とする正三角の陣形を組み、連続して矢を射掛けてきている。
「松悟さん、どう考えても話し合いは難しいかと」
「ここまで問答無用だとは予想していなかったんだ」
「風の精霊にお願いして、ちゃんと声をあちらへ届けているのですよね?」
「……のはずなんだが、丸腰で両手を挙げているんだから、とりあえず撃つの止めてほしいな」
「ひょっとすると、これがやりすぎだったのかも知れません」
「彼らを警戒させてしまったのだろうか」
僕らが陣取るこの防御陣は、二枚の【岩石の盾】を前面に展開したお馴染みのものとは随分と様相が異なっていた。
カーゴと共に僕たちがいるのは、ちょうどプリンのような形をした円錐台の上だ。
高さは三・五メートルほど、前面には五枚の【岩石の盾】が立ち並んで堅固な防御壁を成し、背後はなだらかな坂道を描きながら地上に繋がる洞窟へと向かっている。
端的に言って、砦であった。
「いや、しかし、出会い頭に矢を撃ち込んできたのはあっちの方だからなぁ。備えくらいするさ、そりゃあ……」
「元より交渉が成り立つ相手ではなかったということでしょうか。反撃いたしますか?」
そう問われると、少しばかり悩んでしまう。
相手は明らかにこちらを殺すつもりの連中だ。実際、最初に出遭ったときの一撃は、ガラスを強化していなかったら間違いなく死んでいたところである。
しかし、元はと言えば、彼らが暮らす施設にずかずかと踏み入ったのは僕たちの方でもある。
初めてカーゴビートルの姿を見たら、恐ろしいモンスターと思って先制攻撃してしまうこともあるだろう。その気持ちは分からなくもないし、中から人間が出てきて敵意はないと訴えようとなかなか信じてはもらえないだろうことも一応は心情的に理解できる。
まだ彼らケオニ族が完全な敵だと決まったわけではないのだ。
言ってみれば、土地と資源に満ちあふれたアメリカ大陸に降り立ち、先住民と衝突することになったヨーロッパ移民といった立場だろうか、現状の僕らは。
いや、ポリネシア辺りの孤島に漂着して未接触部族と出くわした……という方が近いか?
まぁ、何にせよ、こちらの論理ばかりを押し付けて将来へ禍根を残したくはないところである。
食べるために動物を狩るとか、危険な怪物を撃退するとか、そういった状況とは訳が違う。
「仕方ない。なるべく大きな怪我はさせない程度に反撃するとしよう。流石にこのままじゃ話にならない」
「はい、ベア吉、ヒヨスも、分かりましたね?」
「わふっ」
「にゃっ」
ひとまず、関係修復の可能性を残しつつ、問答無用とばかりの攻撃だけは止めさせる。
その辺りが次善の策じゃなかろうか。
少なくとも、まだ僕らの方には余裕があるのだから。
「弓矢を無力化できたら僕とヒヨスで踏み込む。月子とベア吉は援護を頼む」
「みゃあ!」
「分かりました」
「ばう!」
「よし! それじゃ準備開始だ」
僕とヒヨスはいつでも飛び出せるよう大盾を目前とする砦の最前面へ、月子は空洞内の全体を見渡すことが可能な中央部カーゴ前、そしてベア吉はカーゴの居住スペース内……と、それぞれ役割に応じた配置に就く。
こちらが態勢を整えている間、ケオニの方にも新たな動きがあった。
暴風に遮られ、自慢の弓矢がこちらまで届かないことに業を煮やしたか、玄室の奥より追加で三人のケオニが呼び出されていたのだ。
いずれも中世北欧のバイキングを思わせる角付きの兜を被り、なめした皮革と思しき堅そうな胸当てを身に着け、左手に丸い盾、右手には大きな棍棒を持っている。
「いよいよ鬼らしくなってきたな」
こちらも本意ではないんだが、とにかく、まずは力尽くで制圧させてもらうぞ。





