第四話: 岩棚の祠、再訪する二人
底が見えないほどに切り立った断崖へ突き出す岩棚の上。
そこに建つ祠の前へ、再びカーゴビートルは横付けされていた。
入り口は前回立ち去ったときのまま、数人がかりでも動かせなさそうな大岩で塞がれており、何かが中から出てきた様子などは窺えない。
「特におかしな気配はありませんね」
大岩を除去してみたら、中に何者かが潜んで……などということもなかった。
まぁ、奥も岩盤で塞いでおいたのだから、まだあれから丸一日も経たず、いきなり準備万端で待ち構えているようなら、連中に対する警戒度を大幅に引き上げなければならなかったところだ。
「ここから本番だな。ヒヨス、頼むぞ」
「にゃっ」
鳴き声は何もないカーゴの前方から響いた。
既に、ヒヨスは透明迷彩によって姿を消している。
周囲が雪原でないため、よく目を凝らせば朧気な姿として視界に捉えることはできるものの、知っていなければ気付けるものではないだろう。これ以上ない斥候役である。
僕たちは少し待ち、祠の入り口辺りに転がっていた小石がぺしんと弾かれたのを確認してからカーゴを中へ進ませていく。
前回と違って周囲は真っ暗闇だ。
逃走時、この先を分厚い岩盤で埋めておいたため、もう玄室の光が漏れてこないのである。
少しばかり緊張しながら進むが、特に何事もなく、突き当たりまで到着してしまった。
「壁の向こうに動くものはいないようです。少し開けます」
地の精霊と親交を深め、周辺の地面の状態を感知することもできるようになった月子が、壁を隔てた空洞内の様子を告げる。少なくとも大勢による待ち伏せの心配はなさそうだな。
僅かな振動や音さえも立てず、前方の岩盤に穴が空いていく。
漏れ出てくる淡い光。物音は聞こえず、見えてきた空洞にはとりあえず人影も見当たらない。
やがて穴は人が通れるほどの幅まで広がり、奥の方にある玄室の入り口も見えてきた。
――コッ……ここん……。
空いた穴の向こう側、空洞の方から小石が飛んできて地面を転がる。
透明化したまま空いた穴を通り抜けていったヒヨスによる『敵はいない』の合図だ。
「地の精霊に我は請う――」
ここからは速攻! 目の前の岩盤をすべて除去し、一気にカーゴを玄室の門前まで走らせる。
「ギャ!?」
流石にカーゴが六本脚で地面を蹴っていく音は静かとは言い難い。玄室の奥に毛むくじゃらの人――名付けてケオニが即座に姿を現し、こちらに気付くなり素早く弓矢を向けてきた。
しかし、奴の強弓から矢が放たれるよりも早く!
「わう!」
後方より吠え声が上がると、瞬く間に地面から多数の石壁が迫り上がり、矢の射線と敵の視界……いや、門全体を塞いでいってしまう。
それを月子が二枚の分厚く大きな石板として再構成すれば、トンネルの入り口といった印象の玄室門は、重い両開きの扉によって固く閉ざされ、まさしく門と呼ぶに相応しい外観へと生まれ変わった。ご丁寧に、僕らがいる門の外側には、巨大な閂まで掛けられている。
「はい、以上で作戦終了です」
「上手くいって良かった。ここの調査だけは邪魔されずにしたかったからな」
カーゴを停め、月子と共に後ろの居住スペースへ移動してサイドドアを開放すれば、そこには今回も大きな活躍を見せた二頭の姿が揃った。
「良い働きだったぞ、ヒヨス。それに……ベア吉」
「にゃあ」
「……わふぅ」
にゅっと外から頭を突っ込んでくるのはヒヨス、居住スペース内で丸まっていたのはベア吉だ。
いつも通り、軽やかな足取りで近付いてきて甘えだすヒヨスと対照的に、ベア吉はカーゴ内で身を伏せたままでいる。しかし、その頭はちゃんと持ち上げられている。動けているのだ。
ヌッペラウオとの決戦から一週間を経て、ようやくベア吉は自力で動ける程度まで快復した。
まだ立ち上がって歩くこともできない弱々しい様子であり、僕はこうして探索に連れ出すのは時期尚早と思うのだが、ずっと寝たきりだったためだろう、本人?は至ってやる気を見せている。
まぁ、こいつの無理をしがちな性格はもうよく分かったので、こっちは気を付けていなければならないが、いてくれて頼もしいことは間違いない。
先ほど見せたように、岩石を操作する能力であれば問題なく使えていることだしな。
何はともあれ、そういうわけで今回は久々となるフルメンバーの探索と相成ったのである。
「さて、それじゃ、この場の調査を始めていくとするか」
「はい」
「にゃあ」
「わっふぅ!」





