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シールディザイアー ~双世の精霊術師、遙か高嶺に手を伸ばし~  作者: プロエトス
第一部: 終わりと始まりの日 - 第一章: 地方都市郊外の学園にて
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第五話: クリスマスパーティーの教師

 オーケストラ部の楽団によるバッハの名曲に合わせ、色とりどりのドレスが広間を行き交う。


 由緒ある巨大女学園のクリスマス舞踏会(ボール)とは言え、あくまで学園行事の一環であり、時間帯も早いため、皆がまとうドレスのデザイン自体は落ち着いたものである。

 中等部、高等部、大学に籍を置く学生たち、幾人かの女性教師。まだ幼い容姿の少女もいればお年を()した(かた)も目に付く。

 しかし、彼女たちの姿は一様に美しく、会場はさながら宝石箱のようだ。


白埜(しらの)先生にしては結構なステップですこと。ご精進(しょうじん)なさればダンス部の顧問も務まりましてよ」


 僕の胸元へ顔を寄せ、そんなことを言う女生徒は阿知波碧(あちわ みどり)

 全体的にふわふわとしたウェーブ感のある緑の黒髪を、垂らされたサイドと後ろ髪の先端だけ大きな縦巻きロールにしてあしらい、やや大胆に肩を出した青いドレスもよく似合っている。

 彼女、世界的に知られる大手造船会社の社長を父に持つご令嬢だったりする。


「それ、は、光栄……だね。ん? 阿知波は、ダンス部だっ……たかな?」

「わたくし、中等部までは在籍していたんですのよ。小等部の一年生から(たしな)んで参りましたの」

「な、なるほど、それは上手な……わけだ」


 と、話しているうち、オーケストラ部の演奏が終了し、僕らを含めダンス参加者たちは最後のピクチャーポーズを披露(ひろう)した後、それぞれ挨拶を交わしながらフロア外周部へと移動し始めた。


 息を整えつつ、僕もパートナーを務めてくれていた阿知波の手を引いてエスコートする。

 正直、頑張りすぎた。もう息も絶え絶えで一刻も早くドリンクを取りに行きたい……が、まだ気を抜くわけにはいかない。優雅な足取りで席に帰るまでがダンスなのである。ひーひー。


「ところで、何故、高等部では、ダンス部に入らなかったんだい?」

「かねてより、お祖母(ばあ)さまやお父さま、お母さまがずっとこのように仰ってくださっていたためですわ。十六歳になればもう大人であるから、何を()し、何を為さぬかは自分自身で決めて良い。自身に恥じぬことであれば心の(おもむ)くまま挑戦してみなさい、と」

()いご家族じゃないか」

「当然ですわ。かくて、わたくしには始めてみたいことが山ほどございましたの。イタリア語に、声楽に、コンピュータプログラムに、香道に、ガーデニングに、グライダーに、他にもたくさん。だと申しますのに、人ひとりの授かったお時間はどうしても限られておりますでしょう?」


 ようやくドリンクバーへと到着し、スポーツドリンクが注がれたグラスを二つ手に取り、その片方を阿知波(あちわ)へと差し出す。

 彼女の立ち居振る舞いを見る限り、それほど疲れはなさそうだが、エレガントな印象に反して実はハードな運動であるダンスを侮ってはならない。こまめな水分補給は重要だろう。

 グラスを手渡し「ありがとう存じますわ」と礼を受けつつ、先の会話を続ける。


「まぁ、高等部の間に、それだけのことを学ぶとなると、時間はいくらあっても足りなそうだね。この学園なら設備に関しては十分だとしても」

「ですから、高等部への進学を機に、思いきって残さず()めさせていただきましたの。それまで続けていたクラブ活動やお稽古事(けいこごと)をみーんな」

「いやはや、それは、ずいぶんと思いきったものだ」


 思い返せば、彼女は昨年度もいろいろな方面で活躍を見せていた。

 内心、随分(ずいぶん)と多芸な子だなとは思っていたが、あれでも厳選した上でのことだったとは。

 それでいて、苦労ばかり多く見返りが少ない学級委員長も務め、率先してクラスメイトの力となり、不甲斐(ふがい)ない担任教師のフォローまでしていたのだから頭が下がる。


「ありがとうな、阿知波(あちわ)

「んまぁ、(やぶ)から棒にどうなさいましたの? その、ダンスパートナーのお礼なら、こちらから差し上げるのもやぶさかではありませんことよ。昨年は舞踏会の終わり間際までお見えにならず、学級委員長のわたくしを放って他の(かた)とばかり踊られていたことを思えば、まるで見違えるかのようでしたわ」

「んぐっ、それは、すまなかったよ。もう許してくれ……って、そうではなく。いや、その件も無関係ではないか。君には忙しい合間を()って随分(ずいぶん)と助けてもらっていたんだなと改めて感じた。だから、いろいろとありがとう」

「ふふふ、そういったお話でしたら、どういたしましてですわ」


 阿知波は既に附属大(ふぞくだい)への進学がほぼ決まっているらしい。

 なので、これから先も顔を合わせる機会くらいはあるにしても、たった一年ばかり担任だった教師のことなど、卒業後そう長く覚えていられるものでもないだろう。

 こんな風にゆっくり話ができる機会も次があるかどうか。


 少しばかり寂しく思いながら、彼女を友人らが待つ席まで送り届ければ、僕はお役御免となる。


 続けて他の生徒たちからダンスのお誘いを受けるが、既に三時間も踊り続け体力が限界のため、それらすべてを丁重にお断りさせてもらう。

 ちょうど一旦休憩をすると言う辻ヶ谷(つじがや)先生と連れ立ち、僕は舞踏会場(ダンスホール)を後にしたのだった。



 舞踏会の会場となっている高等部第二体育館から外に出れば、来たときにはまだ日が出ていて明るかった光景が、すっかり日の落ちイルミネーションに彩られた夜景へと様変わりしている。

 門限が厳しい中等部の生徒たちと思われる、どことなく名残惜(なごりお)しそうにしながら校外へ向かう小集団がちらほらと見受けられる。

 クリスマスパーティーも一区切りと言ったところだ。


 ひょっとすると雪でも降るのだろうか? 日中はさほどでもなかった寒さが急速に力を増し、冬の夜風となって汗に濡れた身体(からだ)より熱を奪っていく。


「寒いな。風邪(かぜ)を引かないうちに着替えてしまいましょう」

「そっすね。僕は一服したらダンスしに戻るつもりですけど、ちと楽な恰好(かっこ)になりたいっすよ」


 教員用ロッカールームに着いた僕らは、備え付けのシャワールームで汗を流し、置いておいた普段通りのカジュアルな衣服へと(そで)を通していった。

 ほとんど仮装と変わらない気分でいた燕尾服(えんびふく)&長手袋から解放され、ようやく気が休まる。

 ただし、僕はこの後、男性教師の持ち回りによる見回り業務があるため、しっかり防寒対策もしなければならず、身体的にはさほど楽にならないのだが。


「僕は職員室に戻りますが、辻ヶ谷(つじがや)先生はどうします?」

「あー、職員室にスマホ忘れてきたんで取り行こうと思ってたんすよ。ご一緒します」

「え? いくら仕事中と言ったって、こんな日に何時間もスマホ待たないでいたんですか。それ、お子さんの相手とか大丈夫?」

「娘には昼間付き合ったんすけど、嫁はちょっと怒ってるかもなぁ」

「はは、しかし毎年イヴに深夜まで拘束ですから、ここの教職員も大概ブラック入ってますよね」

「それなー」


 まぁ、何かと面倒が多い職場だが、実のところ僕は言うほど不満を持っているわけではない。

 間違いなく教え子には恵まれているし、気が置けない同性の同僚もいる。やり甲斐や報酬面に関しても十分すぎるほどだ。

 こうして雇ってもらえていることには感謝しかないのである。



 そんなことを考えつつ職員室へ戻ると、そこは何やら非常に慌ただしい雰囲気に包まれていた。

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― 新着の感想 ―
 読ませて頂きました。序章の前編、後編と本編の第5話まで読みました。何の変哲もない教師の白埜松悟が、転校して来た三須磨月子と出会い、(立場の違いにより片思いのまま)。月日は流れ、そしてクリスマスパー…
ダンスを終えた後に、何やらのフラグが立ちましたね! 次回、なにが起きるのでしょうか? 楽しみ(((o(*゜▽゜*)o)))
[良い点] 阿知波さん、何気に高スペック! でも時間は有限。 それ故に彼女の判断は正しいですね。 白埜もなんだかんだで役得ですね!
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