第十八話: 弾けて消えて
水と風の精霊への必死に頼み込みにより、大穴の真上まで運んできた水塊を解き放った僕は、気を抜くヒマもなく、上空高くまで打ち上げられていたカーゴビートルを無事着地させるための請願へと意識を移した。
カーゴを跳ね上げた風の精霊術【高飛び】には、落下時の速度を弱める【大気の壁】の効果が組み込まれているとは言え、先ほど、地の精霊術【錘の一刺】の材料として岩石をすべて奪われ、細い金属フレームだけをさらしている頼りない四本脚では着地の衝撃を受け止めきれるかどうか。
……いや、まぁ、この状況でそんなことを詳しく語る必要はないか。
月子と共にどうにかして車体を着地させることに成功し、ずいぶんと近付いた前方の大穴へと視線を向ければ、ちょうど天から落ちてきた水塊が中へと消えていくところだった。
計算通りに行けば、この場にまで危険が及ぶかも知れない。
もはや鈍いというにも程がある速度ながら、先ほどまでとは逆に、カーゴは大穴から遠ざかる方向へ急いで斜面を降っていく。
そこで、凄まじい轟音が大地と大気を揺るがし、反射的に振り返ってみれば、映像の中でしか見たことがない本物の火山噴火を彷彿とさせるほどの大爆発が起こっていた。
だが、前方の大穴の中より天を衝くほどの勢いで真っ直ぐ噴き上がったのは、真っ赤に燃える溶岩ではなく、真夏の入道雲のように視界を埋め尽くす灰色の噴煙だ。
高温のマグマ溜まりに落とされた巨大な水塊が、一瞬のうちに気化して千数百倍もの体積へと膨れあがり、凄まじいエネルギーで周囲を吹き飛ばす――いわゆる水蒸気爆発である。
「ふぅ……、どうやら上手くいったみたいだな。大噴火になってしまったらと心配だったが」
「私は爆発が起こらない方を心配していました」
想像以上にマグマ溜まりが大きかった場合、大規模な噴火を誘発してしまう可能性があったし、水蒸気爆発の規模によっては僕らまで一緒に吹き飛ばされていたかも……と思っていたのだが。
「いえ、あの程度のクレーターで、いつまで経っても溶岩が溢れ出さないのですから、大規模な噴火に繋がるとは考えにくいです。開口部の大きさと形状から、こちらへ大きな被害が及ぶとも……おそらく平気ではないかと思っていました」
「そうなのか――ん? あれは?」
ガッション……ガッション……と、満身創痍のカーゴを歩かせつつ、そんな風に話していると、噴き上がっていく膨大な噴煙の中に異物が見えた。
灰色の噴煙に交じる僅かな溶岩片の赤色によって照らし出された小さな陰だ。
いや、小さな……と言っても、おそらく数メートルほどはあるだろう、頭が二つ、その姿――。
「ヌッペラウオ!? あの爆発で生き残っているだと……?」
流石に無傷ではなく、一方の頭が半ば潰れてしまっている。
だが、確実にまだ生きており、上空からこちらを見つけたのか、残った頭を向けてくるも。
「まさか、もう終わっていますよ」
と、月子が微笑みながら呟いた瞬間、巨大な二つの首が揃って小さな胴体から切り離される。
半月状の口に不気味な嗤いを浮かべたまま、まん丸の頭が二つ、宙を舞う。
更に、それぞれの頭が一瞬で四分割され、胴体もあっという間に輪切りに刻まれていく。
噴煙に巻き上げられ、空高く飛ばされていた奴の近くには、他に動く物など何も見えない。
「ああ、相当鬱憤が溜まっていたみたいだな」
「ぐるるるぅ……んなあぁあああお!」
それは、僕らに何があろうと隠れたまま奴を仕留める機を窺えと言いつけておいたヒヨスだ。
戦闘中、幾度かヌッペラウオの攻撃頻度が弱まる瞬間があった。
おそらくヒヨスが何かしら仕掛けてくれていたのだとは思うが、いかんせん、最後の最後までまともな出番がなかったものな……。
あれで意外と情が深い奴だから、僕らのやられっぷりには相当やきもちしていたはずだ。
透明迷彩が解かれ、縦回転しながら空中を縦横無尽に飛び回る姿が次第にハッキリ見えてきた。
疾うに粉微塵と化しているヌッペラウオの死体を、ヒヨスの奴は執拗に切り裂き続けている。
その様子に「やれやれ」と肩をすくめ、視界の外へと追いやりつつ、僕はカーゴがゆっくりと向かっていく先に目を向ける。
まだ見たくはない、今すぐ目を逸らしたいという気持ちを必死にねじ伏せながら。
そこには、全身を無惨な赤色に爛れさせ、もはや動くことがないベア吉の骸が転がっていた。





