第十六話: 火口の主と戦う二人
移動手段であり住居でもある僕らの生命線――カーゴビートルが受けた壊滅的なダメージを、敵の動向を気にしながら必死に修理していく。
その間、二匹のヌッペラウオは延々と防御陣の外壁へ大火球を撃ち込み続けており、最前面に展開された地の精霊術【岩石の盾】は、既に溶け落ちそうなほどに赤熱してしまっている。
しかし、しばらくすると、大火球による砲撃が何ら前触れもなく、ふいに途絶えた。
ついに仕留めに来るか!?と警戒しつつ素早く運転席に滑り込み、赤く染まった【岩石の盾】を僅かに開放し、こっそり外の様子を窺う、と。
――奴らは、大穴の縁に並んだまま、揃って頭をこてりと傾け……眠っていた。
「……あいつら、とことんなめくさってるな」
「こちらとしては助かりますけれど」
「それはそうなんだが……」
こっちが動けないのを良いことに一休みという腹だろうか。
攻撃するには恰好の隙とも思えるが、勘の良い奴らのことだ。近付いたり攻撃態勢に入ったりすれば、即座に目覚めるだろうとは予想が付くし、そもそも現状の僕らに取れる攻撃手段は無い。
月子の言う通り、体勢を立て直す時間をもらったと思えば、確かに悪くはないものの……。
散々、寝込みを襲われ、ねぐらまで壊された身としては許せんものがあるよなぁ。
「絶対に思い知らせてやりましょう」
「ああ」
それから二十分ほど掛け、どうにかカーゴを動ける程度にまで修理し終えることができた。
三対六本あった脚は、左中脚と右の前脚を失って二対四本になっており、その分だけ弱まった移動速度と馬力を補うため、車内の荷物はすべて外へ下ろすなど、車体の軽量化が図られている。
だが、元より速くもなかった移動速度の更なる低下は頭の痛いところだ。
また、窓ガラスがほぼすべて割られてしまい、とりあえず固めて枠を埋めただけの応急修理で済ませてあるので、視界の悪さも懸念される。
だが!
「地の精霊に我は請う――」
月子がカーゴを再起動させる。
四本の脚が車体を持ち上げ、ゆっくりと移動を始めた。
同時に、真っ赤に熱せられながら未だ前方でそびえ立っていた岩盾が、崩れ落ちるかのように地面の中へと沈んでゆき、行く手が開かれる。
ちらりと後ろを窺えば、今以て起き上がる気配を見せないベア吉の姿。
――もう少しだけ待ってろよ。すぐ片付けてくるからな。
「やるぞ! 月子!」
「はい! 松悟さん!」
岩の盾が消えてゆき、かろうじて通れるだけの隙間が空いた瞬間。
カーゴビートルは全力で走り出す。
そのスピードは、先のベア吉が牽いていたときとは、まったく比較にならない遅さだ。
のろのろとした、せいぜい人が早足で歩く程度に過ぎない。
こちらの動きに気付き、早くも目標のヌッペラウオどもは大火球を放ってきている。
思った通り、ぐっすり寝ていたようでいて不意打ちまではさせてくれないようだ。
それでも、こちらの攻撃射程まで十メートルあった彼我の距離。
「もう三メートルは縮まったぞ! コノヤロウ!」
「仕掛けるタイミングはお任せしても?」
「おおとも! まだ掴んでるよ」
そんな風に話しながらも、カーゴを大きく真横へ跳ねさせ、迫る大火球を回避する月子。
そして、小刻みに左右へ進路を変えながら前進する、あみだくじのような動きをし始める。
当然、前進するペースは更に落ち、間合いをなかなか縮められなくなってしまう。
が、さしものヌッペラウオも狙いを定められず、次弾、次々弾はあぶなげなく回避することができた。車体がまとう【泡の壁】に火の粉が触れていくことさえない。
何よりも重要なのは、たとえ遅遅としたペースであろうと確実に距離を縮めていくことだ。
「あと五メートル!」
先ほど、光の玉で吹っ飛ばされた間合いまで、もう疾うに踏み込んでいる。
ここからはいつ何が来てもおかしくないが……。
「それはもう何度も見ました!」
大火球の合間に織り交ぜられてくるようになった火柱の攻撃を、やはり余裕で回避する月子。
鈍重なカーゴビートルが、右へ、左へ、クモのように軽快に飛び回る。
意外だろうか? その動きは、まだ六本の脚が健在だったときと変わらぬ……いや、優るほど。
確かに二本の脚が失われたカーゴの移動能力は落ちている。
不揃いになった左右の脚で車体のバランスを取るため、動きが制限され、力と速度においては完調時に遠く及ばないような状態だ。
岩場の斜面を登っていかなければならない現状、それらは大きな枷となっていた。
ただし、単純な機動力だけを言うなら話は異なる。
重い脚二本とすべての荷物を下ろしたカーゴの重量は半分以下に減っており、その分、操作に対する反応速度は遙かに向上しているのだ。また、残った四本の脚は少しばかり強化も施され、決してバカにできない程度に瞬発力が増している。
「あと三!」
じわじわと距離が縮まっていく中――。
ヌッペラウオの一方が大きく口を開け、あの光の玉が見えた。





