第十四話: 大爆走と大爆破
黒い光沢のある鉱物で前半身を覆い、まるで中世ヨーロッパの戦場を騎士と共に駆けた軍馬を思わせる鎧装となり、体長二メートルの巨大グマ――ベア吉が駆ける。
その速度は、軛によって後方で牽かれていく僕らのカーゴビートルが六本脚を必死に動かしてやっとこ付いていけるほどの猛スピードだ。
地球に棲息していた普通のクマも意外と走るのが速く、何でも、最大時速五六十キロに達する自動車並みの速度を出せると聞いたことがある。
だが、今のベア吉は上りの坂道にも拘わらず、しかも五百キロは利ない重量のカーゴを牽き、明らかに重そうな岩鎧をまとった状態で人が走る速度を優に超えている。
身体が大きく、相応に力も強いだろうと分かっていたつもりだが、これほどまでとはまったく想像していなかった。
「ばわっふぅ!」
大音声の咆哮を上げ、再び飛来した大火球に頭から突っ込む。
爆発したかのように巨大な火の玉が形を崩し、耳をつんざく炸裂音と共に四方へ飛び散る。
ベア吉を守る【泡の壁】が一瞬で気化し、大量の蒸気と化すが、後方のカーゴに乗った僕らの下には、ただの熱波だけしか――それでも十分すぎるほどに強烈ではあるものの――届かない。
「くっ、何か援護をしてやりたいが……」
「こちらも制御で手一杯です!」
「……ベア吉っ」
カーゴの操縦まで行っている月子と違い、今の僕はただの傍観者に過ぎない。
いや、確かに重要な役割はある……が、後ろで見ているだけという状況に歯噛みしてしまう。
「ですが、もうすぐです」
その言葉に、意図せず止めていた息を「ハッ!」と漏らし、改めて正面をしっかり見据える。
と、ほんの数秒――二度の大火球を突き抜けた時間だけで、既にヌッペラウオどもの陣取った大穴が間近まで迫ってきていた。
ひたすら遠いと思われた三四十メートルの一方的間合いが早くも踏破されつつあるのだ。
「よし! あと少し! ――我は請う……」
ようやくこっちの手番が回ってきたと意気込んで請願を発しようとした、その瞬間!
ここまで全速力で走り続けていたベア吉の足が、突然止まる。
慣性の法則に従ってその巨体が滑っていくが、前後の脚で踏ん張りながら急停止! 合わせてカーゴも六本脚を地面に突き立てて停止した! 一体、なにが……?
答えはすぐに判明した。
ごろごろとした岩石が転がっている前方の地面を見る見るうちに赤く染め、直径一メートル、高さは二・五メートルはあろう火柱が噴き上がったのだ。
「足を止めにきやがった!」
「素直そうな顔をして、なかなかいやらしい手を使ってきますね」
奴らまでの距離はあと二十五六メートルといったところ。こっちの射程まで残り五六メートル。
一か八か、この場から仕掛けるか? いや、行ける可能性もないではないが、それでは完全に博打となってしまう。感覚的には二十メートルであってもギリギリのはずだ。
「ばっふ!」
見たところ、火柱の威力自体は大火球ほどではなさそうだが、真下から噴き上げる炎に対し、ベア吉の鎧も、【泡の壁】も、カーゴの金属外装も効果は薄いだろう。
おいそれと喰らってしまって良いような攻撃ではない。
こっちが足を止めたのに気をよくしたか、ヌッペラウオは、連射してきていた大火球に替わり、地面から噴き上がる火柱を連発し始め、ベア吉はカーゴを牽きながら右往左往させられてしまう。
目標地点に真っ赤な輪が描かれるという前兆があるため、躱すだけならばどうにかなるのだが、行く手を遮るように次から次へと噴き上がる火柱のせいで前へ進むことができなくなった。
それどころか、じりじりと後ろへ下がらされている。
ふと気付く。
回避に集中しているベア吉も、カーゴの操縦をしている月子もまだ気付いていないらしい。
大穴の縁に並んでいる二匹のヌッペラウオのうち、一方が大口を開けていた。
どうやら、この間断なく続いている火柱攻撃はたった一方によるものだったようだ……いや、それは今考えることじゃない。奴は何をしようとしている? 大火球を吐くときより更に大きく開けられた口で……。中に炎は見えない……が、よく見えれば、微かに光っているような? 光?
「ヤバイ! 全力で防御……いや、逃げろおおおぉ!!」
絶叫に反応し、ベア吉とカーゴが火柱を大きく躱して飛び退いたとき、その攻撃が放たれた。
見た目は小さな光の玉だ。
スピードも遅く、ゆるやかな山なりで投げられた野球のスローボールといった印象である。
【岩石の盾】と石壁を、いつもより手早く乱雑に、ただ頑丈なだけの防御壁として展開しつつ、そこから思いっきり離れていこうとするベア吉とカーゴビートル。分厚い岩の壁に視界が遮られ、光の玉は林立する石壁の向こうへ消えていってしまう。
――音も、形も、衝撃も、何もなかった。
――何も感じなかった。
音だと認識できない爆音、色や形だと認識できない爆炎、衝撃だとすら認識できない爆風……あまりにも強すぎたそれらを何一つ感じることさえできず、即席の防御壁を構成していた大量の瓦礫と共に、僕たちは一瞬で吹き飛ばされていたのだった。





