第十二話: 二人と二頭と鬼ごっこ
真夜中、ずず……という小さな振動を感じた僕は、慌てて隣で眠る月子を揺すり起こす。
「チクショウ! 起きてくれ、月子! またヌッペラウオだ!」
跳ね起きた月子がカーゴを起動させる間、僕は急いで周りを囲む岩室を解体していく。
僕と一緒に見張り番をしていたベア吉はもちろん、ヒヨスも既に起きて臨戦態勢を取っている。
――ドゴォオオン!
「んっ、地の精霊に我は請う――」
「ばうっふ!」
天井が解体され、石垣のようにカーゴの周りを取り囲む状態となっていた岩室が、いくつもの石壁として再構築されていく。前方に立つのは二枚の大盾・地の精霊術【岩石の盾】。
月子とベア吉の協力による堅固な防御陣だ。
それらが完成するかしないかギリギリの間、飛来した石の雨が続々着弾し、盾を削り始めた。
「ずいぶん近くないか!?」
爆発から噴石が飛来するまでの時間が短すぎる。
しかも、どうにか防げはしたものの、猛烈な勢いで岩盾のほぼ全面に打ち付けられていた。
夜闇のせいで離れた爆心地までは確認できずとも、既に光と闇の精霊術【暗視】による視界が利いており、降り注ぐ噴石の規模や聞こえた爆音の大きさをも鑑みれば、思った以上の近距離に出現したのかも知れない。
「――っ! 水の精霊に我は請う――」
突然、カーゴが六本脚で思いっきり地面を蹴り、エビのように斜め後方へと飛び退く。
石の雨により大きく崩されていた岩盾の隙間を通り、ゴオウ!と、奔り抜けていく大火球。
吹く風と降る雪を物ともせず、燃え盛りながら飛ぶ炎は、どう考えても自然の火ではなかった。
月子の反応速度と【泡の壁】により被害ゼロとは言え、何度見ても凄まじい迫力だ。
大火球が飛んできた方向へ目をやれば、五六十メートルほど上方に、ぼうっとした仄赤い光を湛える大穴が確認できた。
その縁から頭を覗かせているのは、もう僕らにとってはお馴染みとなった火口の火吹きコンビ――二匹のヌッペラウオである。もちろん、命名は僕だ。
奴らと初遭遇した不気味な小峰より、丸二日に亘って僕らはしつこく追いかけ回されていた。
ただし、やってることはまるっきり付きまとい行為だが、あの雪原の追跡者の陰湿さとは違い、アプローチの仕方は非常に直接的で大雑把。
こっちとしては乱暴な子どもの鬼ごっこに付き合わされている気分だ。
おそらくは地下のマグマ溜まりや水脈・空洞などを通ってくるのだろう、地中を移動しながら僕たちの後を追い、追いついたところで大爆発と共に地上に出現、適当に大火球を吐き始める。
相手をせず逃げてしまえば、ひとまず追われはしないが、それも一時凌ぎにしかならない。
かと言って、戦おうとすれば――。
「みにゃっ!?」
……ああ、懲りずに透明迷彩で忍び寄って奇襲を仕掛けようとしていたヒヨスが、突如として足下より吹き上がった火柱に驚かされ、慌てて飛び退いている。
そう、あいつらにはどうやら目がないようなのだが、代わりにとんでもなく勘が鋭く、僕らは攻撃を加えられる距離まで近付くことすら叶わずにいる。
精霊術による遠距離攻撃であろうと、数十メートルも離れては満足な威力を発揮できない。
対して奴らの方はと言えば、一〇〇メートル以上も届く大火球を始め、先ほどの火柱のような多彩な攻撃手段を以て、まるで距離を問わずに攻め立ててくるのだから堪らない。
これはちょっと相手をしていられないと、逃げに徹していたのが現在までの僕らだった。
だが、こうして寝込みを襲われるのは夕べに一度、今夜は二度目……。
僕ら全員、そろそろ我慢の限界である。
「やりましょう、松悟さん」
「ああ、やるか!」
「ばうっふ!」
「……みにゃあ!」
戻ってきたヒヨスも含め、気合いは十分。
特に、睡眠を邪魔されたせいか、月子はいつになく燃えているように思われる。
……いや、燃えているのは敵の方か。むしろ、まなざしが冷たく据わり、彼女の絶世の美貌も相まって外の気温にも負けていない極限の凍気さえ感じさせる。
「とは言え、どうするか?」
これまで僕たちが逃げ続けていたのは、奴らに対して打つ手がないという理由が大きい。
倒せる手立てがあるのなら、もっと早くに何とかしていただろう。
「火の玉は岩の盾で防げますし、水の壁に守られたカーゴなら耐えられそうでもありますけれど」
「あんまり小回りが利かないから、死角から来る火が厄介なんだよな」
「……わふぅ」
「ああ、確かに水の壁があればベア吉も平気だな。いざというときは任せたぞ」
「わふっ」
しかし、あの大火球の恐ろしさは、威力と射程距離に優れるということだけに留まらない。
二匹のヌッペラウオが交互に吐き出すことにより、ほとんど絶え間なく連発可能なのである。
カーゴとチビどもの全身をそれぞれ包んでいる【泡の壁】は水の精霊術であり、奴らの異常な炎にも十分な防御力を発揮してくれるが、一発二発ならばともかく、連続で受けることになれば直撃でなくても危ういはず。
アレを受けることを前提とした作戦は避けておくのが無難だろう。
腕を組み、なんとか打開策を捻りだそうと考えを巡らせている、と。
「私に一つ、腹案があります」
嫋やかな指を形の良い顎に当てて考え込んでいた月子が、そう声を上げた。





