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シールディザイアー ~双世の精霊術師、遙か高嶺に手を伸ばし~  作者: プロエトス
第一部: 終わりと始まりの日 - 第三章: 二人で踏む雪原にて
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第四話: 谷の底、拾い集める二人

 降り立った崖下は、それぞれ高さ十メートル近い二つの岩壁によって挟まれていた。

 岩壁とは言ったものの、小さな窪地(くぼち)の両側に積み上がった氷雪により形成される氷壁であり、実態としては広めのクレバス――深い積雪に出来た裂け目と言う方が近いのかもしれない。


 美須磨(みすま)と共に雪原を巡っていた僕が、このクレバスに気付いたのは二十分ほど前になる。


 初めは、特に警戒するほどのこともない大きく目立つ障害物くらいにしか思わなかった。

 しかし、さっさと別方向へ迂回(うかい)しようとした、そのとき、裂け目の底で何かが光る。

 遠間からでは形も見て取れず、キラリと光を反射させている、なんとなし奇妙なソレ……。

 そいつを確認するために僕らはわざわざ崖を降りてきたのである。


「あー、どの辺りだったか。意外と起伏もあって見通しがきにくいな」

「えっと、目印にちょうどよさそうな大きな石が確か……ああ、あちらの方です」

「行ってみよう。あ、雪舟(そり)は僕が()くよ」

「お願いします」


 広くなだらかな雪原とは異なり、複雑な形をした氷壁の間を風が吹き抜けていくせいだろう、この谷底は場所によって雪の積もり方がまちまちで非常に凸凹(でこぼこ)していた。

 先導する美須磨が精霊術で雪面を(なら)してくれているにも(かか)わらず移動には難儀する。


 氷壁から氷壁までの幅は五六(ごろく)メートル、それが数十メートルに(わた)って伸びており、上からだと広そうに見えたものだが、実際には人が通れそうにないほど入り組んだ地形も少なくない。


『ひとまず、雪舟はどこかに()めておくべきだな……』


 ひーひー言いながら歩を進めていると、ポケットの中からごろっ(ヽヽヽ)という感触が伝わってきた。


「つ、月子くん。一時間経過だ」


 出発時にセットしておいた地の精霊術【石時計(タイマー)】である。

 一時間しか維持できない石玉を作るしょうもない(ヽヽヽヽヽヽ)精霊術だってことは忘れてくれて構わない。


此処(ここ)の探索を済ませたら、本日は切り上げとなりそうですね」

拠点の岩屋(ホーム)まで、直線距離なら大して離れていないし、そう焦るような時間じゃないさ」

「先ほども風の精霊には頑張っていただきましたから余裕を見ておきましょう……着きました」


 と、話しているところで、ちょうどタイミングよく目的地に到着したようだ。


「間違いありません。この辺りです」

「ふむ、割りと大きそうに見えたんだけどな。どこにも見当たらないな」


 何が影響しているのか、この一画は周りと比べても雪があまり積もっていないようだ。

 ところどころ地肌が(あら)わになっており、形も大きさも様々な岩石がそこかしこに転がっている。


 開けたところに雪舟(そり)()め、僕たちは周辺の探索を開始した。


 岩の多くは、表面が凍りついてもおらず、心なしか湿ってさえいる。

 よく見ると、岩陰にはごく普通のものだと思われる赤茶けた(こけ)ふさふさ(ヽヽヽヽ)とむしていた。

 上の雪原はもちろん、拠点の洞窟内でも見たことがない新たな植物の発見である。


『これだけ苔が生えてるってことは、ひょっとすると他の生き物もいるんじゃないか』


 更に周りを調べてみれば、何げなく手に取った石ころが、地面に根を張っていて驚かされたり――サボテンの一種だろうか? 予想に(たが)わず、トビムシやダニに似た数種類の微小な生物まで確認することができた。


 動植物以外では、そこら中の岩石が相当な割合で変わった色の鉱物を含んでいたり。


 どれもこれも珍しく、(しば)し、夢中になって手当たり次第で採集してしまう。


松悟(しょうご)さん!」


 そこへ、静けさを切り裂く美須磨(みすま)の叫び声が響き渡った。

 ほぼ同時に、ゴッ! ガコッ!という鈍い打撃音が続く。


 発生源は、(そば)にある大きな岩の向こう、この場からは様子を(うかが)うことができない。

 声を耳にした瞬間、僕は大岩に身を(こす)らんばかりのコース取りで反対側へと回り込んでいった。


雪舟(そり)の方か!?』


 即座に視界が開ける……と、何かに囲まれて一対の短刀(ダガー)を振るう少女の姿が目に入った。

 敵の大きさは二十センチほど、さほど大きくはない。問題は、その数だ。

 一足飛びに駆けながら、僕は、そいつらを観察していく。


 地面を()いずる様はイモムシを思わせ、(いぼ)状の脚が胴部に三対六本……いや、近付いてみると腹部の先端にも一対、合わせて四対八本の短い脚だと分かる。

 これらは(せわ)しなく小刻みに前後し、遠間の第一印象より動きはずっと素早い。


『ん? なんだか姿形に覚えがあるぞ。雑誌か何かで紹介されていたのを見たんだったかな? そうそう、確か、クマムシとかいう奴だ』


 まぁ、記憶に()れば一ミリ程度の大きさだったはずだし、既視感はシルエットだけに過ぎない。

 前方に群れ成す奴らの背は、青みがかって黒く、多数の(ふし)に別れたダンゴムシのような甲殻に覆われており、表面には一定間隔で鋭い突起の列まで並ぶ異様なものである。


 どうやら体構造はダンゴムシの方に近いらしく、丸まれば、さながら(とげ)付きのボウリング球だ。

 先ほどから、何匹もが代わる代わる球状に変わり、絶え間ない体当たり攻撃を仕掛けていた。


 対する美須磨(みすま)は、今のところ、両手の短刀(ダガー)ですべてを(さば)ききってはいるものの、圧倒的多数に包囲されていては得意の身のこなしを()かすこともできず、形勢不利は(まぬが)れない。


火の精霊に我は請う(デザイアファイア)、燃えろ」


 確実に狙いを付けられる距離まで近付いたところで精霊術【火球(ファイアボール)】を放つ。

 普段、獲物の肉や毛皮を(いた)めないようにしている弱火の牽制(けんせい)ではない。

 相応の火力を(もっ)て直撃コースで、だ。


『こんなムシども、普通に焼き殺してしまっても構うまい』


 バレーボール大の火の玉がまっすぐ飛び、ボウリングムシ一匹、ごうっと燃え上がらせる。

 が、一体、何が起きたのか。その火は一瞬で消えてしまう。

 肝心の目標はピンピンしており、これといって痛痒(つうよう)すら感じた様子もない。


『なっ!? まったくの無傷だって? ……ならば!』


風の精霊に我は請う(デザイアエアー)、吹き飛ばせえ!」


 今度はまとめて吹き飛ばしてやるつもりで爆風じみた突風を起こす……も、やはり奴らの(もと)に届くか届かないかというところで急速に風勢(ふうせい)が弱まり、微風(そよかぜ)となって散らされてしまう。


「駄目です、松悟(しょうご)さん! この虫には精霊術の攻撃は効きません」


 ガコッ!と短刀(ダガー)で体当たり攻撃を受け流しながら美須磨(みすま)が叫ぶ。


「そりゃあ、なんとも厄介な、虫だなっ!」


 ようやく戦場の端まで辿り着き、駆け込む勢いのままスコップを叩きつける。

 水平斬りの型で振るわれた一撃は、丸まりながら空中へ飛び上がったボウリングムシの甲殻の継ぎ目をたまたま(とら)えたらしく、あっさりと胴体を真っ二つに斬り裂いた。


「う、うん!? なんだ、殻の中身はけっこう柔らかそうだぞ、つ、月子くん」

「そうなのですか?」


 そのまま数匹と闘ってみれば、どうやら僕とこいつらの相性はさほど悪くはない。

 最初に驚かされた精霊術を無効化するという厄介な能力はともかく、決め手はスコップだった。


 ある程度の重量を持つ(おの)に近い一撃は、先に見た通り、当たり所によって容易(たやす)く致命打を与え、たとえ甲殻に防がれたとしても内部まで衝撃が伝わり、しばらく動きを鈍らせる。

 また、守りにおいても、スプーン部分は体当たり攻撃を受け止めるのに丁度良く、その勢いを()らしつつ遠くへと放り投げてしまうことができた。


 そうして、僕は徐々に群れ全体の注意を自分自身へと引きつけていく。


 敵の数が減って包囲が解けてしまえば、後は美須磨の独壇場だった。

 ストーカーの迷彩毛皮によって虫たちに認識されなくなった彼女は、群れから孤立している奴、僕の攻撃で動きを鈍らせた奴、遠くへ投げ飛ばされてせかせか(ヽヽヽヽ)()い戻ってくる奴、そいつらに忍び寄って次々と甲殻の隙間へと短刀(ダガー)を突き立てる。


 ほどなくして、ボウリングムシの群れは半壊し、生き残った奴らは波止場(はとば)のフナムシのように四方の岩陰へと散り去っていった。


「お疲れさま、無事かい?」

「はい、松悟(しょうご)さんも。助かりました」

「まったく、あんなにたくさん、どこから出てきたんだか……」

「最初は一匹だけ、雪舟(そり)の荷台に取り付いていたんです。積み荷を狙われたのではないかと」

「あまり長居はしない方がよさそうだな。手早く目当ての物を探そう」


 何かの役に立つかもしれない。一応、ボウリングムシの死体はまとめて回収しておくとして。


「それでは、雪舟(そり)は隠しておきますね。地の精霊に我は請う(デザイアアース)――」


 ここへ来た目的――探索をまた邪魔されないよう、今度は雪舟をしっかり覆い隠すこととする。

 美須磨(みすま)請願(せいがん)により、見る見るうち岩石が盛り上がり、雪舟を内へと包み込んでいった。


 ふと、懸念(けねん)が浮かぶ。


「あいつら、精霊術で作ったこの岩まで消せたりしないだろうな」

「積み荷の匂いを漏らさないだけの一時(しの)ぎと思っておいた方がいいかもしれませんね」

「……ホントに急ごうか」

「そうしましょう」



 幸い、目的の物はすぐに見つかった。


 やや盛り上がった地面を一メートル前後の岩が(まば)らに取り囲む、天然の環状列石(ストーンサークル)じみた地点に、それは鎮座(ちんざ)していた。


 一見すると、綺麗に削り出された宝石のようである。

 うっすらと緑色に輝き、(つや)やかな手触り、意外なことにナイフでも()()き跡が付けられない硬度を備えていた。

 いくらなんでも人工物とは思えないが、自然に出来た石と考えるには妙なところが多い。


「上から見たときはよく分からなかったけど、宝石……いや、宝玉というイメージかな」

「詳しく調べるのは後にして、ひとまず持ち帰ってしまいましょう」

「そうだな……よっ……せっ……と、なかなか重いな、これ」


 持ち上げてみると形はピンポン球を思わせる綺麗な球体、僕の腕で一抱えほどの大きさながら結構な重さ――六十キロ以上はあるだろうか。


 また、抱えてみて気付く。


『ほんのりと暖かい? こんな極寒の地で放置されていたっていうのに』


 何はともあれ、今回はいろいろと変わった物が手に入った。

 いずれ何かの役に立ってくれることを祈るとしよう。

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