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シールディザイアー ~双世の精霊術師、遙か高嶺に手を伸ばし~  作者: プロエトス
第一部: 終わりと始まりの日 - 第二章: 異世界の絶壁にて
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第十三話: 甘い悦楽に蕩ける男

「先生、気持ちいいですか?」

「あ、ああ。気持ち良い……かな」

「本当ですか? 遠慮していませんか? 物足りなければもっと強くても平気ですよ?」

「いや、正直、初めてだからよく分からないんだが、これくらいでいいように思う」

「それでは続けましょう」


――トントン、トントン、ぐっ、ぐっ、トントン、トントン……。


 芯まで暖まってほぐれた風呂上がりの身体(からだ)へとリズミカルに与えられる、美須磨(みすま)の快感刺激。

 これは法的に許される行為なのだろうか? 異世界で裁かれることはないと信じるにしても、婚姻や血縁に(あら)ざる異性となれば背徳ギリギリのラインを攻めている、そんな感がある。

 いや、なんだったら罰を受けたって一向に構わない!


『頑張ってよかった。生きていてよかった。明日からも頑張ろう』


――トントン、トントン、トントン、トントン、ぐっ、ぐぅ。


「すみません、少し疲れてしまったので、そろそろ()む方はいかがでしょう?」

「揉むっ!? な、なぜ?」

「あ、揉む方は苦手でしょうか?」

「いや、嫌いな人間はいないと思う。それも僕は初めてだから分からないが」

「くすっ、私も初めてですから、先生のご期待に添えるかどうか自信はありませんけれど」

「美須磨なら大丈夫だ。よろしく頼む」

(うけたまわ)りました」


――もみもみ……もみもみ……。


 優しく丁寧な絶妙な力加減で柔らかな部位が周りから寄せられ、広げられていく。

 手のひら全体で(さす)るように、指で押すように(つま)むように、やがて奥の方にあるまだ固い部位の感触も得られるようになってくる。

 どうやら僕は随分(ずいぶん)()り固まっていたらしい。これほど幸せな気持ちになれる行為が世の中にあったとは。肉体だけでなく、心の中まで(くびき)から解き放たれていくような天上の開放感よ。

 嗚呼(ああ)、人は……こんなにも自由でいられるのだ……。


――もみもみ……もみもみ……もみもみ。


「はい、お粗末(そまつ)さまでした」

「……ありがとう。信じられないほど楽になれたよ」

「それは何よりです。思いきってさせていただいた甲斐(かい)がありました」

「ああ、肩叩きと肩揉み(・・・・・・・)がこんなにも気持ちいいものだったとは知らなかった」


 涙さえ浮かべていたかもしれない目元を(ゆる)ませ、自分史上最高の笑顔で心よりの礼を言う。


 雪原探索から帰還し、玄室に戻ったところで、美須磨(みすま)が提案してきたのがこの肩叩きだった。

 いきなりの申し出に驚き……と言うか、幾度も固辞し、せめて後にしてほしいと逃げるように風呂場へ駆け込み、汗と汚れをしっかり流した後に覚悟を決めて僕は事に望んだ。

 その結果が、先述の言語に絶する素敵体験だったのである。


『世のお父さんは、一年にたった一日しかない記念日に、子ども達から肩叩きをしてもらうため、馬車馬(ばしゃうま)のように頑張って毎日働いているとも聞くが、その気持ちが分かったような気がするな』


「幼い頃、施設の先生にしてあげて喜ばれたことを思い出したよ。これは納得だなぁ」

「施設の先生ですか?」

「ん? ああ、僕は学園がやってる養護施設の出身でね」

「そうでしたか……あの、すみません」

「特に苦労してきたわけではないから気にしなくていいよ。それに、異世界では関係ないさ」


 養護施設というのは僕のいた当時の呼称で、現在の児童養護施設に当たる。

 今ではもう公的に使われていない孤児院という俗称で認識している人もいるかもしれない。


 まぁ、いろいろあって、僕は物心つく前から施設で育てられた。

 中学卒業を機に一人暮らしを始め、大学まではどうにか奨学金で通うことができたのだが。

 実は、その施設、僕らが通っていた学園とかなり縁深く、後から知った話では戦後の混乱期に設立を全面支援したのがあの理事長の一族だったとかで、就職の際にも……それはいいか。


 思えば、施設を退所して以来、手伝いどころか挨拶に行くことさえ滅多にしなくなっていた。今更ながら、もっと何か恩返しはできなかったのだろうか……などと思ってしまう。


「世のお父さん……家族……ね」

白埜(しらの)先生?」


 ……話題を変えようか。


「ところで、持ち帰ってきた果実はもう見てみたかい?」

「ええ、不思議な果実ですね。念のため、まだ氷漬けのままにしてあります」

「木材の方も気になるが、まずはそっちを調べたいところだな」


 遭難時などのサバイバル下において、植物は手に入れやすい貴重な食材である。

 しかし、食用可能か、そもそも安全なのか、素人(しろうと)には判断が難しいため注意が必要だ。


 ちなみに、植物ではなく動物の場合、少なくとも地球上の陸棲(りくせい)動物に限れば、十分に加熱して食べるのであれば毒に(あた)ることはまずない。危険があるのは水棲(すいせい)動物――魚介(ぎょかい)くらいである。


 そんなわけで、()ってきた【氷樹(ひょうじゅ)】の実、ひとまず毒見をしてみようか。


「パッチテストですね」

「よく知っているな。医学用語だったか? 僕の周りではそのまま可食テストって言ってたよ」


 やること自体は簡単だ。何かあったときのために覚えておくといい。


 最初は、万が一にも問題になりにくい身体箇所――()き手じゃない方の上腕や背中の端などに毒見したい物をそっ(ヽヽ)と押し付け、すぐに離して十五分ほど待つ。

 もしも、これで()れたり(かぶ)れたりしたら絶対に食べてはいけない! 触れるのも危険だ!

 テストに使った箇所をよく水で洗い、何も問題が起きていなかったら次へ進む。


 今度は、先ほどと同じことを唇で、それでも問題なければ舌の先で――無駄に口内で広げたり、誤って飲まないように気を付けながら行っていく。


 ここまですべて無事に終えられたのなら、少しだけ咀嚼(そしゃく)して飲まずに様子を見る。


 最後に、ごく少量だけ飲み込んでみて数時間、体調の変化を(うかが)う……といった手順となる。


 余裕がある状況では、経過を()る時間はもう少し長めにとった方がいいかもしれない。

 念のため、採集物の部位ごと――果実ならば果皮、果汁、果肉、種……それぞれに行えれば、より一層安心できるだろう。


「それじゃ一つ解凍してみるぞ。水の精霊に我は請う(デザイアウォーター)、この果実を覆う氷を解かしてくれ」


 生活拠点の玄室から続く作業室――門を入って左側に並ぶ扉二つのうち手前を抜けた大部屋へ、凍ったままの果実を持ち込み、いよいよ検査を始める。


「見た目はアボガドに似ているでしょうか」

「僕は若いヤシの実っぽいと思った」

「大きいですものね」

「それにしても、解かした途端、意外に甘い(にお)いがしてきたな。初めての匂いだが、悪くはない」

「まるで南国の果物(トロピカルフルーツ)のようです」


 硬く分厚そうな緑色の皮は、一見すると未成熟のように思えた。

 しかし、このねっとり(ヽヽヽヽ)とした強い匂いは、あきらかに熟した果実であることを予感させる。


 上の方を水平に切ってみれば、期待に(たが)わず、なんとも水気たっぷりの果肉が(あら)わとなる。

 色は青、食べ物としては(いささ)か抵抗がある色合いか?

 いいや、ぷるり(ヽヽヽ)と震える柔らかい果肉が、ハチミツに近いとろぅり(ヽヽヽヽ)とした質感の果汁をまとうその様は、新鮮なスイーツに飢えた僕の口によだれを()き上がらせるのに十分な威力を発揮した。


美須磨(みすま)、これは……大丈夫なんじゃないか? このままでも、食べられそうじゃないか?」

「落ち着いてください。最低でも果肉とお(つゆ)はしっかりテストしましょう」


 美須磨(みすま)にやや冷たく一瞥(いちべつ)され、どうにか欲求を抑えつけることができた。


 そこから一時間弱、皮膚・口・舌での安全確認を終え、ようやく咀嚼(そしゃく)テストにまで()ぎ着ける。

 僕は果肉を、美須磨は果汁を、それぞれ銀のスプーンで薄くすくい、ゆっくり口へと運ぶ。


「「……!?」」


『こ、これは! 果実の王様と名高い、あの……!?』


 特有の、強い癖がある(にお)いはせず、食感も随分(ずいぶん)と違うのだが、味の方向性は非常に似ていた。

 毒見だということを忘れて思わず飲み込みそうになってしまい、慌てて息を止める。

 そのまま(しば)し、口中に違和感がないかと探りはするも、これといった異常を感じることもなく、僕は内心で嬉々(きき)としながら最終テストとしてごくり(ヽヽヽ)果肉を飲み込んだ。


「うん、驚いた! やっぱりドリアンの味だ! 高級酒に通ずる芳醇(ほうじゅん)な甘みと(かす)かな苦味が!」

「ドリアンとは、こういったお味なのですか?」

「かなり近いと思う。言うなれば、ドリアン味のプリンかゼリーといったところかな」

「ほんの一口だけでも濃厚な甘さを感じました。明日の朝に食べられたら()いのですけれど」

「これで二人とも身体(からだ)を壊したりしなければね。楽しみだなぁ」


 何はともあれ、氷樹(ひょうじゅ)の実は少し変わっただけの果実という認識でよさそうだ。


 この後、調べてみた枝に関しても、少し変わった材木という印象を外れるものではなく。

 表面の雪と氷を払って乾かしてみれば、伐採(ばっさい)の折に感じた通り、コルクのような質感となる。

 表面の樹皮だけでなく中心までスカスカとしており、非常に軽く、弾力性に富んでいた。


 どうやら、あの氷樹(ひょうじゅ)はなかなか有望な植物素材となってくれそうである。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌朝、比較的浅い眠りから(すこ)やかに目覚めた僕は、既に起き出していた美須磨(みすま)と互いの体調に異常がないことを確認し合った後、満を持して氷樹の実――【氷果(ひょうか)】の実食に(のぞ)んだ。


 味もさることながら、個人的には二人で食べても大満足なボリュームを(たた)えたい。

 さほど食にこだわりがなさそうな美須磨にも気に入ってもらえたようだ。


「味付けにも使えるかもしれませんし」

「ははっ、しばらくは周辺の氷樹林(ひょうじゅりん)を巡る日々が続きそうだな」


 鼻を(つま)みながらクマ肉を呑み込むだけの食事風景が一変した瞬間だった。


 ここに、僕らの活動方針は定まる。


 一戸(いっこ)建て住宅には及ばないが、ちょっとしたマンションの部屋並みに整った拠点がある。

 水は十分、肉と果実――当面の食料を確保できる目処(めど)も立った。

 後は、物資を集めてライフラインを確保し、徐々に人里を目指して行動範囲を広げていく。


 やるぞ! 二人で生き抜くんだ!

※次回、少しばかり話が飛びますので、ご注意ください。


 この続きが序幕の前編「(おび)えながら歩む男」になっています。

 そして、次回は序幕後編「疲れた男と迎える女」の続きから始まることになります。


 わざわざ読み返していただかなくても話は分かるようになっているはずですが、念のため。

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