第二十四話: 月無き夜の星の子たち
※歌はしっかり読み込む必要ありません。雰囲気で。物語には大して関係してこないはずです。
「よぉう、坊! 楽しませてもらってるぜ」
「ああ、大鎌の射手……と、皆さんもお揃いで」
「せっかくの祭りさ! たまにゃ憂さを晴らさないとね! ハッハー!」
「あはは、じゃんじゃんやってください。ジェルザにはいつもお世話になってますから」
「なんだい! 絆のひよっこも一緒かい! 羽目を外さない程度にせいぜい羽根を伸ばしなよ!」
「うぅ、うっす」
中級冒険者一行【草刈りの大鎌】も今夜はオフか。
流石に村の祭りで中級冒険者の手を煩わすような事態が起こるなど考えにくい。
普段は何かと忙しい人たちだし、のんびりしてもらえているのなら何よりである。
この辺りはオフの冒険者たちを筆頭に荒っぽい連中が集まっているようだ。
周りを見渡せば、一抱えもある酒壺を囲んで呑み比べをしているくらいならまだかわいい方で、半裸になって取っ組み合うレスリングやら、しっかり刃の付いた弓矢やナイフによる的当てやら、果てはモントリーを連れ出しての曲乗り……等々、他と比べて熱狂度は段違いである。
と言っても、冒険者というのは、言動こそ粗野に見えて自律的な人種であるため、勢い余って揉め事に発展しそうな危うさなど窺えない。特に、彼ら大鎌の目が光っている場では尚更だ。
そうして二言三言、皆とたわいない話をしていると。
――ポロロロロォン……ポロ~……ン…………。
優美な長いネックを特徴とするタンブールという弦楽器による幻想的な音色が響いた。
どうやら吟遊詩人が次の演奏を始めるらしい。なんとなし、耳を傾けてしまう。
――世の始まりは無にして無限 神の創りし匣の中
――匣の前には神一柱 太陽神にして創世神
――困憊した身に鞭打ちて 老いたる体を粉骨し 最後の最後の力を以て
――数多の世界に連なりし 新たな世界を築かんとす
――おお おお 我らが天地 グイド・ハマン・ニルヴィシア
――有なる光は無を追いやりて 無限は希望と名を変えて
――千億の昼に温める光 千億の夜には涼しむ光 輝きに満ちた千億の日々よ……
今夜の祭りに合わせて村を訪れたそこそこ若そうな吟遊詩人が、高らかに詩を吟ずる。
手ずから奏でるタンブールを伴として詠われるのは、この異世界ニルヴィシアの創世神話か。
――生命の初めは四つのダンジョン 光輝を頌するもののため 先ず配されしは四大の獣
――南西の果て 深淵の絶海 水のダンジョン 我らが死
――南東の果て 炎砂の燎原 火のダンジョン 我らが力
――北西の果て 無間の樹界 風のダンジョン 我らが糧
――北東の果て 世涯の峨々 大地のダンジョン 我らが生
――されど 大いなる創世の御手は遂に力尽き 三千世界の果ての果て 神界の果てに隠れ去る
――世界に光はもはやなく 草や木 形定まらぬ小さな生命 穏やかな闇に包まれ眠る
――ただダンジョンが自らを弼けるために顕した 精霊のみ世の無聊を慰む
――千億の昼に密やかな闇 千億の夜には蕭やかな闇 安らぎに満ちた千億の微睡……
――しかして ここに天地は開闢す
――世界の揺籃 闇の中 淡き光が射し込めば
――降臨せしは稚き女神 月の女神にして混沌神
――数限りなき眷属たる 若く小さな太陽と星の女神を召喚し 生命の種を砕き蒔く
――獣も虫も 妖も魔も 世を賑やかすものすべて 人の始祖 神代エルフを始まりに
――新たな世界は時を刻まん 千億の昼と夜を越え 更に千億の未来へ向かわんと
――今や 四大の獣は異界へ隠れ 神代エルフは死に絶えた 神降りぬ世になお我らは生きる
――永遠なるかな グイド・ハマン・ニルヴィシア
――おお! 栄華を満たせよ 匣の中
長い余韻を残しながら歌はここで終わり、タンブールが締めのアウトロに弦を震わせていく。
――ポロン、ポロン、トゥロロロポロロ……キュィッ、ポロロ~ン……。
『ふむ、創世だけを題材にした歌とは珍しいな。村の祭りで酔客相手に聞かせるにはちと固いが、貴族や神官に披露したら受けそうだ。ひょっとすると神殿育ちかも知れない。学がある』
「今回の吟遊詩人はまぁまぁ当たりの部類だったね」
特に見事だと思えたのは、こんな屋外の宴席でもよく通る声だろうか。
演奏は些かお粗末ではあるが、このタンブールに加えて、見た目の装飾も美しい弦楽器ウード、手持ちの琴といった趣のカヌム、先端が広がった縦笛ズルナ、合わせて四種類もの異なる楽器を曲ごとに使い分ける器用な楽師でもあり、なんだかんだ客受けは上々である。
暫し、立ったまま歌を聞き入っていた僕の下に姉クリスタが近付いてくる。
「シェガロ、そろそろお父さまたちのところへ参りますわよ」
「白ぼっちゃん、おそーい。おトイレ、どこまで行ってたの?」
宴たけなわ……と言うか、そろそろ子どもたちは退場しなければならない時間帯のようだ。
「おおっと、それじゃ俺はここまでだな」
クリスタといつもの取り巻き三人組、そしてファルーラも合流すると、入れ替わりにライレがここでお別れとなる。
見れば、彼の仲間であるシイリンとアザマースがこちらへやって来るところだった。
「いたいた、ライレ!」
「お、おう。シイリン、お疲れさん」
「ふへえ……やぁっと解放されたわあ。マジだりい」
「アザマースのせいじゃない、もぉ! こうなったら後は楽しまないと。さっ、行きましょ」
「ああ? いいのかよ? その……お前ら二人だけじゃなくてよ」
「は? どういうこと? 俺ら、まだなんかやることあんの?」
「さっきので星の役は終わりよ。明日も自由にしてて構わないみたい。ほら、早く早く」
「……そうか。お前らが良いなら良いんだけどよ」
仲良く三人で連れ立つ【真っ赤な絆】を見送ると、僕はクリスタたちと共に領主卓へ向かう。
広場のやや奥まったところ――神殿と村長宅に面した一画、領主マティオロと村の顔役たちが囲む一際大きな長テーブルは設えられている。
篝火よりも揺らぎのない光を発する【照明】の魔道具が、仄かに優しく辺りを灯す。
領主一族である母トゥーニヤ、妹双子ユミラーカとエミルーカ。従士長ノブロゴと部下三人、それから村の顔役――村長、組合支部長、大農、棟梁、鍛冶士、商店長、薬師、牧場主といった面々も、それぞれの身内と共に大テーブルの周りに集まっていた。
『こちらも随分出来上がってるな』
差しつ差されつ語り合う者たち、盤戯に興じる者たち、テーブルの側でゆったりと踊る者たち、既につぶれて眠っている者……、世界は変わっても宴の風景はさほど変わらないようだ。
「ママー!」と姉クリスタがトゥーニヤの下へと駆け寄れば、続いて「親父」「おとーさん」とハイナルカ・ファルーラ兄妹が棟梁の側へ歩み寄る。
彼らから少しばかり遅れ、僕も家族のところへ行く。
昼過ぎから狩猟大会に参加していた僕とクリスタ、神殿で祭事の手伝いをしていたトゥーニヤ、領主として宴をまとめていたマティオロ、留守番の妹双子……家族が揃って顔を合わせるのは、考えてみれば朝食以来、一日の最後にようやくとなる一家団欒だ。
体感で摂氏十度を下回るような寒空の下、ほとんど夜通し騒ぐ大人たちはさておき、こうして僕ら子どもたちの【聖浄の星祭り】はゆっくりと幕を閉じていったのだった。
いや、実を言うと、この直後、祭りを締めくくるアドニス司祭の祝詞により、思いも寄らない事件が巻き起こることになるのだが、ひとまずそれを語るのはまたの機会とさせてもらおう。
今はただ煌めく天空の星明かりと仄かな地上の灯明かりに祭りの余韻を感じていてほしい。
何にせよ、次の冒険は少しばかり先になるはずである。





