第二十話: 青田も買えず花摘み夜道
「ボウズ、最高の外しっぷりだったぜ!」
「ほら、一杯奢ってやるから次まで強く生きろや」
「来年、また頑張れよ! わはははは」
「うっせえや! お、ゴチっす! いや、来年までにカノジョつくるわ!」
僕らと話しているうち、ライレはすっかり調子を取り戻してきたようだ。
未だ、からかってくる周囲のオッサン連中に言い返しつつ、もう普通に飲み食いしている。
今夜だけ無料で振る舞われている蔵出しの劣化ワインではない、奢りの有料ワインを一気飲み。
サバナ牛の薄切り肉を幾層も重ね合わせて炙り焼きにした料理を三角形のポケット状になった薄い生地のパン――ピタパンに挟むと大きな口を開けてがぶり! 野卑にかぶりついた。
「……って、うっま! やべえ肉だな! この村ァ、ド田舎なのにメシ美味すぎじゃねえか?」
「これで驚いてもらっちゃ困るな。乾期だから野菜は少ないし、まだ質素な方だよ」
「マジか! これでか!」
「ふふん、うちに骨を埋める気になったら言ってね。初級程度の実力じゃあ高給は出せないけど、真面目に働いてくれれば、いずれは従士に取り立ててあげられるかも知れないよ」
「それはいいや。田舎貴族に仕えるよか下級冒険者の方が得だとかシイリンが言ってたしな」
「ぐぬぬ……シイリン……意外にちゃっかりしてるじゃない」
『なんともはや、若者たちの貴族離れが深刻だな』
有用な職能を開花させながら、まだ見習いの立場に甘んじている初級冒険者は、代々の家臣を持たない下位の貴族家にとってなかなか美味しい人材に見える。
社会的地位が高く、組合という大きな組織を窓口としている現役の冒険者を囲い込むことは、うちのような底辺貴族は疎か、たとえ高位の貴族であっても容易に叶わない。
対して、駆け出しの初級冒険者なら立場的にほとんどフリーのようなものだ。
即戦力とはいかずとも、目を掛け、懇意にしておくことは悪くない青田買いと言えるだろう。
「仕官はともかくとして、このまま根付いてくれたら有り難いんだけど」
「俺らは昇級審査を通ったら他に移るぜ。好き好んでゴブリンの相手なんてしたくねえしよ」
「……そっかあ。ダンジョン、ザコオニばっかだしねぇ」
現在の我が領は、ちょっとしたダンジョン特需により数組の冒険者一行が訪れている。
だが、彼らだってそういつまでもいてくれるとは限らず、甘い期待を懐くのは禁物である。
クズ魔石が少しばかり高く査定されるくらいのことで領地の魅力が上がるなら苦労はしない。
「あー、ちょっと飲み過ぎちゃったかな。トイレ、トイレ、と」
「おう、そんじゃ俺も行っとくか」
「え? なんで? 真似しないでよ」
「いや、いいだろ、別に。たまたまタイミングが合っただけじゃねえか」
悪いとは言わないが、男のくせに用を足すところへまで付いてくることもあるまいに。
……おっと、『男のくせに』などというのはジェンダー的に問題発言だったか。
「うーん、まぁ、いっか。もう辺りは薄暗いし、一人で行くのは心細いよね」
「なんで憐れむみたいに言われてんのか分かんねえけど」
「なかよしねー。ファルも付いてく?」
「「おかまいなく!」」
ファルーラを残して席を立ち、二人揃って広場の外れにある公衆トイレへ向かう……と。
篝火が遠ざかり、人通りも少なくなってきたところで、どこからか下卑た声が聞こえてきた。
「げははは、ンなもん脱いで付き合えよ。可愛がってやるからよお……うぃーっ」
「……!? …………っ!」
「ぶっはぁ、こいつは結構おもしれえな! 当たりか外れか剥いてみるまで分かんねえってのが」
見れば、蔭になった小さな路地の角辺り、一人の星娘が二人の酔っぱらいに絡まれている。
僕たちのようにトイレ……じゃなくて休憩にでも行くところを捕まってしまったのだろうか。
「つうか、すばしっこいぞ……ひっく! オラっ、大人しくしろって」
「…………っ?」
布の端や仮面を掴もうと伸ばしてくる手だけは躱しているものの、体格に勝る男二人掛かりで建物の壁へと押しやられ、徐々に身動きを封じられつつあるようだ。
『見覚えのない連中だ。冒険者ではなさそうだし、また新しく入ってきた移住者かな』
「まったく、羽目を外しすぎだよ。村長はちゃんと新参者に言って聞かせておいてくれないと。星娘には【名指し】以外で手を触れてはいけませんって」
「ンな話は後だろ。見た感じ、あんま心配いらないみたいだけどさっさと助けてやろうぜ」
「うん、そうだね」
警邏が来るまで放っておくわけにもいくまいと、僕らは足を踏み出す――。





