第十六話: 狩猟大会、ラストアタック
浅く流れる小川の汀、体長四メートルを超すモンスター・サバナ牛が半身を泥に突っ込ませて横倒しとなり、耳をつんざく唸り声を上げ続けている。
「もらったぞ! アアアッララァイ!」
その場へ一足早く駆け込んできたのはイヌオ――赤毛の少年ハイナルカだった。
片手で持つには大きめの鉞を振り上げ、泥地に蹄を取られて足掻く猛牛へと肉薄する。
辺り一帯、現在は半ば干上がっているとは言え、雨季の最中ともなれば川底に沈む場所だ。
ところどころ、まるで底なし沼の如く泥が堆積しており、ぬるぬると滑る。
体重二トンに迫るのではないかというサバナ牛にとって、体勢を立て直すことは容易でない。
その首元深くへ、ドガッ!と轟く打撃音と共に鉞の刃が叩き込まれた。
再度、大きく振りかぶって二撃目! 更に三撃目! 繰り返し大斧は振るわれていく……が。
「あぶない!」
「下がって! イヌオ!」
「ぶぅもおおおおおおおっっっ!!」
まだそれほどの力が残されていたのか、サバナ牛は血塗れの首をよじり、巨大な角を振り回す。
しかし、追いついてきたカザルプとコシャルの投石が命中し、僅かに頭の動き出しが鈍り……。
間一髪! ハイナルカは斜めに飛び退き、回避を成功させた。
ただし、僅かな間にサバナ牛も体勢を整え、身を起こしており、仕切り直しとなった恰好だ。
「うわっ、まだ立ち上がるんだ。あれだけ攻撃を当ててるのに……」
「大丈夫だ! 足場の悪いここなら自由に暴れられっこねえ。ダメージも入ってる。やるぞ!」
「「おおう!」」
『いや、残念ながら、ここで時間切れらしい』
「あ、ほんとだ。これは決まるね」
――ひょぅ……っ、ドスッ!
どこからともなく飛来した一本の矢が、まるで吸い込まれるかの如く、サバナ牛に突き刺さる。的はその首元に開いた傷口のど真ん中。折良く、少年たちが気勢を上げた直後の出来事だった。
根元まで深々と刺さった矢はどう見ても致命傷――トドメの一撃である。
今の今まで吠え猛っていた暴れ牛が、一声も発することなく、ゆっくり地に伏せてゆく。
「ぎにゃーっ! 私の獲物があ! 誰? 今、撃ったのは誰ですの? 出てきなさい!」
川岸より姉クリスタの声が響き、皆が周りを見渡せば、対岸の遙か下流の方角に人影が一つ。
サバナ牛が倒れているところからだと百メートル近く離れているだろうか。
「あいつだ!」
「あいつかぁ……」
「もー! もー! あとちょっとだったのに!」
軽やかな身のこなしで対岸の坂を下りてくるのは二メートルに迫る長大な弓を手にした人影だ。
頭に巻き付けた表装布と黒く長い前髪によって顔の半分を隠す、黒い肌の青年である。
「ほほう、相変わらず見事な弓ですね。ユゼクは」
「ふふん、我が領一番の弓取りですから」
年の頃、二十歳くらいの彼――ユゼクは、成人前後の十代を対象とした本大会の参加資格から外れており、引率の一人として子どもたちの護衛と周辺警戒を担っていた。
ちなみに、しれっと僕らの近くにいるアドニス司祭にも参加資格はない、言うまでもなく。
「……ったく、こんな大物を狙うかよ。逃げろよ。他の奴らが真似したらあぶねえだろうが」
「けどよう、ユゼク。もう少しで仕留められそうだったんだぜ?」
「そうだ、そうだ、ジックの矢がなくったって」
「バーカ。やれそうだと思えたときは考え直せっての。絶対やれるときだけにしとけ」
近付いてきたユゼクは挨拶も抜きに、まず少年たちの蛮勇を咎める。
開拓最初期よりの移住組である僕らは全員が幼馴染。言い聞かせる言葉もそう強くはないが。
「ちょっと、ジック……じゃなくてユゼク!」
「……ちっ」
「よくも私の獲物を横から盗ってくれましたわね! オイ、コラ! なに無視してんの! これ、ちゃんと私のポイントになるんでしょうねっ!? ねえ! どこ行くの? 返事しなさいってば!」
肩を怒らせたクリスタが絡み始めると、ユゼクはあからさまに嫌そうな顔をして離れていく。
最後まで、僕とは目を合わせようともせず。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
水ダルマに捕らえておいたラーテルを仕留め、集まってきた大人たちにも協力してもらいつつサバナ牛と共に解体処理したところで、大草原に高らかな角笛の音が響き渡った。
狩猟大会の閉幕を告げる合図である。
残念ながら、サバナ牛は僕らの獲物とは認められなかった。
しかし、替わりにと言うべきか、最後の最後、大会終了直前に別の獲物を得ることはできた。
それをもたらしたのは、あのラーテルが追いかけていた一羽の小鳥だ。
ファルーラの指摘により見付けた小鳥を皆で追ってみれば、折れた倒木の根元へと辿り着き。
「あった! すごく大きそうなの」
「まだ群れも冬眠してないか。こいつは期待できるぞ」
「ハチミツ!」
そう、その根元に空いた洞の奥、ミツバチの大きな巣が見えていた。
ここまで僕たちを案内してきた一見変わったところのない小鳥はミツオシエと呼ばれている。
実は、自分では獲れないハチミツにありつくため、他の動物をハチの巣まで道案内するという変わった習性を持っており、しばしば彼らに選ばれる協力者こそがラーテルなのだ。
ハチミツはラーテルの大好物なのだと言う。
『こんな賢しらな鳥がいるとはな。さすがは異世界というべきか』
「有り難い鳥だよ。こいつに教えてもらわないと、ハチの巣なんてまず見つからないからね」
クリスタの魔法術【睡の雲】でミツバチを眠らせ、ハチの巣をまるまる手に入れた僕たちは、先に仕留めたラーテルやその他の獲物と合わせて文句なしの大会優勝を果たした。
結局、大して戦力にはなれなかった僕だが、その喜びは皆と分かち合うことができたのだった。
※ラーテルとミツオシエは実在の生き物です。面白い関係の奴らですよね。





