第七話: 欠食時代を振り返る
とある日の朝、だだっ広い農地の片隅。
なんとなしに見渡せば、辺り一面、すっかり茶色くなった地面ばかりが目に入る。
収穫を終えて次の種蒔きを待つ休閑地や春蒔き耕地は当然として、耕作中の秋蒔き農地でさえ未だ地表に芽吹く様を見せないこの乾期の眺めは、干涸らびた風景としか言いようがない。
そうして砂埃混じりの乾いた風に吹かれていると、否応なしに二年前を思い出してしまう。
最初にイナゴの大群を凌いだ後にも、繰り返し襲来する小規模な群れと戦い続けたこと。
鳥のジャンボが落としていった多数の大岩を崩す人手も時間もなく、クレーター状に抉られた地面と辺りに堆積した土砂、そして岩表面に積もり積もった砂埃が砂嵐さながらに吹き荒れる中、イナゴどもによって食い散らかされた畑と草原を皆で浚い、せせこましく落穂拾いにも励んだ。
たとえ畑に作物の姿がなくなろうと、秋耕地に埋まる種籾や冬芽、土壌を肥やすための藁さえ囓りつく奴らとの生存競争は、誇張抜きで永遠に続くのではないかと思われた。
『始めの頃は余裕がなくて、村人同士、寄ると触ると喧嘩していたな。食糧が減らされてきたら、そんな気力さえなくなって今度は冷戦状態だ。あれも険悪で居たたまれない雰囲気だった』
「ホント、最近の村で起こってる諍いなんか可愛いもんだって思うよ」
栄養価などなさそうな、紙か何かを思わせる食感のイナゴ肉を含めたとしても心許ない保存食、日持ちのする穀物は例年のおよそ六割ほどしかなく、行商は途絶、国や他領からの支援も無し。
そんな状況で飢饉が本格化してくれば、死傷者がまったく出ないはずなどない。
栄養失調から病気をこじらせ、亡くなる子どもや年寄りがいた。
先行きへの不安から暴動が起こり、巻き込まれてしまう無辜の者もいた。
すべての食糧を一括管理していた領主の倉を襲い、厳罰に処された者まで。
挙げ句、狩猟と採集のために飢餓を押して遠征し、空振りで犠牲者だけを出してしまった。
それでも……。
結局、翌年の収穫までの間、我が領では直接の餓死者だけはゼロに抑えることができた。
その最大の救いとなったものが、ダンジョンで見付けてきた奇妙な魔樹――牧羊樹である。
どうにか村の畑に根付かせることができた数本ばかりの牧羊樹は、乾期が訪れるまでに数十頭……もとい、数十個もの元気な果実を実らせてくれた。
一個の果実から取れる肉の量でさえ、数百人いる領民全員の食事一日分にも迫るほどであり、生きたヒツジとして長期保存できるため加工は不要、栄養価に関しても申し分ない。
お蔭で、僕らは乾期の盛りまでのおよそ二ヶ月間、さほど飢えることなく過ごせたのだった。
「後から聞いた話だと、同時期の他領では早くも相当な数の餓死者が出ていたらしいから……」
『と言っても、うちだって飢えを凌げていたのはかろうじて乾期の序盤だけだ。頼みの牧羊樹の葉が落ち、すべての果実を収穫し終えた頃には、その他の保存食も尽きようとしていた』
「あの頃は……みんな、おかしくなりかけていて怖かったよ。モントリーを潰して食べようとか言い出すバカもいたっけ」
『うん? あー、あぁ、思えば、お前も大分おかしくなってたな』
いざというときの足になるオオスズメをたかだか数人分ないし数食分の肉にするなど、実際、ありえない話だが、楽天家の奴は発案者にキレちらかすほど危うい様子を見せていたものだ。
――お前らにも焼き鳥にされる気持ちを味わわせてやろうか!! どいて、ノブさん! そいつら!
『いや、うん……僕は何も聞かなかった。見なかった。忘れよう』
さておき、とうとう食糧の底が見え始め、エルキル領も進退極まったかという乾期の終盤――。
「これに助けられたというわけなんだよ」
「「「おおお~っ!」」」
片手を大きく横へ伸ばし、掌で指し示せば、引き連れてきた同行者たちから歓声が上がる。
その視線の先には、真っ赤に燃え盛る一本の樹が生えている。





