◆閑話: 異世界ファッション、改めて
――ごそごそ、ごそ……。
「僕はこのままで良いか。……はい、君はそれ脱いでこっちに穿き替えて」
「えぁ、これじゃだめ?」
「汚れちゃうと思うからね」
「わかったぁ」
既に昼下がりを下り、夕暮れを意識し始める時間帯、流石に大草原の陽射しも落ち着いてきた。
空に雲が増えてくる今時分は一日の仕事納へ向けたラストスパートといったところ。
明らかに熱帯に属するこの地域だが、湿度が低く、風があるため、実際はイメージされるほど過酷な暑さを感じることは年間通してもそうは無い。
とは言え、身を焼く強い陽射しにだけは辟易させられてしまう。
必然的に外仕事のスケジュールは朝夕で本腰を入れるものとして組まれがちだ。
自室の衣装箱を漁りながら、僕は屋内用の部屋着から屋外用の作業着へと服装を整えていく。
取り出した布を幾重にもまとい、隣を見れば、のろのろと布をまとうファルの姿がある。
「んっしょ、んっしょ」
「そう言えば、ファルはもう一人でも服を着られるんだね。えらいよ」
「こんがらかるとこ、おかーさんといっぱいやったからねー」
『ふむ、二人とも忘れ物はなさそうだな。帽子もちゃんと被れよ』
この地で用いられる一般的な衣服は、前世地球文化に照らし合わせるなら、概ね、ギリシア・ローマ風と言って良いだろう。
麻地や羊毛で織られた大きな一枚布を身体に巻き付け、腰帯や組紐、ブローチなどで固定するシンプルなスタイルを思い浮かべてもらえば、おそらくそれほど間違っていないはずだ。
しかし、当然ながら異なるところも多い。
柔らかく伸縮性のある細い羊毛で編んだ網パンツ――女性は加えて胸当ても――を肌着として身に着けるし、その上にはややピッチリした作務衣という印象を受ける薄手の内衣を着る。
そこから前開きのゆったりとした外衣を羽織った後、更に表装布を重ねるのである。
これだけ重ね着をするわけだから、最後の表装布は割りとラフにまとう人が多い。
普通に想像されるであろうローマ貴族風の恰好を見掛けることはあまりなく、旅人のマント風、折り返して腰に巻くパレオ風、風呂上がりのバスタオル風、頭からすっぽり被るフードローブ風……等々、統一性などは無く個人個人で好きにまとっているようだ。
足には木沓や革靴を履き、頭に鍔なし帽子などを被るのも大きな違いと言えるだろうか。
『こうして説明しているとゴテゴテとして暑苦しい恰好に思われるかも知れないな』
「意外と着心地が好くて動きやすいし、涼しいんだけどね」
なにせ、日中の気温が四十度を超える熱帯気候であり、人間の体温の方がよほど低いくらいだ。
風通しさえ良くしておけば、厚着で直射日光を防ぐ方が効率的に涼を取れるわけである。
悪辣極まりない害虫や毒草、鬱陶しい砂埃、それらを防ぐためにも肌を隠す厚着は推奨される。
まぁ、平民の場合、内衣や外衣をあまり着ず「肌着の上に表装布!」みたいな人ばかりだが。
目の前にいるファルも、パンツ一丁の上に長袖ワンピースじみた内衣というコーデである。
その上から、まだ数え年で七つの女児にしてはなかなか器用な手つきで表装布をまとう。
『なにげに染色技術が発達しているから、色と模様のお蔭でこんなでも見た目は華やかだよ』
姉のクリスなどはお洒落なもので、外衣の代わりに鮮やかな色をしたジャケットとスカートを着用したりすることもあり、中世レベルの文明度、田舎の村……とバカにしたものではない。
「できたー」
「うん、じゃあ出掛けようか」
出掛ける支度を調え、二人で領主屋敷……ごめん、ちょっと見栄を張った。こぢんまりとした二階建てログハウスである自宅の出口へと向かう。
――シャーっ……カシャン!
「おはよう、ナイコーンさま。散歩に行くよ」
「……あたま? さわって?」
「オットモーシャボテーン!」
一階リビングダイニングの片隅に置かれた大きな金網籠から角無しウサギのナイコーンさまを出してやり、二人と一匹で連れ立ち、今日も午後の仕事へと出発していくのだった。
ふと思いつき、衣装関係の設定をやっつけ閑話風にまとめたものとなります。
作者自身、各キャラの恰好をイメージし忘れそうになりますので、ここで一つ改めて。
内容が薄くてすみません。
捕捉:
文化的には、十世紀頃の東ローマ(ビザンツ帝国)を意識しています。
もっと熱帯ですし、平民寄りですし、やや服飾文化が進んでいますし、ファンタジーですので、本編中で書いたように違いは多いのですが、文章で分かりにくかった方は「ビザンツ帝国 衣装」などで画像検索すると雰囲気がイメージしやすいかも知れません。
あくまでも雰囲気。アレンジは自由です。ファンタジーですから!





