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シールディザイアー ~双世の精霊術師、遙か高嶺に手を伸ばし~  作者: プロエトス
第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて
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最終話: 雲翻りし朔の頃

 あの雲中の決戦から二週間。


 鳥のジャンボはまだ一度も飛来しておらず、遙か上空を飛ぶ姿も目撃されていない。

 逆に、空には季節外れの大きな雲がいくつも浮かび、まるでこれから雨季が始まるかのようだ。

 皆の見立てによれば、今年は遅く乾期が訪れ、やや短く終わるのではないかと言うことだ。


『それはそれで次の雨季に悪影響がないか心配になってくるけどな』


「でも、間違いなく乾期を乗りきるのが楽になるわけだから、今だけは本当に助かるよ」


 どうやら王都周辺も手酷く蝗害(こうがい)にやられているらしく、どうあっても飢饉(ききん)の訪れは免れない。

 しかし、イナゴに食い荒らされた大草原(サバナ)には(わず)かながら回復の兆しが見られ、ダンジョンから持ち帰った牧羊樹(ぼくようじゅ)などの物資があれば、ギリギリ我が領地では餓死者を出さずに済みそうである。


――きゃっ、きゃっ。きゃっ、きゃっ。


「わーい、ヒツジふわふわーっ! ひびのつかれがいやされるわぁ」

「早く替われよー。ボクはこいつを一周キメてからじゃないとお昼寝できないんだよー」

「メエエエエ」


 すっかり村の児童遊具と化したメリーゴーラウンド――牧羊樹で(たわむ)れる子どもたちの顔にも、もはや影は見られない。

 ようやくイナゴの後始末が終わり、ここ数日は比較的穏やかな日常が戻ってきた感さえある。


「もっと速く走んなさい、ハイヨー! ですわっ!」

「あんまヒツジを叩かんでやってくれんかね、真白(まっしろ)お嬢さま。こいつらは騎獣(きじゅう)じゃねえでよォ」

「んベェエエエ」


 ときには、和やかな雰囲気が少しばかり削がれることもあるが。

 ……てか、我が姉であるところのクリス嬢には自分の愛羽(モントリー)がいるだろう。牧場へ行きなさい!


「あたま?」

「あー、はいはい。もっふる、もっふる……と」


 今は僕ものんびり、午睡がてらナイコーンさまの頭を撫でさせられている最中だ。


「でざいあー、でざいあー……むむむむむぅ……ねーえ、白ぼっちゃん、もういい?」

「だめだよ。まだ一回もできてないじゃないか」

「だって、これ、つまんないんだもん。みんなしてファルのこと無視するんだもん。なんで? でざいあーでざいあーでざいあーでざいあー……」


 あの後、両親からこっぴどく叱られたファルには、更なる厳しい(しつけ)の日々が待っていた。

 その一環として我が領主家での奉公(ほうこう)も始まっており、お手伝い(メイド)さんの雑用を手伝わされる(かたわ)ら、空いた時間には僕個人のお付きとして行く先々にくっついて回っている。

 と言っても、僕には取り立ててファルの手を借りたいことなんてないため、(もっぱ)ら、こんな風に精霊への請願(せいがん)を練習してもらったりしているのだ……が。


 見ての通り、そちらは非常に難航している。


 はてさて、何がいけないのやら、初歩な精霊術さえ成功しない。あれ以来、ただの一度もだ。


「頑張れ。妖精の取り替え子(チェンジリング)に限った話じゃなく、妖精(エルフ)という種族は、精霊に好かれやすいって言うからさ。あのとき雲の中ではちょうちょ(ヽヽヽヽヽ)()べたじゃないか」


 聞けば、ファルは辺りに遍在へんざいする精霊の姿をぼんやり()ることはできるものの、声を聞いたり聞かせたり、身振り手振りなども含め、一切のコミュニケーションは叶わないらしい。


『まぁ、明らかにやる気がなさそうだしな。だいぶストレスも溜まっていそうだ。これは気長に興味が向くのを待った方が良いかも知れないぞ』


「精霊術師が領地にもう一人いれば何かと助かるだろうけど……それがファルじゃねえ」

「でざいあでざいあっ! もぉやだぁ! んきゃーっ、オトモシャボテーン!」

「あたま……さわって?」


 突如、奇声を上げたファルが、僕の足下(あしもと)ぐでーっ(ヽヽヽヽ)と地面に伸びているナイコーンさまの背に全身を投げ出せば、モフモフの長い毛はそれを容易(たやす)く受け止め、宙高く(はず)ませてしまう。


「ちょおっ! なんで飛び掛かってくるのさっ?」

「あははは! でざいあー!」


 そうしてファルは、さながらボディプレスを繰り出すかのように僕へ激突してきた。


 仰向けに押し倒されつつ、ふと空を見れば、すこぶる好天だ。この後は何をしようかな?






     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 場面は変わる。


 そこは、今現在のシェガロには知り得ないどこか別の場所。


 窓の一つもなく明かりも灯されていない真っ暗な……おそらくは屋内の一室。


 調度品どころか広ささえも知れないこの場には、ただ、ひそひそと響く小さな声だけがあった。


「――ということです。おそらく、精霊術師であることは確定と見てよろしいかと」

年端(としは)()かぬ平人(ノーマン)の男の子が大怪鳥(ルフ)を……」

「そちらも確度の高い情報となっています。特級魔獣をたった一人で退けたというだけでも(にわか)に信じがたいことですけれど」

「くすっ、まるでお伽噺(とぎばなし)のよう。為人(ひととなり)は少し、心象から外れていますね」


 声は二つ……どちらも年若い女性のものと思えるが、(ささや)きであるため、断定するのは難しい。

 互いに言葉遣いは平民のそれでなく、(いや)しからぬ身分の主従であろうことだけは(うかが)えるか。


「それで……空を、飛ぶのでしたか?」

「まるで鳥のように身一つで()ぶのだとか。風の扱いに()けているそうです。属性は当てはまり、年齢と性別は一致。お捜しの御方である可能性は、現時点においても相当高いと思われます」

「どうでしょう。実際に会ってみなければ……いつ、()べるのですか?」


 その問いに対し、(かす)かに身動(みじろ)ぐ気配が返された。


「……申し訳ありません。召喚に関しては難航し、未だとりつく島もなく」

「あら、貴女(あなた)にしては珍しい不手際ですね」


 声は決して(とが)める調子ではない。

 しかし、投げかけられた側はやや緊張の(にじ)む声で言葉を発し始める。


「下級とは言え、貴族家の嫡男となれば、年齢や立場も(あわ)せて働きかけは殊更(ことさら)に難しくなります。方々からの()に余計な(かん)ぐりをさせぬためにも慎重を期さねばなりません。加えて戦乱と災害、動きにくい周辺情勢が今後も長く続くことが予想され、現状ではどうしても」

「……(わずら)わしいこと」


 小さな嘆息(たんそく)の後、会話が途切れる。

 暗闇の中、物音一つ立たず、誰もいなくなったかのような静寂がどれだけ続いただろうか。


「ふぅ、待つしかないのでしょうね。これまでと同じように」

「非才のこの身をお許しください」

「似合わない(へりくだ)りは結構ですよ。それよりも見極めだけは早急(さっきゅう)に。できますね?」

「は、はい。他の候補よりも優先度を上げ、(ただ)ちに詳しい情報を集めさせます」

「よしなに」


 と、一つの気配がこの場を去る。

 後に残されたのは、先ほどまでとは比較にならない真の静寂。


 それは、もはや気配すら感じられない闇そのものだった。


 やがて、ポツリ……と。


「寒い」


 (わず)かな衣擦れの音を交えつつ、呟きが()れた。


「あなたはどこにいるのですか?」


 (かす)れるような声、問いは誰の(もと)へも届かぬまま闇に染み入る。


「ここへ来て、私を見付けてください。名前を、呼んでください」


 たとえ感情を込め、(こいねが)おうとも何一つ変化は訪れない。


「あなたが足りなくて……このままだと、私……世界を壊してしまう(・・・・・・・・・)かも知れませんよ?」

 第二部第一章はここまでとなります。

 予定していたよりもボリュームが大増してしまい、ようやく一区切り付けることができました。

 もちろん、お話はまだまだ完結しませんが。


 次の第二章ではイケメンな新キャラが登場予定。

 引き続き、お楽しみいただけますように!


 それから、よろしければ、下記のブックマークや★★★★★を是非。★1個でも有り難く!


 今後も含め、もしも面白いところがありましたら、なんらかのリアクションを頂けると大きな励みになりますので、「いいね」や感想/レビューなども合わせ、いつでもお気軽にどうぞ。

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― 新着の感想 ―
餓死者を出さずに済んだのも、乾季が短いのもシェガロとファルの活躍あってこそ!村の中も平穏そうで和みました(*´ω`*) そしてファルは精霊術の練習ですか!苦労しているようですが、先で開花しそうですね…
[気になる点] つ、ついに!! あの人が再登場?? そろそろ最新話に追い付いてしまいそうです!! 今まで通り、ゆっくり楽しませていただきますね!
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