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シールディザイアー ~双世の精霊術師、遙か高嶺に手を伸ばし~  作者: プロエトス
第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて
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第四十九話: 翼に翻弄される幼児

 空中をざっと百メートルあまり吹き飛ばされた後、かろうじて体勢を立て直した僕は、雨雲を突き抜けた彼方(かなた)でこちらへ向かって反転しつつある鳥のジャンボの姿を捉えた。


「ちょっ! ちょお! ちょっと! 話が違わない!?」


『これほどの雲でもまだ足りなかったと言うのかっ!? ……待て。そもそも、大きな雨雲を奴が必ず(・・)()けるだなんて話は誰もしていなかったかも知れないな』


 だが、あのジャンボが雲を嫌い、意図的に散らすという話に関しては本当だったようだ。


 飛び去っていくことなく、東の空で大きく旋回した巨鳥は、再びこちらへ向かって飛んでくる。


――ズズズズズズズズズズズズズズゥゥゥゥゥ…………。


 旋回する際、その両足から(ほう)られ、遠くへと落ちていった大岩が地上を激しく揺るがす。

 大地の(とどろ)きがこんな高空にまで響いてくる中で、更なる轟音を伴った暴風を()き起こしながら叢雲(むらくも)を掻き分け、全長一四〇メートルに及ぶ巨体がほとんど目と鼻の先を突っ切ってゆく。

 雲中に発生している放電により羽根先をバチバチ焼かれるも、まるで気に留める様子はない。


 僕は、赤マントをはためかせながら高速で接近し、散っていく雲を留めようとする、が。


水の精霊に我は請う(デザイアウォーター)、つどえ……くっ、ごっそり吹き散らされたぁ! 速すぎる!」


『あの圧倒的質量の恐ろしさは言うまでもないが、想定外の飛行速度も脅威的だな』


「何百メートルも向こうから一瞬で飛んでくるからね。正直に言えば、(かわ)すだけで精一杯だし、このまま雨雲を維持し続けるのは流石(さすが)に難しそうだよ」


『となれば、作戦は失敗か。(いさぎよ)く出直すとしよう』


 そのとき、三度(みたび)飛来したジャンボが、全力で飛び退()いた僕らのやや下方を通過する。

 先ほどまでと同様、空中に浮かぶ小島のような巨体は、ほんの一秒足らずで飛び去っていく。

 違う! 直前! 確かに見た! 奴の巨大な目玉が……。


――ギロリ!


『まずい、見られた!?』


「んん? 見られたからって、別に僕のことなんて気にも()めないんじゃない?」


 それは楽観的に過ぎるというものだろう。

 確かに、本来ならば、ちっぽけな人間ごときを気にする生物ではなかろうが、今はそいつらに留守宅を荒らされ、わざわざ出張(でば)ってきている最中だということを忘れてはならない。

 よしんば空き巣の一味とはバレずとも、この雲と僕との関連性は明白、言い逃れるのは困難だ。


 そんな危惧(きぐ)に応えるかのように、ジャンボは驚くべき速さで縦方向の急旋回を決める。

 (なめ)らかな機動で真っ直ぐ巨体を起こし、そのまま、こちらの方へ向き直ると、左右にそれぞれ五十メートル以上も広げた翼をやや後ろまで一瞬だけ振りかぶり……力強く羽ばたかせた。


「どっ!? ひゃあ――――」


 ゴオオオッと苛烈(かれつ)暴威(ぼうい)(もっ)て襲い掛かってくる突風! 抗うことなどできようはずもなく、僕の身体(からだ)はバランスを失って上下左右も分からぬまま高速で墜落していく。


 数百メートル落とされ、地面まであと数十……そこで姿勢制御を果たし、辛くも墜死(ついし)は免れる。

 眼下では、村を囲む(さく)の一部が土居(どい)と共に、この突風の余波によって吹き飛ばされていた。


 が、まだ危機は去ってなどいない!


 見上げずとも分かる! 遙か上空からハヤブサのように……いや、天が落ちてくるかのように! 真っ直ぐ急降下してくるジャンボの強烈な圧を否応もなく全身で感じさせられる。


風の精霊に我は請う(デザイアエアー)、全力で――うわああああっ!」


 咄嗟(とっさ)請願(せいがん)も間に合わず、凄まじい衝撃波により、またもや僕の幼躯(ようく)は吹き飛ばされる。


 戦闘機によるアクロバット飛行の如く、垂直に近しい急降下、地面スレスレでの引き起こし、そして垂直急上昇という離れ(わざ)を立て続けに披露したジャンボは、もはや巨岩による高空爆撃と区別が付かないほどの衝撃を、風圧のみで大地へと叩きつけていった。


 先日、村の端に建てたばかりの小屋が六(むね)も、バラバラになって僕と一緒に吹き飛んでいく。

 まだ入居者が決まっておらず無人のまま、付近にも人がいなかったのは不幸中の幸いか。


 ……いいや! 人は、いた!


 洗濯機にでも放り込まれたかのような有様で宙を舞う僕の視界の隅に、それが映り込む。


「ああ、なんであんなところに!」


 夜が明けてなお村上空で不自然に留まり続けている大きな雨雲。

 常の如く飛来したジャンボの常になく執拗(しつよう)な旋回行動。


 領民たちはとっくの昔に異変を察し、村の西側からの避難を完了させているようだった。

 少なくとも、先ほどから見渡す範囲内に野次馬(やじうま)の一人さえ確認できてはいない。

 だが、どうやら物陰に隠れて見物していた変わり者はいたらしい。


 掘っ立て小屋の破片や大量の土砂と共に()き上げられたのは小さな子ども……それも女児(じょじ)だ。


「ひゃあああああん!」


 姿勢制御もそこそこに錐揉(きりも)み回転しながら力尽くで軌道を変え、空高く舞い上がった女児――ファルの方へと手を伸ばし。そして、どうにか腕の中に、その小さな身体(からだ)(つか)まえる。


「くうぅっ!」


 ぐるぐる目が回る中、自身の空間識さえ危うくなるが、地面へ落ちぬようにとだけ意識しつつ飛び続けること数十秒、今なお虫食いだらけの大草原(サバナ)の真上でやっとバランスを立て直す。


『ああ、随分(ずいぶん)と遠くまで飛ばされてきたな。不本意だが、ジャンボの奴に目を付けられた以上、もう村へ戻るわけにはいかないし、これはこれで好都合と言えなくもないか』


「はぁはぁ……うん、後はあいつを村から遠ざける(おとり)役を務めないと。でも、どうしよう」


 あたかもコアラ、あるいは前世で往年の大ヒット商品として知られたビニール人形さながらに両手両足でガッシリと僕の胴体にしがみついている女児へと目をやる。


「……ファル」

「あ、誰かと思ったら白ぼっちゃんだった。ぐるぐる! なにこれ? きゃっ、飛んでる!?」


 いくらなんでも、この子を一人、草原(サバナ)の中へ置き去りにはできない。


『ささっと村まで戻って置いてくるか? ……おおっと、そんな余裕はなさそうだ』


「仕方ないね。ちょっと付き合ってもらうよ、ファル! そのまましっかり(つか)まってて!」


 身にまとう各種精霊術の効果範囲を拡大し、妖精の取り替え子(チェンジリング)を腕に抱いたまま舞い上がる。


 翼を広げ舞い下りてくる巨鳥(ジャンボ)とすれ違うように。


 目指すは再び遙か上空。今なお散らされず、もくもく(ヽヽヽヽ)とそびえる積乱雲の中だ。

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― 新着の感想 ―
相手が巨大なだけに、一つ羽ばたいただけでも大惨事ですね汗 ジャンボと目が合ったときは縮み上がりました(;´∀`) そんななか、見学していたファルちゃん! 大変なことになってるのに、口調に余裕があって、…
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