第四十五話: 靄に捲かれて虎の口
「やっぱりダメだぁ。ごめんなさい」
「いや、気にせんで良い。シェガロのせいではなかろう。不運が重なった」
上空に浮かんで四方八方を見渡すも、何一つ見覚えのある地形を確認できない。
思わず謝罪を口にする僕だが、マティオロ氏の言うように、これは別にミスなどではなかった。
ゾウのジャンボに追い回され、鳥のジャンボに救われた後、再び移動を開始し始めた僕らは、ほどなくして帰路の方角を完全に見失っていることを悟ったのだった。
気付けば、ずっとナビゲーターを務めていた僕の目も眩まされており、もう役には立たない。
その原因はいつの間にやら地上十メートル以上の高さにまで立ち上っていた紅靄である。
「おうおう、あのルフが低いとこ飛んでったせいかね、こりゃ」
「ちと参りやしたね。時間が経ちゃ元に戻るやも知れねえっすが」
「どうする、領主様! まだかなり早いけど、今日はここまでにしとくかい!?」
探索隊リーダーとして判断を委ねられたマティオロ氏は、腕を組んで皆を見渡す。
先ほどの休憩時、神聖術の祈念【疲労回復】と地の精霊術【命の精髄】を掛けておいたため、まだまだ誰の顔からも体力的な不安は感じられない。
荷車に載った牧羊樹の陰でぷぅぷぅといびきを掻くナイコーンの奴については言うまでもなく。
「いや、移動を続ける! 幸い、この場は上り坂。現在地を確認できる高所へ向かうぞ」
「はいよ! そら、気張んな! アンタたち!」
号令に従い、一団はゆっくりと慎重に進み始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
小高い丘となっている岩場を登りきってみれば、ようやく立ちこめる紅靄の上へと出た。
すると、記憶にある大枯木方面への目印は、すぐ視界の内に捉えることができた。
危惧していた通り、これまで通ってきた既知のエリアからは相当外れてしまっていたものの、最低限、紅靄の状態さえ落ち着いてくれれば迷子にはならず済みそうである。
と、安心したところで改めて、上空から周辺の様子を見渡してみる。
この丘にはさほど草木が生えておらず、そこら中にゴロゴロと岩石が転がっていた。
今、僕が浮かんでいる高さに達する十メートル級の巨石も多く、相応に視界は塞がれ気味だ。
ひとまず開けた場所を探そうと、一団は巨石群の間を縫うように通り抜けていく。
僕は、見通しの利かない岩陰を警戒し、ぐるりと巨石の上部周りをなぞりながら飛んでみる。
そこで、ふと視界の端に映り込んだ物があった。
「あ! 宝箱!」
「シェガロ、でかした!」
周りの巨石群と比べれば小さめな岩の根元にひっそり鎮座する、石棺に似たその器物こそは、いくつ見付けようとも有り難さしかないダンジョンの贈り物――宝箱だった。
全員、喜び勇んでそちらへ向かい、早速と斥候さんの手によって蓋が開けられる。
「これは、苗木だな? 誰か、詳しく知る者はおるか?」
「生憎と思い当たらないねえ! けど、火属性の魔樹は珍しいはずだよ!」
箱の中に納められていたのは、まるで燃えているように真っ赤な色をした小振りな苗木だ。
小さな土の鉢に、小指の爪にも満たない大きさの赤いクズ魔石が無数に入っており、そこから枝も葉もない十二三センチ程度の細い幹が真っ直ぐ一本だけ立っていた。
『鉢がなかったら指揮棒か何かと間違ってしまいそうだ。ん? なんだか煙が出てきてるぞ』
「うわ!? 勝手に燃え始めたよ!」
「おいおい、線香やら蝋燭やらじゃあるめえし」
鉢に植わった苗木を皆で調べていると、突然、幹の先端から一筋、白い煙が上り始める。
かと思えば、すぐに微かな火が灯り、気付けば幹の全体からも仄かな熱が放射されていた。
「ハン! 今はそれくらい良いだろう! そろそろ出発しないかい!?」
「そうだな。調べるのは後だ。荷台に積んでおけ! 他の物には燃え移らんよう気を付けてな」
「……っと、ああ、ウサ公とは別にしとかねえとまずいのか。あぶねえ、あぶねえ」
マティオロ氏の命に従い、苗木が荷車の空きスペースに積み込まれていく。
それが終わる頃には隊列も整え直され、準備万端、いつでも出発可能な状態となっていた。
「では、出発す――」
そのとき、何処ともなく悪寒めいて大気の震えが伝わってくる。
――ゴゴゴゴゴゴゴ!
「あれ? この音って……まさか!?」
他の皆も同じことに思い至ったか、バッ!と一斉に空を見上げれば、彼方に浮かぶ巨影が一つ。
言うまでもなく、飛来せしは先刻ぶりとなる鳥のジャンボだ!
どこかへ置いてきたか、それとも別個体なのか、両足にゾウのジャンボは掴まれていないが。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
「なんか真っ直ぐこっちに向かってくるみたいだよ!」
「やりすごす! 岩陰に隠れろ!」
「俺らのことなんざ、奴の目にはアリんこ程度にしか見えんだろうがなァ」
「……ジンクスの目は良い」
「不吉なこと言ってんじゃねえや!」
『ジンクスというのは、草原でよく見られる野鳥だな。好んでアリを餌とする。和名はアリスイ』
「そんなこと、今はどうでもいいって!」
幸い、この場には多くの巨岩が点在しており、隠れる場所には事欠かない。
ヒツジたちを静かにさせながら、気配を消し、僕らは手近な岩陰に潜り込んでいく。
そこは、地面に半ば埋もれて半球状に高くそびえる、乳白色の粘土っぽい岩石の基部だった。
頭上を飛び去ってくれという皆の願いも儚く、鳥のジャンボは岩山へと降りてくる。
体長一〇〇メートルに達するほどの巨躯に似合わず突風や地響きをほとんど起こすことなく、直径二十メートルはあろう鉄塔じみた脚の先に広がる趾が、前方にふぅわりと着地した。
「下手をすれば潰されかねん。移動するぞ」
――コクリ。
だが、その判断は些か遅きに失したようだ。
奴は初めから僕たちの存在を認識しており、疾うにこちらへ狙いを定めていたのである。
気付けば、遙か上空より、視界すべてを覆うほどに巨大なクチバシが迫ってきていた。





