第三十四話: あんなこんなモンスター
今のところ、このコユセアラで最も厄介なモンスターと言われれば、頭に小さな角を生やした醜い小人ども――小鬼とも呼ばれるザコオニを措いて他にはないだろう。
と言っても、奴らはここだけに限らず、ほとんど世界中どこででも見掛ける嫌われ者だ。
荒地や森林に棲みつき、獣と人の区別無く襲い、しばしば人間の女子どもをさらって飼う。
意外なことに知能はかなり高く、簡素な弓矢や打製石器などを武器とし、ハイエナを馴らして騎乗するなど、なかなかの芸達者ぶりも見せるが、下劣で邪悪な気性を持つモンスターであり、友好的な関係を築くことはどうあっても不可能だ。
体格は幼児並みなので、農具などで武装すれば一般人でも無傷の勝利を見込めるだろう。
ただし、こいつら……とにかく数が多い。
『こうしていても割りと恒常的に、一時間に一度くらいは目にするからな』
「ほとんどが五匹から二十匹の群れだし、ほんと、うんざりしてくるよ」
そして、何よりも面倒なのが、その縄張り範囲に数多く仕掛けられるブービートラップだ。
【草刈りの大鎌】とモントリーがいれば、まず引っかかることなどありえないものの、大人の腰から下が見えなくなるほど深い草むらの中に隠された嫌らしい罠を警戒しないわけにもいかず、歩みが遅くなるわ、ストレスが溜まるわ……それだけで損害はバカにならない。
巨大なゾウ、大トカゲ、ライオンなどの猛獣――あるいはそれらに似たモンスター――も時折、恐ろしげな姿を見せつけてくるのだが、遠間で避けていける分だけよほどマシに感じられる。
「そう言えば、まだヒーシーを見掛けないな。……あれって珍しいモンスターだったの?」
「ひーしー? ……ってのは、外に出てきてたマルティコラスのことだったかい?」
「言うか、なんで坊は変な名前を付けたがんだよ」
上空にて周辺警戒を行いながら、やや手持ち無沙汰の僕は、ふと気になったことを尋ねた。
イバラに似た棘だらけの長い蔓を振り回す植物モンスターの群生地でザコオニに不意打ちされ、少しばかり苦労しながら撃退した【草刈りの大鎌】が、眼下では忙しそうに動き回っている。
だが、今のところ、新たに集まってくるモンスターの気配もなく、雰囲気は些か緩い。
彼らの近くでは、マティオロ氏とノブさん、村の若者三人もモントリーを降り、ちょっとした休憩ムードを漂わせ始めていた。
「で、ヒーシー……か? あんなん何匹も出てこられてたまるかっての。上級モンスターだぜ?」
「だな。たまたま俺らは二度目だったけどな」
「……前は別のダンジョンだ」
「そうそう、あんときゃ狭い洞窟で今回よか楽だった。ひひっ、こう、大盾を構えてよぉ……」
なるほど、上級モンスターね。
つまり、本来であれば上級冒険者の一行が当たるべき脅威度だったということである。
ちなみに、このコユセアラで目にするモンスターのランクは、ほぼ初級から下級となっている。
大鎌の苦戦ぶりを観ていたら納得という感じだが、相当、場違いな強敵だったわけだ。
モンスターのランク付けについて、もう少しだけ説明しておくとしよう。
この世界に存在する多種多様なモンスターは、かなり漠然とした基準によるものではあるが、それぞれの脅威度に基づき、大きく五段階に分類される。
初級ならば、そこらの村人でも対抗可能だ。大人しいモンスターや通常の野生動物が該当する。
下級は一般人だと危険を覚悟しなければならない。大抵の猛獣、ザコオニも一応これだな。
中級になると兵士や狩人でもおいそれとは手を出せなくなる。巨大な毒虫、知恵ある獣などか。
上級とは軍隊が派遣されるレベルだ。常識外れの能力を以て、町や村を壊滅させかねない。
特級……これはもはや天災である。ヘタに手を出せず、通り過ぎるのを待つのが吉だ。
あえて言うまでもないだろうが、冒険者のランク付けもこれらが元になっている。
三人以上のパーティーを編成し、どこまでのモンスターを確実に倒せるかが主な基準とされ、たとえば六人組の中級冒険者【草刈りの大鎌】であれば、数匹の中級モンスターを相手取っても安全に仕留められる実力を組合から認められていると見て間違いないだろう。
「ま、高ランクの強えモンスターなんてのは、その分、大量の魔素なしじゃ生きられねえからよ。こんなしょぼいダンジョンに一匹いただけでレアケースってこった」
「いや、入り口のどでかいトレントと言い、なんかあると思うんだがなぁ……このダンジョン」
「妙に魔素が濃いめではあるよな」
また魔素か。
物質かエネルギーかは知らないが、それが多い場所では不思議なことも起こりやすいと言う。
基本的に、ダンジョンの中というのは、外と比べて遙かに魔素が満ちているらしい。
このダンジョン――コユセアラの魔素濃度が特に高いのなら、相当に普通ではないはずである。
一応、内部に立ちこめている紅い靄も他では見られない不思議現象の一つではあるものの。
「そう言えば、あのゾウも上級モンスターなんですよね?」
「ああ、アレなー」
そこいらに生えている樹木よりも巨大な、ゾウに似たモンスターが遠くの方に見える。
聞くところによると、ヒーシー、大枯木に続く三体目の高ランク・モンスターだそうだ。
おいおい、全然レアケースじゃないじゃないか……とは言わないでおこう。
魔素濃度が高ければモンスターはそれなりに強くなりがち、ザコオニやゴミダマばかりなのが、どちらかと言えばおかしいのだ。
巨ゾウの大きさは、体高ざっと二十メートルといったところか。
もしも仕留められれば食糧問題はあっさり解決しそうだが――。
「坊! めったなことを考えんじゃないよ!」
「へ? な、何がですか?」
「モンスターのランクなんて目安でしかないんだ! あんな大きな奴にこっちから喧嘩売るのは最後の最後! 他にやれることが何もなくなってからにしときたいね!」
「ええ、僕もあんなのと戦いたいとはちょっと思いません」
高さ十メートルはありそうな大樹に長い鼻を巻き付け、根こそぎ引っこ抜いてバリバリと貪る様を遠間に眺め、僕は大きく溜息を吐いた。
『はぁ、確かにな。大怪獣を倒せる力があれば苦労はしてないって話だよ』





