第三十二話: 探索風景、実入り無し
「あ、魔術師さんの方、回り込んでる! 犬乗り二匹!」
「戦士! カバー!」
「おうとも! ……ったく、ハイエナライダーは面倒くせえな」
深い草むらに潜む数匹の小鬼を相手取る【草刈りの大鎌】を眼下に収めながら、上空に浮かぶ僕は周囲の異変を見逃さないよう警戒に当たる。
中級冒険者の彼らにとってザコオニなどもはや敵とも呼べない存在だ。
数が多く、丈の長い草の中に隠れているため、多少手間取っているように見えたが、気付けば既に大半は仕留められ、犬――いや、ハイエナと言ってたか?――に騎乗した奴らを射手さんが射貫けば、それを終了の合図として後の生き残りも散り散りに逃げ去っていった。
「パパ、左手で何か小さく跳ねた。たぶん、口裂ボール。百メトリ(およそ百二十メートル)は離れてるけど一応。あと、ゴミダマも集まってきてるみたいだから早めに離れた方が良いかも」
「うむ、気に留めておこう……ジェルザよ! 聞いていたな?」
「はいよ! ゴブリンは魔石を取るだけで良いからね! すぐ先へ進めるよ!」
「……墓穴は不要」
「きっひひっ、こんだけ死体を置いてきゃ、連中の足止めになって丁度いいわなぁ」
数多くのモンスターが徘徊するこの異界の地――ダンジョンにおいて、戦闘を長引かせるのはあまり得策とは言えない。
騒音や血の臭いによって、周辺にいる別のモンスターたちがすぐに集まってきてしまうのだ。
結果、連戦や乱戦を強制されてしまうため、なるべくなら避けていきたい事態である。
倒したザコオニの死体から手早く魔石を回収し、大鎌たちは先に立って草原を進み始めた。
『それにしても、ザコオニは実入りが悪いな。数が多いわ、小賢しいわ……ろくなもんじゃない』
「ちっちゃな魔石以外、何も手に入らないっていうのはなぁ」
【魔石】というのは、この世界の生き物がもれなく体内に宿している小さな宝石のことだ。
生き物の種類ごとに色や大きさ、そして蓄える【魔素】の性質が異なっているらしい。
主に、魔法の道具を作る材料となるのだが、そのまま貴石や貨幣として取引されることもあり、モンスター退治を生業とする冒険者にとっては重要な収入源となる。
……のだが、残念なことにザコオニの魔石は最低クラスの価値しかないと言う。
『昔見たウサギやウズラの方がまだ大きかったぞ。比べたら欠片みたいなものだ』
「なるべくなら無視していきたいんだけどさ」
『はあ、言ってる側から見つけてしまった。二時方向、変な形の岩がある辺りに群れてる』
「パパ、ジェルザさん……ザコオニの群れがいる。正面右、まだかなり遠い」
「ゴブリンだな? やれやれ、またか」
「まだこっちに気付いてないなら離れようかね!」
うっすら立ちこめる靄に紛れ、一行はさっさと進路を変えていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんなこんなで、ダンジョンへ突入してから最初の夜。
地の精霊術で築いた岩屋の中で火を焚き、僕らは囲んで食事を摂っていた。
お馴染みのザコオニどもを始め、モンスターはどちらかと言えば夜行性であることが多いため、交替で見張り役は立てられているものの、割りとしっかりした建物の中ということもあってか、銘々、寛いだ雰囲気で過ごしている。
屋内には、この地の夜の必需品――虫除けの香が立ちこめているが、誰も彼も気にしていない。
「それじゃ、本当にまだ何にも分かってないんだね、このダンジョンのこと」
「知っての通り、うちには本格的な調査をする余裕などありはせんからな。国と組合への報告はもう二年も前に済ませてあるが、まるで冒険者が居着かん」
「屋外型のダンジョンは、危険も旨みも少ねえってんで案外ほっとかれることが多いんですぜ。俺の故郷にも小せえのがありやした」
「今日一日、表層を歩いてみて分かったでしょ。実入りが悪すぎるんすよ、ここは」
「言っちゃ悪いが! 誰も! わざわざ南の果てくんだりに来てまで攻略したかないだろうね!」
「ぐぬぬ……」
世界中あちこちに少なからず点在する、こうしたダンジョンは、危険なモンスターたちの巣だ。
しかし、上手く利用できれば、様々な資源を生み出す鉱床となりうる可能性を秘めてもいる。
ダンジョンの管理義務は、基本的に領有する貴族にあるため、利益を生むことができるのならかなり美味しかったりするのである。
近隣地域には存在しない貴金属を産出したり、山間部にも拘わらず豊富な海産資源を永続的に生み出したりするような有益なダンジョンすら世の中にはあるのだとか。
「まぁ、まったくの手付かずだって言うなら、確かに賭けてみる価値はあるよね」
「うむ、イナゴどもが引き起こした蝗害によって、これから更にもたらされる未曾有の大飢饉を乗りきるための何か……それがどこかにあるとするならば!」
「このダンジョンは最有力候補ってわけさ!」
今のところ、モンスターも含めて毒にも薬にもならなさそうな動植物しか見当たらないのだが、しっかり探せば、禿げ上がった大草原を彷徨うよりはマシな収穫が得られる……と思いたい。
「少なくとも、イナゴにやられてねえ草原でさぁ。日持ちのする雑穀ぐらいでも集められりゃ、そんだけで乾期を凌ぐのは楽になりますぜ」
「そう言えば、このダンジョンの中って乾期はどうなるの?」
「うん? どうもこうもないな。乾期になれば水場は干上がり、草木は枯れる」
「……その辺りは外と同じなんだね」
いや、だって時間や空間が異なるとかなんとか言ってたから、少しは期待するだろう?
もしかしたら乾期が緩やかだったり、一年中、雨季のままだったりするかも知れない……とか。
「流石に、僕はそこまでとは思わなかったよ? そんなに都合良い場所なら、パパたちがもっと早くから利用することを考えてるって」
『それもそうか。乾期が苦しいのは、ずっと変わらないこの地の摂理だったな』
しかし、だとすれば、数百人もの領民を数ヶ月間、飢えさせないための何かとは一体?
はたして、どんなものが考えられるというのだろうか?
このまま草刈りの大鎌がずっといてくれるなら、定期的に訪れて狩猟採集をするなんてこともできるのかも知れないが……。
なんにせよ、本格的な探索は明日からだ。
初めてのダンジョンで僕もけっこう心身に疲労が溜まっている。
今日はゆっくり休ませてもらうとしよう。





