第二十八話: 人面獣と戦う冒険者たち
「ヒェーシァー」と不気味に擦れた鳴き声を上げる魔獣の姿は、体高一五〇センチ以上、小柄な馬ほどもあるライオンの身体に獰猛な大猿――ヒヒの顔を貼り付けたように見える。
よく見れば、大きく開かれた口内に並ぶ鋭い歯は、奥へ向かって二三列に亘って連なっていた。
獅子狒狒……ヒヒジシ……言いにくいな。そのヒーシーと相対する【草刈りの大鎌】とは別に、僕たちモントリー騎羽隊は、周囲を警戒しつつ、ゆっくりと距離を取り始めた。
「加勢しなくても大丈夫なの?」
「うむ、冒険者一行はあれで一つの軍隊と言って良い。下手な加勢は連携の邪魔になる」
「ありゃあ、そこらの中級冒険者の手にゃ余りそうだが、まぁ、ジェルザなら問題ねえだろ」
『ふむ、彼女は他のメンバーより格上なんだろうと思っていたが、実力もそれほど違うのか?』
中級冒険者一行【草刈りの大鎌】を率い、野外探索のエキスパートである職能【野伏】を持つ女性冒険者ジェルザさん。
襟足を短く刈り上げ、残りをたてがみのように逆立てた髪型と迫力ある容貌もさることながら、浅黒い……というよりも黒と表される肌の色、ガッシリ筋肉質な体付きで身長は二メートル近く、その身の丈に迫るほど長い柄の大鎌を振るう姿は、まさに男顔負けと言う他はない。
真っ正面からヒーシーに当たっているのは、ジェルザさん、戦士さん、斥候さんの三人だ。
なるほど、確かに三人の中では彼女の動きが特に際立っている。
「ギィシェアアア!」
「どこ向いてんだい! こっちだよ!」
ヒーシーの攻撃手段は、巨体による体当たり、飛び掛かってからの噛みつきや引っ掻きである。
しかし、奴が何かをしようと身動ぐ度、ジェルザさんは大鎌を薙いで注意を引きつけていく。当然、そうして自身へ向けられる攻撃も含め、体格に似合わない身軽さですべて回避しながらだ。
お蔭で仲間たちは常に自由な状態で動くことができていた。
曲刀を持つ戦士さん、二本の短剣を持つ斥候さん、彼ら二人も同様に牽制を行っているものの、役割としては後衛三人のバリケードといったところ、防御を重視した立ち回りに見える。
攻撃を担当し、出来た隙を衝いていくのは、後ろにいる神術師さんの槍、射手さんの矢だ。
見るからに恐ろしげな牙も、空気を切り裂くような鋭い爪も、当たらなければ意味がない。
やがてヒーシーは老人めいたその顔に苦痛の表情を浮かべ始めた。
危なげない戦い振りに、流石は中級冒険者だ……と、僕の気も弛みかける、が。
「来るよ! ガードしな!」
突然響いた叫びに僕がビクッと身を跳ねさせた瞬間、ヒーシーの尻尾の先端が大きく膨み……勢いよく弾けた!
ずっと頭上高く持ち上げられていた尾……実を言えば、一目見たときから気にはなっていた。
その体勢からも連想される通り、サソリの尾に似た多節構成、コブ状の先端はサボテンめいた細いトゲだらけ、非常に特徴的なソレで何をしてくるのだろう、と。
しかし、予想に反し、ここまでは攻撃のために振り回されたりすることもなかったソレが……。
内側から弾けるようにして無数の小さな針を周り中……いや、前方扇状に撃ち出したのだった。
数十本では利ない針が、あたかも機関銃でばらまかれる弾丸の如く冒険者たちへと降り注ぐ。
「痛っ! 痛ぇっ! 貰っちまった!」
「こっちもだ! 悪ぃ」
咄嗟にそれぞれ防御態勢を取った冒険者らだが、撒き散らされた針をすべて防ぎきるまでには至らず、物陰に隠れそこなった斥候さんと刀で捌ききれなかった戦士さんが被害を告げる。
一本一本は裁縫で使う待ち針を長くした程度とは言え、硬く、鋭く、あまりに数が多すぎた。
防具がない場所には深々と突き刺さり、ヘタをすれば、それだけで致命傷になりかねない。
「他は!?」
「後衛ゃ、全員無事ですぜっ! 【防護円】が間に合った」
どうやら後ろにいた三人は無事だったようだ。
一行の最後列に控えていた魔術師さんが、掲げた杖を中心に大きな半透明のドームを生み出し、激しい針攻撃を防ぐ様子はこちらからも確認できていたため、さほど心配していなかったが。
近くにいた射手さんと神術師さんもそのドームによってしっかり守られていた。
「……毒は消す。ポフ・ミュルク、慈悲深き無貌の創造神レエンパエマよ、聞き届け給え……」
ドームの中から出てきた神術師さんが被弾した二人の下へ駆け寄り、解毒の神聖術を祈念する。
『ん? 毒消し? ……げぇ、あれは毒針だったのか!?』
「気ぃぬいてんじゃないよ! ボンクラども!」
と、ジェルザさんが大鎌を縦に振り抜けば、傷の手当てをしている三人へ飛び掛かろうとしたヒーシーの耳辺りを切り裂き、「ヒシェエア!」という悲鳴と共に退かせていった。
「サーセン、姐御」
「もう平気っス!」
その隙に斥候さんと戦士さんが戦線復帰を果たし、元の陣形が組み直されていく。
「思いの外、厄介な攻撃だったけど、これでなんとかさっきまでの状況に戻ったかな」
『……いや、残念だが、そう簡単には行かないらしいぞ』
切り札であろう針攻撃を凌がれたにも拘わらず、仕切り直しとなって余裕を取り戻したのか、ヒーシーは一際深いニヤニヤ笑いの表情となった。
「ヒェーマストゥタヴァ! ギェエトジュース! シェシェシェシェ――」
そして、意味不明な呪文?を呟くと同時に前半身を深く沈め、弾かれたバネのように駆け出す。
『なっ!? 速い! 速すぎる!』
とても目では追いきれず、後ろには無数の残像さえ残されていく。
それは、僕の持つ前世の常識では到底あり得ないほどの超速度である。
だが、奴が駆け出した方向は、冒険者たち【草刈りの大鎌】の正面ではなかった。





