第十八話: 農作業の合間、胸算用
今の時期の日中、村の子どもたちはちょくちょく畑の雑草・害虫駆除を手伝う。
これと言って楽しい遊びがあるわけではない我が領地では、農作業を手伝ったご褒美に貰えるお茶請けの方が魅力的に感じられるし、畑の収穫が増えれば目に見えて生活が豊かになるという経験則を皆、幼いながらも多かれ少なかれ持っている。
特に親から強く言われずとも、物心が付いた子どもたちは自発的に手伝いを始めるのだ。
「昨日の雷すごかったねー」
現在の領民に課せられている唯一の税である賦役のため、領主直営の農地で労務に励む家族の後を付いて回っていたファルが、唐突にそんなことを言う。
と、やや離れたところで精霊術を使い、畑に水を撒いていた僕の下へと駆け寄ってきた。
どうやら両親や兄の手伝いに飽きてしまったようだ。
「真夜中頃は激しかったみたいだね……って、ファル、夕べはそんな遅くまで起きてたの?」
「んーん! おとーさんが言ってたの。『明け方まで寝られやしなかったー』て」
「そうなんだ。悪いことしちゃったな」
そこへ、僕たちの話が耳に入ったのか、ファルの兄――赤毛のイヌオ少年も近付いてきた。
「なんか、また畑に落ちまくってたって話だぜ。そのうち家に落ちやしないか冷や冷やするよ」
「大丈夫じゃないかな。サンダーメアは畑の土が好きなんだってさ」
「土を食べるの? へんなの」
前世の地球と同じく、この世界においても雷が自然現象の一つであることに変わりはない。
しかし、雷を操り、雷と共に暴れ回るモンスターもまたしっかりと実在しているのだ。
……いや、僕は実際に見たことないんだけどな。
母トゥーニヤによると、雷鳴の驢馬と呼ばれるそのモンスターは、雲を踏みしめて天空を走り、閃光をまとって嘶きを轟かせながら地上へ駆け降りてくるのだと言う。
異国では、地上を焼き浄め、大地に豊穣をもたらす聖獣として崇められていたりするのだとか。
「収穫し終わった畑にたまってる悪い物を浄めてくれるんだってママが言ってたよ」
「ロバなのにえらいね!」
「ほぉ、雷の音に紛れて変な笑い声を聞いたとか親父も言ってたが、そいつの声だったのかもな」
「へ、へえ……笑い声、ね……」
雷の話はさておき。
季節はもう夏の終わり。
この地の一年は夏を以て終わり、秋から新たな年が始まる。
目の前に広がる五十アール――五、〇〇〇平米ほどの畑は、今年初めに種を蒔いた秋耕地である。
稗や粟に似た雑穀が重そうに穂を垂らし、レンズ豆や空豆に似た豆類が大きな葉を広げている。
もうひと月もしないうちに年が変わり、新たな秋の収穫を迎えることになるはずだ。
領主屋敷を挟んだ反対側には同じ広さの耕地が広がり、数ヶ月前の春先に種を蒔いたピーマン、ナス、トマト、キュウリといった様々な野菜を育てる春耕地となっている。
そっちも今年は各々作物がよく実り、既になかなかの収穫を上げてきていた。
更に別の場所にはもう一つ、やはり同面積の、現在は何も栽培していない畑が存在している。
次の秋耕地となるべく種蒔きを待つ休耕地……夕べ、僕が雷を落として回った畑だな。
というわけで、我が領では、いわゆる三圃制の輪作を採用しているのだ。
同じ畑で同じ作物を繰り返し育てることで土地が痩せ、収穫量が落ちていく事態を避けるため、三つの畑でそれぞれ秋蒔き作物→春蒔き作物→休耕というローテーションを組む農法である。
僕が前世知識を元にして導入したわけではなく、この世界で一般的に広まっているやり方だ。
地球の歴史においても、ちょうど中世ヨーロッパ諸国で発達していったので不自然さは無い。
育てる作物の選定や土壌改善では、変に怪しまれない程度の知識を披露させてもらったが。
「ひとまず来年一年、極端な不作になったりしなければ、うちも自給自足でやっていけそうかな」
「そりゃ食うもんにはもう困らないってことかい、白坊ちゃん? 乾期でもか?」
「うん、贅沢は別にして、食べるだけならね」
「おおぉっし! あと一年の辛抱か! やる気が湧いてきたぞ!」
「まだ四年は税金もかからないし、なんとかギリギリでクリスのデビュタントも間に合いそう」
本格的に牧畜を始めてみたり、金になりそうな物を作ったりする余裕が出来れば完璧だ。
「あー、イナゴだ! 待てー」





