第十六話: いつもと同じ賑やかな朝
テーブルの上へ身を乗り出すようにして、妹たちが口々に言葉を発していく。
「「今日ね、まーまとお花! 見にいくのー」」
「む、外へ行くのか? 大丈夫なのか?」
「うふふ、お昼寝をさせてから、裏庭の木陰まで連れていこうかと思ってますの」
「そうか、うむ! 綺麗な花が咲いていると良いな。摘んできたらパパにも見せてくれるか?」
「「うん! お花、たのしみー」」
二歳になった双子の妹ラッカとルッカは、身体を動かすのが楽しくて仕方ない時期のようだ。
ほんの少し前までは子ども部屋の隅で一日中ごろごろしていたものだが、扉の開け方と階段の上り下りをマスターして以降、この二階建てログハウスの中を駈け回るようになっており、正直、見ていてヒヤリとする場面も少なくない。
暑い最中、広い屋外で疲れるまで遊ばせておくのは好い手である。
ただし、昼間は乳母も付いていてくれるとは言え、僕やクリスではこの元気すぎる双子たちの面倒を見ることに多少の不安がある。
そんな風に屋外へと連れ出せるのは、母トゥーニヤがヒマなときに限られてしまう。
彼女と一緒のときだけは、比較的、双子も大人しい。
「私は一日中、礼儀作法と修辞……面倒ですわぁ」
「うむ、その気持ちは分かる――」
「あらあら、二人とも。とても大事なことですよ?」
「そ、そうだ! 身に着けておかなければ他家にナメられてしまうからな」
「……もっと魔法を覚えたいのに。小鬼を殺す魔法とか」
「お前の年で三つも詠唱を覚えているのは大したものなのだぞ。流石はパパとママの自慢の娘だ!」
「ショ……シェガロはもっといっぱい使えますもの」
「精霊術は魔法術とは違うようだからな。そんな風に比べられることではない」
「そうだけど……」
姉のクリスは、こう見えて魔法使いの才能があるらしい。
村に住んでいる老婆――本業は薬師、魔法は簡単な天気予報くらいしか使えない――に師事し、教本的な魔道書を読み解き、既にいくつかの魔法を習得していたりするのだ。
開拓村で暮らす一人の娘としては、かなり将来有望だと言えるだろう。
だが、魔法なんてものは、デビュタントを控えた貴族令嬢の必須スキルとは言い難いわけで。
「クリスタ、人にはそれぞれ役割というものがある。魔法もお前の特別な才能ではあるがな」
「思ったんだけど、そもそも私ってあんましお嬢さまには向いてないんじゃないかしら……? 冒険者とか目指した方が良いのかも……」
「あらあら、まあまあ。そんなことを言わないでちょうだい。クリスちゃんはとても可愛いもの。きっと素敵なレディになれますよ。ママが保障します」
「うむ、俺の娘は世界一可愛い! パパも保障してやろう」
「そ、そう? そんなに? ふふ……ふふり……」
「うふふ、お勉強がんばりましょう、ね?」
「世界一のお嬢さまになるためならしょうがないですわねっ! ふんす!」
……まぁ、身内の欲目を抜きにしても、動かず黙ってさえいれば、クリスは深窓の令嬢にしか見えない。
最低限の礼儀作法を身に着ければ、デビュタントくらいはそつなくこなせることだろう。
だからドヤ顔でこっちを見ないでくれないかな。一体、何の自慢なのか。
「るっかのほうがかわいいのに」
「らっかのほうがかわいいのに」
「「ねー!」」
「こらこら、妹たち。そういうことは言っちゃいけないよ」
この子たちはどこでこういう物言いを覚えるんだろう。
もうちょっと強く注意しておくべき――。
「それで、シェガロはどうだ? 剣術か? 体術か?」
と、僕の番だ……いや、待ってほしい。何故、その二択になるのかな?
朝から素振りして模擬試合してようやく朝食を済ませたところなんだけどな。
「暑い中、汗を流すようなことはしたくないから溜池の拡張でもしてようかな。その後はさっき言ってた畑作りをするとして……ああ、ついでだから、村の子たちを何日か借りて秋蒔き耕地の準備もしておこうか?」
「それはどれも仕事だろう。畑はともかく、あとは好きなことをしていれば良い。剣術をやれ!」
「僕に剣術の趣味はないからね、パパ!?」
まぁ、村の子たちと遊んでても良いんだが、サボってるみたいでどうにも後ろめたいんだよ。
封建社会の貴族男子ってのはどんなことをして過ごしてたんだったかな……。
あ、それこそ武術か。もしくは礼儀作法とか。
「むむ、つい仕事を振ってしまう俺のせいか。シェガロは少し働き過ぎの嫌いがあるな」
「そうですねえ。ショーゴちゃんにやってもらえると早くて正確ですから、私もつい……」
「僕は仕事を貰えた方が気楽なんだけどなぁ」
実際、仕事はいくらでもあるはずだ。
領地に人手が足りていない現状、重機並みの作業ができる人材を遊ばせておく余裕はない。
精霊術をどれだけ使おうと、別段、僕自身が疲れたりすることもないのだから。
「あらあら、ショーゴちゃんはまだ小さいのですから、本当は何もしなくても構わないのですよ。今朝はパパにしごかれていたのでしょう? ジェルザも随分熱心に遊んでくれていたようですし。ね、あなた?」
「うっ!? うむ、そうだな……今日の鍛錬は、思えば少々ハードだった、か」
「あらまあ、そうなのですか?」
「ち、違うぞ!? 別に無茶をさせたわけではないのだ。シェガロは我が家の嫡男なのだからして、当然、将来は武を期待されるだろう。今から鍛えておけば、必ずためになる……と」
「あらあら、うふふ」
「いや、確かにまだ幼すぎると、思わなくもない、が」
「あらあら、まあまあ」
「……す、すまん」
「うふふ、どうして私に謝るのですか? おかしなあなた」
『それにしても、何をしていても良いと言われると、案外、何も思いつかないものだよな』
いつものイチャイチャ夫婦タイムの雰囲気を察した僕は、考え事に没頭し始めていた。
仲睦まじいのは大変結構なのだが、寂しい独り身としては、正直、いたたまれないものがあり、それらしい空気を感じると条件反射的に流してしまう癖が付きつつあるのだった。
「シェガロ、すまんな」
「え? 何の話? ちょっと聞いてなかった」
だが、マティオロ氏の謝罪の声により、その思考はすぐに中断されてしまう。
ふと見れば、母トゥーニヤが口元に穏やかな笑みを浮かべ、僕らのやり取りを見守っている。
「う、うむ……今朝はあー、アレだ。少しばかり疲れたのではないか? 鍛錬はきつかったか?」
「ああ、うん、そうだね」
「そうか……」
「うん」
マティオロ氏が灰色の目を揺らしながら問いかけてくる。
普段はあまり見られない自信なさげな表情。僕の身を案じる心が強く伝わってきた。
『おお! 察するところ、これは鍛錬メニューの見直しを提案できる流れなんじゃないか?』
「あの、できれば、明日からはもうちょっと手加減してほしいな、パパ」
「おう! よし、任せておけ!」
「うふふ、二人とも無理をせず頑張ってくださいね~」
「ママ! 私も! 私も頑張りますわ! 褒めて!」
「「ほめて~」」
大した時間ではないのだが、蚊帳の外になっていた姉妹たちが痺れを切らし、椅子から降りて父母の下へと向かっていく。
どうやら、本日の朝会はここまでのようだ。
ずっと壁際に立ったままでいたノブさんとお手伝いさんも姿勢を崩していく。
完全にゆるみきった場の空気から目を逸らししつつ、マティオロ氏が締めの言葉を発する。
「それでは、エルキル男爵家一同! 今日も一日、励んでいくぞ!」
こうして本日も開拓村の一日が動き出すのだった。





