第四話: 大人に絡まれる幼児たち
茫漠たる大草原の中、ざっと四ヘクタール――〇・〇四平方キロに亘って拓かれたこの村は、草の海にポツンと浮かぶ孤島のようなものである。
その周囲をぐるりと取り囲み、獣や魔物など外敵の侵入に対する重要な守りとなっているのが、地の精霊術により築かれた土居と壕、そして木製の柵である。
柵の外側は数十メートル向こうまで草が刈り取られ、まるで浜辺といった様相を呈している。
風に吹かれザァザァ波音を立てる草原の端――波打ち際より数人の男たちが上がり来るのを、僕とファルはなんとなし柵の内側から眺めていた。
「ひひっ、随分と小ちぇえが、やっぱり耳長だぜぇ」
男たちの先頭を歩くのは、目元を緩み下がらせ、ニタァと口の端一方を吊り上げた中年の男だ。
両手持ちの大きな鎌を携えているが、腰に二本の短剣を差しており、外衣の下に細い金属鎖で編まれた防具を身に着けていることがキラリとした反射光から分かる。
その後ろ、腰まで伸びた丈の長い草を掻き分け、続々と浜へ上がってくる男たちは四人いる。
皆、先頭の男と似たり寄ったりの恰好をしているが、銘々が異なる武器を身に着けていた。
ヤタガンと呼ばれる曲刀、ジャリドと呼ばれる投槍と丸盾、小振りな弓、魔術具であろう杖。
そんな武装集団が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「おうおう、ガキ二人で朝っぱらから逢い引きかよ? カァーっ、羨ましいこった!」
「こんな柵の側で遊んでんのは感心しねえなぁ」
「うへへ、悪い子がどうなっちまうのか……パパとママは教えてくんなかったかい?」
「……エルフは高く売れる」
やがて一行は柵のすぐ近くまで到着し、僕らへ向かって一斉にそんな言葉を投げかけてきた。
「このおじちゃんたち、だれなの?」僕の背に隠れたファルが小さな声で尋ねてくるが……。
「おはようございます、冒険者の皆さん。こんなに朝早くから、お疲れさまです!」
と、僕は特に警戒することもなく、彼らへ挨拶をするのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
五人の大人たちに手伝ってもらえたため、予定していた採集はあっという間に終わらせられた。
普段ならば柵の内側に残されている草地を巡り、ハーブや有用な草花などを集めていくのだが、彼らの付き添いの下、柵の外に広がる草原で採集を行うことができたのである。
「耳長ちゃん、いっぱい採れて良かったなぁ……ひひひっ」
「……ぅん」
「坊ちゃん、干し肉食べるか? 水飲むか?」
「バッカ、おめえ! 貴族のボンボンが干し肉なんか食うかよ。チョコあったろ、出せ出せ!」
「……チョコレートは高い」
「へへっ、良いじゃねーか。そんなもん、おめー以外はあんま食わねんだ」
「いえ、あの、帰ったらご飯なので……」
五人の武装した大人たち――しかもガラが悪い――に囲まれて、僕とファルは村の中を歩く。
見た目に似合わず、彼らはかなりの子ども好きらしく、何くれとなく僕らを構おうとする。
が、それが逆効果になっているのか、すっかり怯えてしまったファルは、僕の背にピッタリと張り付いたまま、じっと黙って俯いている。
いかん、空気を変えよう。
「あの、ザコオニはもういませんでしたか?」
「お? おお! ゴブリンな? 例の大枯木とやらを見てきたがよ、もう棲み着いちゃいねえぜ」
「……ゴブリンは臭い」
「いれば、すぐに分かるってことですね?」
「……うむ」
彼らは、この世界で一般的に認められている【冒険者】と呼ばれる職業に就く人たちだ。
知らなければ無法の荒くれ者にしか見えないが、組合という管理組織によって認定されている歴としたプロフェッショナルである。
冒険者を騙れば重罪、冒険者が罪を犯せば厳罰であるため、その肩書きは信用して良い。
簡潔に言えば、派遣の傭兵稼業と言ったところだろうか。
ギルドを通し、個人・団体の別無く依頼を引き受け、普通の人間では対処ができない外敵――獰猛な野獣や怪物たちに立ち向かうのが主となる。
ただし、戦闘以外にも、旅人や要人の護衛、未開地の調査、人探し、物探し……など、危険が予想される仕事ならば割りと何にでも駆り出されることから、命知らずの便利屋とでも呼ぶ方が実態に近いかも知れない。
「きひっ、安心しなぁ。俺らが来たからにゃ、かわいい耳長ちゃんにはもうゴブリンの指なんざ一本も触れさせやしねえよ」
「だってさ。良かったね、ファル」
「……ぅん」
既に、ファルがザコオニに連れ去られるという事件が起きたことは、語っていたかと思う。
そのとき、後を追って村を飛び出していった子どもたちと入れ替わるようにやって来たのが、この中級冒険者の一行【草刈りの大鎌】だった。
幸い、僕らだけで合計四匹のザコオニを仕留めはしたものの、まだ付近に討ち漏らしがいたり、別の厄介なモンスターが潜んでいたりしないとも限らない。
というわけで、せっかく来てもらった彼らには、周辺の草原を調査し、危険を排除するという任に当たってもらっているのである。
こんな朝早くから大枯木まで行って帰ってきたと言う、その仕事ぶりには頭が下がる。
粗野に過ぎる見た目と言葉遣いは、もうちょっとどうにかして欲しい気もするが……。
「おう! やぁっと戻ってきたかい! ボンクラども!」
ぞろぞろと連れ立って村の中央――ログハウス前に到着した僕らを、そんな叫びが出迎えた。
声がした方向へ目をやれば、そちらには一人の女性の姿があった。
腰掛けていた切り株から立ち上がり、腰に片手を当て、五人もの荒くれ者を連れた僕ら一行を睥睨するように豊かな胸を反らしている。
女性としては……いや、こちらの冒険者たちと比べても体格はかなりの大柄と言える。
まとった外套の内側には、ガッシリとして筋肉質な浅黒い肉体が見えていた。
こげ茶色の髪を逆立たせ、女性はずんずんとこちらへと近付いてくる。
「しっかり調べてきたんだろうね!? ガキんちょ連れて遊んでたってんなら承知しないよ!」
「姐御ぉ! そんなに俺らが信用できないのかよ?」
「あったりまえだろうが! にやけまくった面ぶら下げて何ほざいてんだい!」
「ちょ、姐御……耳長の嬢ちゃんが恐がってるから、でけえ声は――」
「ああ?」
「な、なんでもねっス」
すごい剣幕だ。
僕らと一緒に来た冒険者たちが完全に気圧されてしまっている。
とは言え、そのやり取りは彼らと知り合い同士であることが窺えるものであり、そもそも僕は彼女のことも既に知っていた。
「おはようございます、ジェルザさん」
「ああん? ガキんちょが、声荒げてる大人に近付いてくるんじゃないよ! って、なんだい! よく見りゃ、領主んとこの坊か! 朝仕事の帰りかい!」
「はい、あの……皆さんには僕が頼んで採集を手伝ってもらってたんです」
僕の言葉を聞き、ギロリ!と睨めつけてくる女性――ジェルザさん。
後ろに隠れて震えているファルが「ぴゃ」と小さく声を上げる。
「大丈夫だよ、ファル。このお姉さんは恐くないから」
「……うそぉ」
「ホントだって」
このジェルザさんは、冒険者パーティー【草刈りの大鎌】の六人目のメンバーにして、彼らのリーダーを務める凄腕の女性冒険者なのだ。





