表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シールディザイアー ~双世の精霊術師、遙か高嶺に手を伸ばし~  作者: プロエトス
第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて
115/254

第一話: 熱帯の朝、目覚める幼児

 窓から吹き込んできた爽やかな風に顔を撫でられ、気持ちよく朝の目覚めを迎えた。

 元が日本人だからなのか、雨上がりのほどよく湿った風が肌に合うように思われる。

 まぁ、生まれ変わって身体(からだ)は別人に変わっているはずなので、それは気のせいなのだろうが、心地好(ここちよ)く感じられるのは確かだ。


 まだ寝ている姉妹(きょうだい)たちを起こさないよう静かに寝床を出て、「んんっ!」と大きく伸びをする。


 現在、この地はちょうど雨季の最中(さなか)となっている。


 と言っても、日本で言う梅雨(つゆ)とはまるで違い、日中に雨が降ることなど滅多(めった)にない。

 (もっぱ)ら、夜間に激しいにわか(ヽヽヽ)雨――スコールとしてまとめて降り、太陽が昇りきる頃には強烈な陽射(ひざ)しにより比較的カラッとした陽気になってしまう。

 また、夜と昼の寒暖差も激しく、夜中には体感で十度以下の寒さに震え、日中は三十度を超す暑さにうだるといった具合なので、こうした空気を感じられるのは朝方の(わず)かな時間だけである。


 地球の気候帯に照らし合わせるなら、明らかにサバンナ気候の特徴だな。


 この昼夜の気温は、年間を通して、さほど大きくは変わらない。

 ほとんど湿気のないサウナとでも評すべき乾期を思えば、一年を通して最も過ごしやすい時間。無駄に寝て過ごすのは勿体ないと言うものだろう。


「さて、まだ肌寒いけど、とっとと着替えちゃおうか」


 物盗(ものと)りではないが、こそこそと自分用の衣装棚を漁って衣類を取りだしていく。


 寝間着(ねまき)である厚手の衣を脱ぐと、作務衣(さむえ)に似た薄手の衣服を着て、腰帯を巻き、革靴を()く。

 その上からカフタンと呼ばれる前開きのゆったりとしたガウンを羽織り、(つば)なし帽子を被ると、非常に長い幅広の羊毛布を身体に巻き付けるようにしてまとった。

 顔と手くらいしか肌が見えない、こんなスタイルが、ここいらでは外出時の普段着となる。


 ゴテゴテとした恰好(かっこう)に感じられるだろうが、風通しが良いため、実はかなり着心地は良い。

 手足の動かし方にさえ慣れてしまえば意外と動きやすく、なかなかに洗練された民族衣装だ。


「……んゅ? ショーゴ? まぁだ、起きてんの? はやく寝なさぃ……すぅ……」


 二段ベッドの上で朝とは思えない寝言をぬかしているクリスは無視しつつ、着替えを済ませて子供部屋を出る。丸太を組み合わせた壁に片手を突きながら細い廊下を進み、キシキシと鳴音(なきおと)を立てる階段を下り、大きなテーブルと木椅子が並ぶリビングへと降り立つ。


 見れば、ガッシリとした体付きの老人が一人、椅子に腰掛け、暖炉の残り火に当たっている。

 外見的には年寄りの印象などなく、まだまだ老人と呼ぶには(はば)られる風貌なのだが。


「おはよう、ノブさん」

「ああ、おはよう、シェガロ(ぼん)。今朝も早いな」


 シェガロ、それは僕の名前だ。

 今年で五歳となった男の子で、髪の毛は灰色、肌の色は日焼けしていても割りと白い。

 顔立ちは……自分で言うのは少々面映(おもは)ゆいが、そこそこ整っているのではないかと思う。ただ、丸く大きな団子鼻のお(かげ)で、成長しても良くて二枚目半といったところだろう。


 いや、身の回りに質の良い鏡がないため、おそらくになるのだが、成長したら前世とそれほど変わらない容姿で落ち着きそうな気がする。

 言うほどコンプレックスを感じているわけではないものの、正直に言えば、愛すべき団子鼻とすっぱり(ヽヽヽヽ)お別れできなかったことだけは少々残念に思ってしまう。

 ……せっかく生まれ変わった今生(こんじょう)では、少しくらいイケメン気分を味わってみたかったよ。


 ああ、うん、お察しの通り……それとも、知っての通りか? 実は僕には前世の記憶がある。

 地球という世界、日本という国で三十年有余(あまり)を生きた一人の男――白埜松悟(しらの しょうご)の記憶が。


 これは、流石(さすが)にまだ誰にも話したことがない秘密なんだけどな。


――ヒュン!


「と!?」


 (わず)かばかり黙り込んでいた僕の顔面に向かって、不意に何かが飛ばされてきた。

 反射的に手で受け止めてみれば、それは大粒の豆だ。


「おっ!? なんだ……寝惚(ねぼ)けてるわけじゃなかったか」

「もう! びっくりさせないでよ」

「昨夜の雨は大分(だいぶ)激しかった。狩気(かりっけ)を出してる獣にはくれぐれも気を付けるんだぞ」


 なるほど、ぼ~っとしていた僕のことを心配してくれたのか。

 ノブ爺さんが滅多にしないような忠告をしてきた。


「うん、(さく)の外には行かないよ」

「そうしとけ。まぁ、(ぼん)なら心配ねえだろうが」


 このご老人は、うちで雇っているノブロゴさん。毎晩、ここで不寝番をしてくれている。

 若い頃は腕利きの狩人(かりゅうど)――この世界では野伏(のぶせり)と言うらしい――だったそうだ。


 って、ひとまず今は詳しく紹介しなくても良いか。

 貴重な朝のひととき、のんびりとしていられるほど時間に余裕はないのだ。


「じゃ、行ってきます。薪割(まきわ)りと水汲(みずく)み、柵の見回り、あと採集と農具の手入れはやっとくって(みんな)には伝えておいて」

「待て! 後ろの二つはクリスタ嬢を起こしてやらせろ」

「あはは、それだと日が昇っちゃいそうだからさ」

「チッ、あんまり甘やかしてやるなよ」


 振り向かずに手を振りながら、僕は扉を押し開いて家の外へと出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
[良い点] シェガロの転生地はサバンナ気候でしたか。それはそれで、日本との違いがあって厳しそうですが、その前に酸素の薄い雪山で暮らしていたことを思えば快適そうです。 前世の記憶の話は誰にもしてないと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ