後編: 新たな世界、幼き精霊術師
あぁ……こりゃ、なんとかギリギリ間に合ったってところか。
小鬼を追いかけ勝手に飛び出していった子どもたちを、だだっ広い大草原の中からようやっと見つけたものの、その場にはちょっと目を背けたくなるような惨たらしい光景が広がっていた。
でも、まぁ、完全に手遅れにならなかったことだけは喜んで良いと思うが。
「動かないでね、クリス。火の精霊に我は請う、燃えろ」
と、火の精霊に願えば、銀髪の少女を逆さ吊りにしているロープが一瞬で焼き切られる。
当然、クリスは頭から地面へ落ちそうになるものの、僕の身体を宙に浮かせている風の支えがそうはさせない。その身をふわりと受け止め、くるりと上下反転、ゆっくり地面へと着地させた。
「ごめん、もう少しそのままでいてくれる?」
「うん……でも、あちこち痛いから早くしてちょうだいね……」
「すぐ済ませてくるからさ」
風に乗って浮いたまま、僕は血塗れで草の中に倒れている三人の子どもたちの下へ向かう。
うわぁ、これはベトナム戦争なんかで猛威を振るったと言われるブービートラップの一種だよ。
足で踏むと梃子の原理で板が立ち上がって、生えてる杭でグサリ!っていう仕組みだ。
ホントに悪知恵が働くな、ザコオニどもは。
あっちの子は……複数匹を一人で相手にしたのか。よく頑張ったな。
「よし、出血は酷いけど、まだ息はある。地の精霊に我は請う、みんなを一ヶ所に集めて」
地の精霊に願い、長い草に覆われた地面を動く歩道に変え、少年たちの身体を移動させていく。
いや、いちいちチートスキル【精霊術】を使うのは大仰なんだけど、こればっかりは仕方ない。
今の僕の体格じゃ、こんなに深い草原の中に入れないし、子どもたちを運ぶ力もないんだから。
……ふむ、深い草原か。他にも何か潜んでるかも知れないな。
念のため、風の精霊に願うと、敵の侵入を防ぐ結界となる逆巻く暴風が吹き荒れ始めた。
ひとまず緊急なのはこんなところだろう。……それじゃ。
「悪いけど、さっさとやらせてもらうよ、ザコオニたち」
新たに現れたのがこんな小さな幼児だったからだろう、三匹のザコオニに逃げ出す様子はない。
先ほど旋風で吹き飛ばした二匹はのっそり起き上がり、後ろに荷物持ちの一匹を残したまま、再びニヤニヤ笑いでこちらへ向かってきていた。
乾いた草原だから火はちょっと怖いか? 地と風は使ってるし、ここは――。
「水の精霊に我は請う、緩く固まり、あいつらにまとわりつけ」
その請願に応じ、虚空からじわじわと水が湧き出してくる。
一滴の雫すら地面に垂らさず、僕の周囲に浮かぶ水球が三つ、やがて、それぞれがバスケットボールほどの大きさに膨れあがった。
そして一転、前方のザコオニたちへ向かって細く長く、まるで鞭のように伸ばされた。
目標へ襲い掛かっていく三本の水の鞭は、ウォータージェットを思わせる勢いと速度である。
ザコオニたちはろくに反応さえできず、鞭に直撃された頭を後ろへ弾けさせるが、そこまではこの水の精霊術【粘液搦め】の下準備でしかない。
当たった鞭はそのまま形を崩し、今度は膜状に広がりながら命中箇所の周りを水で覆い尽くす。
水塊に覆われた頭をバシャバシャとかきむしりながら暴れるザコオニたちを見れば、金魚鉢を被って踊る悪ガキめいた滑稽さを覚えてしまうものの、実態は必死にもがき続けている水溺者。後も押していることだし、眺めてないで楽にしてやろう。
「火の精霊に我は請う、燃える刃を成せ」
僕は持っている小さなスコップに炎をまとわせ、一匹ずつザコオニの首を切断していった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
低木側の地面を大きく盛り上げ、傷ついた子どもたちを並べて寝かせると、僕はとっておきの精霊術を請願する。
「地の精霊に我は請う、生命をもたらす大地の主よ。愛し子らを癒やせ。命の精髄」
大地からゆらゆらと湯気のようなものが立ち上り、徐々に子どもたちの身を包み込んでいく。
すると、意識を失いながらも苦痛に固く強ばっていた彼らの表情が、穏やかに弛み始めた。
地の精霊術【命の精髄】。
その効果は、自然治癒力の促進である。
打撲や創傷くらいならば短時間で癒し、それ以上の怪我でも大幅に回復速度を早めてくれる。疲労や衰弱にまで効果を発揮するため、明らかな致命傷でなければ生命を救うことができるのだ。
「ショーゴ……じゃなくて、シェガロ! もういいかしら?」
「ん? どうかした、クリス?」
少年たちの出血が止まってきたところで、既にかすり傷一つ無くなったクリスが僕を呼ぶ。
流石に怖かったんだろう。それとも、どこか傷が痛んでいたのか? この子にしては珍しく、今の今までしおらしい様子でへたり込んでいたけれど。
「んっ!」
「んっ?」
睨むような目をして縦に小さく首を振る……けど、何が言いたいのか分からない。
「何? どうしたの?」
「気が利きませんわねっ。見たら分かるでしょ?」
えっと……あぁ、なるほど。
「そうか、漏らしちゃっ――」
「どアホ! レディになんてこと言うんですの! 服よ! 服! 早く着るもん寄越しなさい!」
……杖で叩くことないじゃないか。
小さい女の子なんだから、別に恥ずかしがることじゃないと思うけどな。
衣服が破けてパンツ一丁と言ったって、この陽気なら風邪を引いたりするわけじゃなし。
とりあえず、水の精霊術【洗浄】で全身の汚れを落としてもらってから、僕が身に付けてきた丈の長い幅広の羊毛布を貸してあげる。
強い陽射しと高すぎる気温が厳しいこの辺りでは、老若男女を問わず、暑さを凌ぐために布をまとってこんな風に肌を隠すスタイルが一般的だ。
それをぐるぐると身体に巻き付けて満足したらしく、クリスはむふぅーっと一つ息を吐いた。
「それにしても、みんな無事で良かったよ」
いや、無事と言うには際どい場面だったし、少年たちは瀕死の重傷である。
が、こうして誰一人として死ななかったことは大きい。
結果としては、数が増えて群れが出来てしまう前にザコオニどもを退治できたことでもあるし。
「けど、大目玉は覚悟しておきなよ?」
「ふぇっ!? それは、だってファルが――」
「うん、そりゃファルは大事だけどさ。別にクリスたちが追いかける必要なんて無かったんだ」
「でもノブ爺は酔っぱらってて、パパたちは隣村だし、大人たちもみんな酔っぱらってたし……」
ああ、この子は……やっぱりちゃんと話を聞いてなかったんだな。
「パパたちがなんで朝早くから隣村に出掛けていったと思ってるのさ?」
「なんで? あ、遊びに? とか?」
「そんなわけないでしょ」
「じゃあなんなのっ!? 早く教えなさいよ。って言うか、いつまでクリスって呼んでんのかしら? ナマイキですわよ、シェガロのくせに! 弟のくせに! 団子っ鼻!」
いきなり逆ギレで姉貴風を吹かせるのはやめてほしい。
あと人の身体的特徴をあげつらうのも……ほんと傷つくので……。
「……ちょうど冒険者たちを捜しに行ってたんだよ。大枯木のザコオニ退治を依頼するためにね。それで村の人たちはみんな安心して酒盛りしてたってわけ」
「うそ!? 冒険者が、ざこ……ゴブリンを?」
「本当。クリスタ姉さんたちが飛び出していってすぐ到着したよ。ザコオニの群れくらい余裕で討伐できる中級冒険者のパーティーがね。たぶん、そろそろ追いついてくるんじゃないかな」
クリスに説明しながら、僕は傍らで眠っている子の様子を確認する。
まるでミイラのように布でグルグル巻きにされ、乱暴に担ぎ上げられたまま運ばれた挙げ句、地面に放りだされたりしたっていうのに、何事もなかったみたいにすやすやと寝ている。
物事に動じない大物とかいうのを通り過ぎて、ちょっと鈍すぎるんじゃないかと心配になる。
栗色の髪と淡い褐色の肌をした五歳の女の子、名前はファルーラ。愛称“ファル”。
「それに、ザコオニはさらった子どもをすぐ殺したりはしないからね。それが小さな女の子なら尚更だし、ましてや……」
なんとなしに、眠りこけているファルの顔に掛かった髪を掻き上げる。
そして、耳の後ろへと梳いていく。
長く尖ったその耳は、笹穂の槍に似た特徴的な形を描いていた。
「ファルは妖精の取り替え子なんだしさ」
ひとまず序幕はここまでとなります。
松悟=シェガロの現状を始め、いくつかの説明もしておきたかったのですが、本編の方へ回すことにしました。ちょっと長くなりすぎてしまい……。
第二部、お楽しみいただけたら嬉しいです。
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